人類管制ロボット
チミー達を取り囲んだのは、装甲を全身に纏った人型のロボットだった。
その鎧はまるで、白くて艶のあるプラスチックのような.....されど奏でる音は重金属のそれという、奇妙なものだった。
無機質なロボット達が囲んでいる輪を着実に縮めてくる様子は、凄まじい威圧を感じる。
ビリーは畏怖のような、呆れたような微妙な表情を浮かべて周囲を囲むロボット軍団を見渡した。
「畜生.....めんどくせぇのが現れたな。」
「コイツらの事、知ってんの?」
「ちょっとだけな。」
チミーの問いに、ビリーはため息まじりな呟きのように答える。
当然、その表情はあまり良くない。
輪の中から、一体のロボットがチミー達の前に出た。
他のロボット達と比べて細かいパーツで構成されており、体格も少しだけ大きい.....明らかに違うその姿は、まるでこのロボット部隊を率いているリーダー格のようだ。
リーダー格はチミー達に何か言おうと頭を下に向ける。
しかし直後、彼はいきなり背後を振り返った。
「ゴアァァァァァァァッッッ!!!」
その先に在ったのは、1体のロボットに飛び付いていたギルガンの姿。
先ほどチミーが交戦し、顔面を潰したギルガンがここまで追って来ていたのだ。
筋骨隆々の四肢を使ってロボットの上半身にしがみつき、その装甲を破壊すべく鋭い爪を立てる。
が。しかし。
ギルガンに飛びつかれていたロボットは慌てることもなく右腕を動かし、今にも装甲へ噛み付こうとしていたギルガンの顔面を掴んだ。
「ギ......ギッ......!」
顔面を掴まれたギルガンはその手を噛み砕こうと顎に力を入れる。
が、その顎はロボットの凄まじい握力に阻まれてピクリとも動かない。
チミーに一瞬で倒されたとはいえ、ギルガンは訓練した人間数人分のパワーを有していると言われている。
そんな化け物を片手で圧倒しているこのロボット。只者ではないのは明白だ。
グシャッ!
次の瞬間、柔らかい果実が潰れるかのような音を立て、ロボットは掴んでいたギルガンの頭部を握り潰した。
声すら上げられなくなったギルガンを投げ捨てると、腰に装備していた小銃を素早く取り出す。
次の瞬間、構えた小銃からサプレッサーのような静かな発砲音が数発鳴り、ギルガンの胸部が小さく跳ねた。
顔面を潰されてもなお動こうとしていたギルガンは、その発砲を最後に動きを停止する。
あまりに一方的で無感情な殺戮に顔を顰めるビリー。
ロボット達の意識がギルガンに向いているうちに立ち去ろうとチミーの肩に手を置くが、チミーは動こうとしなかった。
軽く肩を叩いてもチミーに動く気配は無く、モタモタしているうちにロボット達は再び二人へ向き直った。
こちらを見下ろすリーダー格のロボットへ、ゴーグル越しに睨み返すチミー。
「アンタ達さぁ、何者なの?」
背筋をぴんと張り、その正体を尋ねた。
「我々はギルガンから人間を守る者。この辺りはギルガンの生息域に近く、大変危険です。生活圏に戻る事を推奨します。」
先程までの物々しい雰囲気とは打って変わり、リーダー格のロボットは丁寧な口調で合成音声を発する。
「大丈夫よ。私、戦えるから。通してもらえる?」
「そういう訳にはいきません。」
リーダー格はそう言って、脇を通り抜けようとしたチミーの進路を阻む。
邪魔された事に機嫌が悪くなり、再びリーダー格を睨みつけた。
チミーの目の前に立ち塞がるリーダー格の背後で、ロボット達が小銃を構え始めている。
なるほど、ビリーが「めんどくせぇの」と言ったのはそういう事か。
チミーは諦めたようにため息を吐いた後、リーダー格へ質問をした。
「分かったわよ。でも、一つだけ聞きたいことがあるの。」
「......?」
「馬を探してるんだけど、知らない?」
「......」
チミーの問いかけに、リーダー格は2秒ほど沈黙。
その後顔を上げ、チミーに問い返した。
「どのような馬を、お探しでしょう。」
