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俺の名はヒドロ

 明朝、荒廃した建物群。金属製のジャングルとでも言うべき密度で並ぶビルをすり抜けながら、チミー達4人を乗せた車は道路を走っていた。

 廃ビルの割れた窓から差し込む朝日が、車の中を眩しく照らしている。

 

「で、なんで俺がこいつの隣なんだよ」


 後部座席に座っていたビリーが不満を示した。

 運転席にアリス、助手席にチミー。そして後部座席には、ビリーとギルバートが座っている。

 

「運転は嫌って言ったじゃない。だから私が運転してるのよ」


 ビリーは前回運転した際、チミーに嫌がらせをされた事が原因で運転を拒否するようになったのだ。

 そのためアリスが運転を受け持ったのだが、ビリーは気に入らない様子。


「そこの助手席に座ってるクソガキと入れ替えればいいじゃねえか」

「嫌よ。後部座席は酔うから」

 

 助手席に座るチミーを指さして座席の交換を提案するも、チミーに拒否されてしまう。

 チミーはエネルギーを操ることのできる超能力者だが、その強力な能力を持っているが故に一周回って車酔いに弱いのだ。

 やれやれといった様子でチラリと隣のギルバートを睨んだ後、ビリーは扉側に寄りかかって眠ることにした。



 そんな4人を乗せた車を、一つの影が建物の屋上から観察している。

 人の形を成してはいるものの、深い紫色の泥をかぶったような見た目に鋭い歯。

 加えて顔の三分の一を覆うほど大きな眼が付いたその姿は、誰が見ても人間ではなかった。

 

 化物は走り去っていく車を見送った後、その姿を大きく歪ませる。

 泥のような体が膨張し、縮小し、また膨張した後、溶け落ちるように泥が地面へ流れていった。

 泥の剥がれた場所には、内側に居たのだろうか、十代後半くらいの少女が立っている。

 

「やるなら、街の外に出てからってさ」


 そう呟いた少女は、口元だけを覆うガスマスクを着けていた。

 彼女の言葉が足元まで到達すると、足元に溜まっていた紫色の泥が突如動き出す。

 

「アナグマ商会とやらの事情はよく分からねえな? まあいい」


 少女とは違う、深淵のように響く重い声。

 声の主である紫色の泥は蛇のように尾を引きながら上昇すると、少女の真横に到達した。

 そこには鋭い牙と大きな眼がくっついている。

 先ほどの姿は、少女がこの化物を纏った姿だったのだ。


 ガスマスクを付けた少女の名は奏崎(かなでざき) 詩織(しおり)

 そしてその隣にいる化物の名はヒドロ。

 超能力者とはまた違う、特異な性質を持ったコンビである。



 

 どこまでも続くように思えた鉄のジャングルが途切れ、車は荒んだ大地へ飛び出した。

 草一つ生えていない、乾いた荒野を静かにゆく。

 果てしなく広がるまっさらな大地は見通しが良く、遠くながらアリス達の住んでいた街がよく見えた。

 ところどころに開いた巨大なクレーターを避けつつ進んでいく。

 クレーターはそれなりの公園1つ分くらいの大きさをしており、それをギルバートは窓から眺めていた。


「隕石でも落ちたのか? この穴」

「あのデカいギルガンの足跡かも」

「隕石よりはありえるな」


 助手席に座っているチミーとそう軽く会話を交わしていた、その時。


 車の天井部分がへこみ、車体が大きく揺れた。


「ッ!?」


 寝ていたビリーすら飛び起きるほど激しい振動を受けたチミーが何かに気付き、車の天井を見上げる。

 そこには1つ、人の形をしたエネルギーの塊が。


「気を付けて! 上に『何か』がいるッ!」


 チミーが忠告を飛ばした途端、ビリーの席の扉が思い切り外れた。

 まるで強靭な力で引き千切られたように、外れた扉の継ぎ目は(いびつ)である。

 がら空きになった扉から、紫色の泥のような液体が垂れていることに気付いた。


「よう!」


 天井から覗き込むように、紫色の泥のような化物……ヒドロが顔を出す。

 が、アリスが急ブレーキをかけて慣性を働かせ、車上に乗っていたヒドロを前方へ吹き飛ばした。

 吹き飛んだヒドロは2度跳ねた後、地面を転がる。


「いてて……」

「はあッ!」


 起き上がろうとしたヒドロに急接近したチミーは、彼の首元を掴んで地面へ叩き付けた。

 車のドアを難無く引き剥がすほどの強靭な力でも、チミーの持つパワーは越えられない。

 

「アンタは一体何者? 何のために来た!」


 だがチミーの取ったその行動は、あまりに迂闊(うかつ)だった。

 組み伏せられている状態にもかかわらず、ヒドロは鋭い歯を見せて笑みを作っている。


「俺の名はヒドロ。()()()()さ」

「え?」


 その瞬間。ヒドロの体中から紫色の霧が放出された。

 凄まじい勢いで放たれたそれは一瞬で2人の空間を包み込み、チミーを包囲する。


「くそっ……」


 危険を察知してヒドロから離れようとしたチミーだったが、手遅れだった。

 ふらりと意識が揺らぎ、霞み、奪われる。

 意識を失ったチミーはそのまま、後ろに向かって力なく倒れた。


「ワーク・ショップから強いのは聞いてたが、俺には敵わねえ」


 チミーの拘束が無くなったヒドロは何事もなかったかのように立ち上がると、意識を失っているチミーを見て満足げに頷く。

 動揺しているアリス達へ視線を向けると、鋭い歯を大きく見せてニヤリと笑った。

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