今の音は何?
ベネディクトがその場を立ち去った後、ビリーは急速に近づく死の実感を得る。
肩から溢れる血液はカーペットが吸い込める量を越え、廊下の端へ流れ始めていた。
あいつは何で俺を撃ったんだ? そもそも何故あそこにいた?
さっきまで友好的に接してくれていたベネディクトが突然牙を剥いたことに動揺したビリーだったが、今はそんな事を考えている余裕はない。
「くっ……」
力の入らない右腕に、精一杯の意識を集中させる。
このまま倒れていれば、俺は死ぬ。
ベネディクトがトドメを刺さなかったのは、それを分かっていたからだろう。
何を考えているのかは分からないが……思い通りにはさせねえ。
ビリーは額に汗を浮かべながら、ひたすら右腕に力を注ぎ続けた。
自分が攻撃されたという事は、いずれはチミーやアリス、ギルバートが狙われるだろう。
それだけは、阻止しなければ。
震えるビリーの指先は、自身の腰辺りに転がっているリボルバー拳銃に触れていた。
アリス達が眠っている部屋の前。
暗い廊下に漂っていた埃が、不自然な気流に乗って流されていく。
まるで風が……いや、質量を持った何かが通ったかのように。
「……」
突然空間が揺らいだかと思うと、色が溶け出すようにしてベネディクトが出現した。
透明化を行使していた鎧が実体化し、マスク部分が前方向へ移動することによってその顔が露わになる。
ベネディクトは静かに壁に触れ、鎧のスイッチを起動した。
壁がわずかに振動を放ち、彼女の耳に装着されてある装置が反響音を拾い上げる。
「……ロボットは活動を休止していないのか」
ほとんど音を発さずに呟いたベネディクトは、ギルバートの部屋へと足を進めた。
鎧のマスクが自動で顔を纏い、再び景色へと溶け込む。
ドアノブには鍵がかかっている。
だがベネディクトがノブを握った途端、鍵の外れる呆気ない音が廊下に渡った。
静かにノブを下ろし、ゆっくりと扉を開ける。
「……?」
部屋に居たギルバートは、突然鍵が外れて扉が開いたことでベッドから腰を上げた。
警戒しながら扉に近付いて外を見たが、彼には何も見えていない。
すぐ目の前に、透明化したベネディクトがいるというのに。
ギルバートは首を傾げながら扉を閉め、再び施錠する。
しかし、既にベネディクトは部屋内へ侵入を果たしていた。
扉を観察するギルバートの周囲をぐるぐると回りながら、彼の体を観察している。
なるべく音を出さないよう、一撃で仕留めたい。
一撃でこいつの機能を止められる場所は……。
ここか。
ベネディクトは透明な指を、ギルバートの首筋部分に近付けた。
装甲の隙間から見える配線へ、彼女の指が触れる。
「!?」
ギルバートが何かに気付いた時には、もう遅かった。
目の部分で光っていた赤い光は消え、ギルバートは糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちる。
「おっと」
ベネディクトは手を伸ばし、倒れるギルバートの上半身を受け止めた。
そしてそのまま音を立てぬよう、静かに床へ下ろす。
これで邪魔者はいなくなった。
後は隣の部屋で寝ている女を殺すだけ。
完璧な手筈に口の端を持ち上げたベネディクトは、部屋から出るべく扉へ向かった。
その時だった。
「!!」
屋敷に響き渡るような破裂音。
夜の静寂を吹き飛ばすような殺意的な銃声が、ベネディクトの耳を突いたのである。
「あいつ……!」
銃声はビリーが起こしたものだということをすぐに確信した。
彼は動かぬ指でどうにかリボルバー拳銃の引き金を引き、その発砲音を轟かせたのである。
トドメを刺しておけばよかった。
これだけ大きな発砲音を聞けば、アリスが目覚めてしまう可能性がある。
気付かれる前に、始末しなければ。
そう考えながら急ぎ足で部屋の外へ出たベネディクトだったが、既に遅かった。
扉を開けた瞬間、側頭部に銃口が押し付けられる。
「今の音は何?」
低く冷たい声色で、銃の持ち主……アリスがベネディクトに尋ねた。
刺すような鋭い視線は、完璧なまでの敵意に満ち溢れている。
「ちょっと待って。今この部屋から出たばっかりな私が、分かるわけないでしょう」
「ギルの部屋に居た理由は?」
「機械技術について教えて欲しいって言われたの」
「ふーん」
ベネディクトの弁明に、アリスは納得したような声を発する。
しかしその直後、アリスは片手を拳銃から離して手首を見せた。
手首には、ブレスレット型の機械が装着されてある。
「これでギルの状態を知れるのよ。電源が落ちてるみたいだけど?」
「色々いじらせてもらって、今は再起動中だからじゃないかしら」
「次、嘘ついたら撃ち殺すからね」
ベネディクトはアリスの質問に答えていくも、そのどれもがデタラメである事はアリスに筒抜けであった。
再び両手で握られた拳銃を強く突き付けられ、ベネディクトから表情が消える。
「武装を外して、両手を後ろに回しなさい。両膝を地面に付けて、頭を下げること」
アリスからの命令を聞いたベネディクトは、無表情のまま大きく目を見開いていた。
更新忘れてました。申し訳ないです