「ビリー!マキシマムって奴は、どんな姿だったの?」
少し離れて様子を窺っていたビリーを呼ぶ。
チミーに呼ばれ、ビリーは渋々リーダー格の前に出た。
「マキシマムはな.....」
体色や体格など、ビリーはマキシマムの特徴を事細かにリーダー格のロボットへと伝えていく。
聞いている間は終始無言で、何を考えているのか分からなかったリーダー格だったが、ビリーが話し終えると同時に言葉を発した。
「仰られた特徴に合致する生物は、半径10km以内に計7頭確認。視覚共有を行うため、該当するものを選択してください。」
そう言ったリーダー格は、フルフェイスの顔を白く光らせる。
ぼんやりと色が現れ始め、モニターと化した顔面に映ったのは馬の姿だった。
ビリーはその馬をじっと眺めた後、「コイツじゃねぇ。」と呟く。
すると画面が切り替わり、今度は別の馬の姿が映し出された。
だが、これも違う。
そうしてビリーが首を振り続けること5回。
6番目に映し出された馬の姿を見たビリーの様子が、一気に変化した。
目を大きく見開き、食い入るようにモニターの馬を見る。
「コイツだ.....コイツだよ、マキシマムだ!!」
彼はまるで子供のように、モニターに映る家族の姿を見てはしゃいだ。
モニターが切断され、元のフルフェイス・ヘルメットに戻ったリーダー格のロボットへ、先程の警戒心などとうに失せた表情で尋ねる。
「なぁ、どこにいるんだ!?マキシマムは!!」
「『エリア4』の北東地区。此処から2kmほど離れた場所にいます。」
ビリーの質問に対して、あまりにも素直な答えを返してくれるリーダー格のロボット。
「しかし、此処は『エリア3』。別のエリアに移動する事は禁止されています。」
「はぁっ?だったらどうすりゃあ......」
「我々が馬を此方に連れてきますので、数日程お待ち頂ければ。」
ロボットはマキシマムを、ビリー達のいる場所まで連れてきてくれるそうだ。
それを聞いて安堵の息を吐くビリーだったが、チミーの表情は違っていた。
少し不機嫌そうな表情を浮かべたまま、リーダー格のロボットに次なる質問を投げかける。
「その『エリア3』とか『エリア4』ってのは何なのよ。」
「人間の生活圏を計6つのエリアに分割したうちの、3番目と4番目のエリアです。ギルガンの侵食が進んでおり、皆様の安全を考慮してエリア毎に管理をしているのです。」
リーダー格は『エリア』の仕組みを簡潔に説明してくれた。
人間の生活圏が狭まり、ギルガンの脅威が広がっているため徹底した管理によってロボット達が守ってくれているのだと。
「で、そのエリア毎に管理してるから、勝手な出入りはやめろって事ね。」
「如何にもです。」
「ふぅん。」
リーダー格の言葉を理解したチミーは腕を組み、頷いて納得した様子を見せる。
......ように見えていたが。
「なーんか、気に入らないわね。」
空気が一層冷えたような気がした。
チミーの呟くような一言から、マズい流れを感じ取ったビリー。
その嫌な予感は、残念ながら的中しそうだ。
「ごめん、ビリー。」
背後にいたビリーへ謝った直後、硝子が割れるような甲高い音と共に、チミーの目の前に立っていたリーダー格の頭部が半分砕け散った。
欠けたリーダー格の頭部の横には、振り上げられたチミーの拳が並んでいる。
首を曲げて回避したものの、チミーが放ったパンチの速度には敵わなかった様子。
半分の顔でこちらを見下ろすリーダー格のロボットを睨み、チミーは拳を突き上げたまま食って掛かる。
「なんで私達が、アンタらに従わなきゃならないのよ。」
そう言って前蹴りを放つが、ロボットもやられっ放しではないようだ。
片足を引いて半身になることでヒラリと蹴りを回避し、長い腕を伸ばしてチミーの肩を掴む。
「では安全のため、実力行使にて戻って頂きます。」
無機質な声色から滲み出る冷酷さには、このロボット達が我々の単純な味方として数えるべきではない事を示していた。