とある男の話をしてやる
「なぁーッ!? 俺を置いてくってか!? それだけは勘弁してくれよ~」
チミーの前にアリスが現れる数分前、ビリーは施設の廊下で叫んでいた。
「けど、あのままだとチミーちゃんがやられちゃうかもしれないのよ?」
「まあそうだけどよ……建物の状況を逐一知れる人も必要だもんなあ」
アリスの説得に、ビリーは渋々と頷く。
チミーの状況を見たアリスは監視室から脱出口を探し出し、辿り着くや否や何の躊躇もなく飛び降りた。
それを監視室から見ていたビリーは一瞬焦ったが、アリスが空中で銃を構えている事に気付く。
徐々に迫る地面へ発砲したアリスの体は、突然減速した。
そのまま水の中を沈んでいくように、ゆっくりと地面へ降り立つ。
アリスの魔弾『重力弾』によって、落下にかかる重力を相殺させたのだ。
そうして外へ降り立ったアリスは、チミーがやられる前に駆け付けることができたのである。
「いくつか映像を見たことがあるぜ。魔弾を使うんだってな? だが、俺と張り合うのはちと厳しいんじゃないか?」
「そういう言葉は、勝ってから言う事ね」
プルライダーの言葉にそう返したアリスが、銃の照準をプルライダーへと向けて発砲した。
プルライダーは真正面から飛んできた弾丸を難無く回避し、2発目が放たれるよりも早く走り出す。
「おらァ!」
強く踏み込んで右ストレートパンチを放つが、アリスは既にもう片方の拳銃で『障壁弾』を発動していた。
展開された白い壁が、寸での所でプルライダーの拳を受け止める。
あまりの威力に周囲の空気圧が変動し、凄まじい衝撃が拡散した。
カウンターとしてアリスは『凍結弾』を発砲するも、凍ったプルライダーの腕は一瞬にして砕かれる。
もう片方の拳銃で発砲するよりも先に、プルライダーに首を掴まれてしまった。
「ぐっ……!」
アリスは強靭な力で首を絞められ、意識が持っていかれそうになってもなお拳銃を向けようとする。
が、ようやく持ち上げた手はプルライダーの手によって優しく押さえられてしまった。
酸素不足で今にもアリスの意識が切れそうな、その時。
「はああああぁッ!!!」
プルライダーの真横から、渋い声色の合成音声が迫っていた。
プルライダーが視線を向けると、ギルバートがこちらに向かっている。
放たれた彼の太刀を腕で防いで軽く弾き飛ばした後、プルライダーはアリスを解放しつつゆっくりと振り返った。
ギルバートが振り上げた太刀を腕で軽く弾き、続けて放たれた横薙ぎを掴んで受け止める。
甲高い金属の音が鳴り響くが、プルライダーには全く通用していない様子だった。
「そんなチャチな武器じゃあ、俺の装甲は斬れねぇなぁ」
そう口にしながらギルバートのハイキックを避けたプルライダーは、彼の胴体に前蹴りを放つ。
軽い動作から放たれた一撃は、トラックに轢かれたような衝撃を伴ってギルバートを吹き飛ばした。
「ぐっ!」
数度地面を打って転がったギルバートへ、プルライダーはさらなる追撃をかける。
ギルバートは彼の攻撃を防ぐべく太刀を持ち上げたが、その威力は刀では防ぎ切れぬものであった。
ギルバートは再び、地面を転がる。
「加勢のために降りてきたみたいだが、無駄だったな。マスター・カレクトルは強いのさ」
そう言ってプルライダーは重い音を立てながら、横たわるギルバートにゆっくりと歩みを寄せていく。
再び彼の前に立ち、さらなる追撃を加えようとしたその時だった。
「?」
1発、金属の音が鳴り響く。
小石でもぶつけられたような感覚を受けたプルライダーは、ぶつかった方向へ顔を向けた。
彼の視線の先には、ビリーがマグナム拳銃をこちらに向けている。
ビリーもギルバートと同じく、建物から脱出して駆けつけたのだ。
「上で待っててって、言ったのに……」
「悪い、アリスちゃん。お前らが戦ってるのに、俺だけ安全な場所で見守ってるなんてできなかったんだ」
アリスの言葉にそう返したビリーは再び発砲するも、普通の弾丸ではプルライダーにかすり傷一つ付けられない。
「おいおい、そいつでどうやって俺を倒すつもりなのさ?」
プルライダーはビリーへ歩みを寄せながら、嘲笑うように尋ねた。
その言葉を聞いたビリーは至って真剣な表情で、一つの話を語り始める。
「とある男の話をしてやる。その男は真面目な会社員だったが、ある時昇進が決まったんだ。男はそれに喜び調子が良くなって、部下達に飯を奢るようになった」
ビリーが始めた謎の話に、プルライダーは思わず足を止めて聞くようになった。
ビリーはなおも真剣な顔で、話を続ける。
「そこまでは良かったんだが……問題はその飯の席にあった。そいつは自分の自慢話ばかりを部下達へ語るようになり、それを聞いていた部下達は辟易していた。だがタダ飯は食えるので、飯の席には行く」
話がよく見えてこない。
プルライダーは首を傾げながらも、真剣に話を聞いている。
「気を悪くさせちゃ奢られなくなるかもしれないから、指摘する奴もいねぇ。結果、いくら部下に飯を奢っても、信頼される上司にはなれなかった。奢るのはいいが、驕っちゃいけないって話だ」
ビリーはそう話を締めると、軽く目を瞑って満足げに頷いた。
何の反応もなくポカンとしていたプルライダーが、彼に尋ねる。
「えーっと……何の話だ?」
「『奢る』と『驕る』を掛けた高度なギャグだよ。ギャグを解説させるんじゃねぇ!」
ビリーの説明に、プルライダーは余計に混乱してしまった。
「なぜ今、そのギャグを……?」
「それはだな……」
ビリーが考える仕草をしながら鼻を擦ったその時。プルライダーは側方から強烈な気配を感じ取った。
「ッ!?」
慌てて振り返り、片腕を盾に変形させて身を守る。
が、放たれた拳は盾を難無く砕き、プルライダーの顔面を破壊した。
「があっ……!?」
凄まじい衝撃を顔面に受け、プルライダーは地面を転がる。
話を止めたビリーが、プルライダーの飛んできた方向を眺めてニヤリと笑った。
「休憩できたか? チミー」
そう。プルライダーの顔面をぶん殴ったのは、復活したチミーだったのである。
僅かに息切れはあるものの、3人の時間稼ぎによってかなり体力を回復していた。
「もう少しだけ、休憩したかった気分だけど」
ビリーの言葉にそう返しながら、チミーは拳を強く握り締めた。




