ほら、髭が濃くて背の低い
「眠ってるだけみたいだな。でも……いつ起きるかは分からない」
意識を失ってしまったチミーを軽く診察していたギルバートが、そう言葉を発す。
ヒドロを撒いて街まで戻ってきたアリス達は、かつてねぐらにしていたマンションの一室で集まっていた。
人に預けていたマキシマムの様子を見に行っていたビリーが、中へ足を踏み入れながら提案する。
「チミーの言ってた『エリア6』へ行くのはどうだ? 人間に友好的な奴がいるって言ってたし、何か助けてくれるかもしれねえ」
「私達よりもずっと高度な技術を有しているものね……」
ビリーの言う通り、人間に友好的だという『エリア6』のマスター・カレクトルに協力を仰ぐのは悪くない。
『エリア4』のマスター・カレクトルであるプルライダーも、『創造主』とやらの情報を得るために戦っただけであり、アリス達に対しては友好的だったからだ。
ここに居ても、またヒドロのように『アナグマ商会』の刺客が送り込まれてくる可能性がある。
ただ一つだけ、アリス達には問題があった。
その問題点を、アリスはビリーへ投げかける。
「けど、車はもうガス欠よ? チミーちゃんをどうやって連れて行こうかしら」
そう。車の燃料がもうほとんど無いのである。
ここから『エリア6』まではかなり遠い。
途中で燃料切れを起こしてしまうのが明白だろう。
が、そんなアリスとは異なり、ビリーは口元に笑みを浮かべていた。
まるでその言葉を待っていましたとでも言うように。
「実はな、シャルドイのおっさんが小型の馬車を作ってくれたんだ。マキシマムの力がありゃ、一人や二人くらいは乗せていける」
「シャルドイさん、って誰?」
「マキシマムを預かってくれていたおっさんだよ! ほら、髭が濃くて背の低い」
ビリーはそう説明しながら半身になり、外へ出ることを促した。
アリスとギルバートの2人が廊下に出て見下ろしてみると、入口で水を飲んでいるマキシマムの姿があった。
その後ろに、シングルベッドの半分くらいの大きさをした木製の箱が繋げられている。
前に1つ、後ろに2つ、計3つの車輪でバランスが取られており、素材の質に反して丈夫そうな作りをしていた。
「後でそのシャルドイさんに、お礼言わなきゃね」
馬車を見たアリスが、頷きながら呟いた。
がらがら。がらがら。
車輪が細やかな窪みにぶつかって音を立てている。
布団を敷いた馬車にチミーを寝かせ、アリス達は『エリア5』に続く道路を歩いていた。
見下ろす無人の建物群が影を作り、ほんのりと圧力をかけるようにビル風が吹いている。
『エリア5』を通り抜ければ、『エリア6』に到達できるようだ。
「それにしても、これだけデカい建物が並んでるのに誰もいないのは変な感じがするな」
「電気も水道も止まっちゃったからね。文明が一個退行したようなものだから、仕方ないわ」
街中に点在しているコンビニエンスストアや食品店は既に荒らされ、ほとんど物が残っていない状態になっている。
どこかに隠れ住んでいる人はいるかもしれないが、この環境で生き延びるのはかなり厳しいだろう。
その理由は、アリス達が現時点で全くカレクトルと出くわしていない事が関係している。
カレクトルがいないという事は、カレクトルに狩られている者……。
ギルガンが、いるという事だ。
「ヴヴヴヴヴヴヴ……!」
建物の影から、続々とギルガン達が姿を現し始める。
暗い紫色の体色は乾いた血の色で染まっており、剥き出しの歯は鋭く光っていた。
3人が一気に戦闘態勢へ入ったと同時に、ギルガン達が動き出した。
「ヴヴァッ!!」
一体が地を蹴って走り出し、ギルバートの元へ真っ直ぐに突進する。
半身になってタックルを回避した所へ、すぐさま反転したギルガンが腕を振り上げる。
しかし、振り上げた腕は次の瞬間に消滅していた。
ギルバートの太刀による一振りが炸裂し、肘から上が斬り飛ばされたのである。
腕を斬られたギルガンは痛みにもがきながらも、反対側の腕でギルバートを攻撃しようとする。
対応しようとしたギルバートの背中を、もう一体が襲いかかった。
「邪魔だ!」
ギルバートは背後のギルガンを蹴り飛ばし、片腕を無くしたギルガンの心臓部を突き刺して絶命させる。
蹴り飛ばされたギルガンはアリスの『電撃弾』によって感電し、動かなくなった。
「ちょっ、余裕そうならこっちもお願いしたいんだが……」
慣れた動きでギルガン達を処理していく2人に、背後からビリーが声をかける。
彼の目の前には、じりじりと距離を詰めてくる3体のギルガンがいた。
向かってきた1体の頭を『凍結弾』によって打ち抜き、もう1体の動きを『電撃弾』で封じる。
残る1体がビリーに襲いかかったが、ビリーが拳銃を乱れ撃ちしたことで絶命した。
「うおあっ!?」
飛びかかった勢いで絶命したため、ギルガンの死体は慣性に従ってビリーの元へ降りかかる。
咄嗟に腕を伸ばして止めようとしたビリーの手が、死体から漏れ出る体液を掴んでしまった。
ビリーは一気に顔が青くなり、怪訝な顔をして体液の付着した手を眺める。
「……なあ、拭くものないか?」
そう言ってアリス達の方を振り返った彼の顔は、悲壮感とギルガンの体液に塗れていた。
アリス達は冷静にギルガン達を倒していき、ついに最後の一体となる。
回し蹴りを喰らわせたアリスは、倒れたギルガンへと銃を向けた。
その時だった。
「マ、マッテ……」
「!」
はっきりと。
その場にいた全員が認識できるほどの正確さで、ギルガンが言葉を発したのである。




