誰かいるのか?
アリス達がベネディクトの屋敷に来てから、数時間が経っていた。
3人はベネディクトに呼ばれ、1階の食堂へ案内される。
アリス達を席に着かせると、ベネディクトはにこやかに厨房へと足を進めていった。
しばらくして、大きな皿を両手に持ち戻ってくる。
綺麗なテーブルクロスのかけられた円卓に、料理の乗った皿が添えられる。
きつね色に揚げられたフライドポテトに、山盛りのサラダ。
丁重に切り分けられた照り焼きチキンから流れる芳醇な香りは、アリスとビリーの食欲を一気に加速させた。
2人の元へ皿を寄せたベネディクトは、テーブルから離れつつギルバートに視線を向ける。
「そちらは、食事を摂るのかしら?」
「いや。俺は無くていい」
「じゃ、後は私のと食器を持ってくるだけね」
ベネディクトはそう言って厨房に行き、すぐに料理と食器を携えて戻ってきた。
席に着き、飲み物を注いでいる彼女へアリスが質問する。
「ねえ。もしかしてこの屋敷、あなた一人だけなの?」
「一人じゃないわよ。あなた達がいるもの」
屁理屈のような返答を行ったベネディクトだが、同時にアリスの質問を肯定したのと同義だった。
席に着くと、ベネディクトはその理由を語る。
「人間に憧れてる、って言ったでしょ? 逆に、カレクトルのことは好きじゃないの。だから屋敷に入れたくない」
少し暗い顔になった後、「さ、食べましょ」と明るく切り替えた。
ベネディクトに促され、アリスとビリーは照り焼きチキンにフォークを突き立てる。
世界が滅びかけている中、これほど豪華な食事を食べられるのはまたとない機会だ。
「……美味しい!」
「本当? 良かった~」
肉の旨味とこれでもかと乗せられた照り焼きソースとが噛み合い、歯ごたえのある肉厚と共に満足感を口へ充満させる。
噛めば噛むほどにじみ出る濃い味付けは米を渇望させ、2人の手は自然と茶碗へ伸びていた。
この米もまた非常に質の高いもので、ふわふわに炊き上げられた食感がたまらない。
サラダは新鮮でフライドポテトも濃すぎない味付け。
どれも一流のシェフが作ったようなクオリティだった。
「全部、私が作ったの。結構勉強したのよ?」
ベネディクトは満足そうにそう口にすると、同じように食事を開始する。
落ち着いてきた所で、アリスが顔を上げた。
「色々と聞きたいことがあるんだけど……いいかしら」
「もちろん! 人と対等に会話したことがないから、ヘンな事言っちゃったらごめんなさいね」
ベネディクトの言葉に頷いたアリスは、彼女に質問を投げかけた。
「『創造主』が何を考えてこの星に来たのか、分かるかしら」
アリスの質問を聞いたベネディクトは一瞬体を強張らせた後、視線を外して斜めに俯く。
しばらく考えた後、静かに口を開いた。
「……多分だけど、この星で何かを作ろうとしてるんじゃないかって思ってる」
「作ろうとしてる?」
「ええ。セキュリティに侵入して色々調べていた時に、設計図の一部のようなものを見たことがあるの。とても大きな、何かを」
セキュリティを突破という言葉から、それがマスター・カレクトルですら知り得ない情報だという事が分かる。
なにより、ベネディクトが自身の所属する組織のセキュリティへ勝手に侵入したという事が意外だった。
「大丈夫なの? セキュリティに侵入だなんて」
「マズいでしょうね」
ベネディクトはすまし顔で飲み物を飲んでいる。
「でも、気になるじゃない。マスター・カレクトルは『創造主』を除いて最高位のカレクトルなのよ? それですら見られない情報だなんて」
「『創造主』にバレやしないか? それ」
「大丈夫だと思う。侵入したのは結構前の話だし、カレクトル間のネットワークを一部切断してあるから痕跡が残ることもない」
そう語るベネディクトは堂々とした態度で食事を続けており、自信に溢れていた。
規律をあえて破るところは人間らしさがあるが、こんなに肝が据わっているのはカレクトルらしい。
「まあ、後は他のカレクトル達に聞いた事と同じだと思うわ。私も知らないことが多いの」
ため息交じりにそう言ったベネディクトは、既にほとんど食事を終えていた。
結局、『創造主』に関する情報はベネディクトでさえ知らなかった。
食事を終えたアリス達は各々の部屋に戻り、道中での疲れを回復させる。
部屋には風呂まで用意されており、かつての暮らしを思い出すほど不自由の無いものだった。
ベネディクトも人間と同じく就寝時間があるようで、続きの話は明日にしようとのこと。
マスター・カレクトルの根城に居るというのに、何とも緊張感のない夜だった。
そうして、深夜が訪れる。
「う~ん……」
擦るような唸り声を上げながら、顔を歪ませたビリーがベッドから起き上がった。
目が覚めてしまったのである。
緊張か、あるいは不安によるものか。何にせよ、二度寝はできそうになかった。
目が覚めてからベッドを降りるまでは頭がぼんやりとしていたのに、立ち上がるとすっかり脳が活動を開始する。
軽いストレッチを行ってみるが、むしろ逆効果だったようだ。
「……ちょっと外へ出るか」
静かにそう呟いたビリーは、扉の鍵をそっと開けて部屋を出る。
廊下は既に消灯が行われており、月光が僅かに照らすだけの暗闇と化していた。
カーペットを静かに踏み、廊下を歩いていく。
「うん?」
しばらく廊下を歩いていたその時、ビリーは前方に何かを見た。
暗い廊下の中でも特に暗い、まるで人の影のようなものがある。
暗く寝起きの頭なので、単に気のせいかもしれない。
そう考えていたその時、目の前にいた影が景色に溶け込むように消滅した。
「……!」
気のせいじゃない。
今のは間違いなく何かが存在し、消えた。
ビリーの背筋を、一気に悪寒が走る。
「……誰かいるのか?」
眠気は完全に吹き飛んでいた。
真っ暗な廊下の中、耐えられなくなったビリーは虚空に向かって声をかける。
ビリーの小声が僅かに反響したその瞬間、硬いものの擦れるような音がほんの僅かに聞こえた。
彼の、背後から。
「ッ!!」
咄嗟に拳銃を引き抜いて背後を振り返ろうとしたビリーだったが、間に合わなかった。
振り返るより先に、彼の肩へ弾丸が撃ち込まれたのである。
「な……に……」
弾痕から溢れる赤い血液と共に意識を持っていかれ、ビリーは拳銃を握ったまま倒れてしまった。
倒れたビリーのすぐそばで、空間が揺らぎを見せる。
揺らいだ空間は徐々に姿を形成し、やがて人の形へと変貌した。
色が浮かび上がり、その姿が現れる。
「ビックリさせないでよね」
安堵の吐息交じりにそう呟いたのは、銃を握るベネディクトだった。




