決して『O・ナー』とは呼ばないように
へクストルγが腕の装置を操作すると、ホログラム映像のようなものが出現した。
まるで工場の中のような、整然とした施設が映し出されている。
「この下に、こんな感じの施設が広がってるんだよね」
シャドルペダルがそう補足すると、へクストルγは再び腕の装置に触れて映像を削除した。
一瞬だけしか見ることはできなかったが、確かにプルライダーのいた施設とよく似ていた気がする。
しかし、シャドルペダルが見せた映像は明らかにプルライダーの施設とは異なる点があった。
呟くように、アリスがそれを指摘する。
「物凄い広さね……」
そう。シャドルペダルが見せた施設は、中心に大きな通り道が存在し、その両側に部屋が並んでいるといった様相を呈していた。
それが高層ビルほどの高さまで続いており、横の長さは計り知れない。
プルライダーの施設もかなりの大きさだったが、それとは比べ物にならないほどの巨大さが映像には映っていた。
アリスの呟きを聞いたシャドルペダルは僅かな駆動音を鳴らし、得意げに語る。
「なんたって、全施設の中でも最大だからね。ここより大きな施設はないよ」
「映像で見せたってことは、俺達を招き入れることもできないのか?」
感じた疑問を、ギルバートがぶつけてみる。
それを聞いたシャドルペダルはギルバートの顔をチラリと見た後、首を横に振った。
「残念だけど、ちょいと厳しいかも。地下に作られてる最大の大きさ、って時点で分かるかもだけど、重要な場所でさ」
シャドルペダルはそれ以上言わなかった。例え人間が相手だろうと、教えられないようなものがこの地下にあるのだろう。
話はここで終わり、と言わんばかりに両手を叩き、シャドルペダルは前方を指さした。
シャドルペダルが指す先には草原の終わりと、建ち並ぶ建物がある。
『エリア6』に辿り着いたのだ。
へクストルγが先導し、境界線上に立っているカレクトルと何やら通信を行っている。
通行の許可があることを証明でもしているのだろうか。
その間に、シャドルペダルが別れの言葉を述べた。
「それじゃ。気を付けてね」
へクストルγが戻ると、先程まで通信を行っていたカレクトル達が道を開けて立っている。
通行しても問題ない、という事なのだろうか。
「そうだ。既に聞いてるかもしれないけど、念のため」
『エリア6』へ侵入するべく足を前に出したアリス達へ、シャドルペダルが再び声をかけた。
振り返った彼らへ、シャドルペダルが1つ忠告をする。
「『エリア6』のマスター・カレクトルは『ベネディクト・O・ナー』って名前だけど、決して『O・ナー』とは呼ばないように」
そう忠告したシャドルペダルは、どこか神妙な空気を纏っていた。
『エリア5』のだだっ広い草原とはまた異なる、廃墟の群れをアリス達は行く。
成長し過ぎた植物が建物を浸食し、苔が道路を蝕んでいた。
アリス達を出迎えたカレクトルが先導すると、先に乗り物のようなものが用意されてある。
大型車より一回り小さいくらいの大きさで、屋根は無く車高がとても低い。
何より特徴的なのは、タイヤが無く地面から浮いていることだ。
カレクトルに指示され、車に搭乗する。
チミーやマキシマムとその荷台も乗せてかなりの重さにも関わらず、車は安定していた。
「けっ、大した技術力だこって」
全く揺れを感じないまま走行していく車に、ビリーが嫌味を口にする。
カレクトルの車はかなりの速度で走行しているにも関わらず、それを全く感じさせぬ安定を保っていた。
高速で移り行く廃墟群は自然に浸食されており、ちょうど『エリア4』と『エリア5』との中間といった所だろう。
「全てが終わった後、これを元に戻すのは大変そうね……」
「いっそ、建て直した方が早いくらいだ」
アリス達がそんな会話をしていると、車は意外とすぐに目的地へ到着したようだ。
車が急停止し、慣性で僅かに体が傾く。
「到着致しました。『エリア6』本部でございます」
カレクトルが指し示した場所を見たアリスは、困惑の表情を浮かべていた。
「……ここが、『エリア6』の本部……?」
ビリーも同様に困惑の表情を見せ、目に映るものをそのまま口にする。
「どう見ても、ただの屋敷じゃねえか……」
そう。カレクトルが指し示した『エリア6』の本部は、人間の屋敷と全く同じ様相を呈していたのだ。
困惑するアリス達を無視し、カレクトルが先導する。
鉄門の傍らにある呼び鈴を押すと、鉄門がひとりでに開いた。
鉄門から中庭へ入っていくカレクトルの後を追い、屋敷の前に到着する。
大きな扉の傍らにあった呼び鈴を再び押すと、鉄門と同様に扉が開いた。
扉の先には紅のカーペットが敷かれた床にシャンデリアと、高貴な空間が広がっている。
そしてアリス達が足を踏み入れた、その瞬間。
「いらっしゃい、ようこそ~!」
軽快な女性の声が響いたと思うと、前方の空間が僅かに歪みを見せる。
発生した空間の歪みは徐々に形を作り始め、人のようなシルエットが現れた。
「私はベネディクト。よろしく!」
ベネディクトは『エリア6』のマスター・カレクトルであるとシャドルペダルは言っていた。
しかし、現れた彼女の姿に、アリス達は動揺を隠しきれなかった。
艶のある黒いロングヘアーに、長い睫毛。整った鼻筋に、綺麗な藍色の瞳。
ベネディクトの姿はどう見ても、人間だったからだ。




