フェアじゃないからな
ギルバートが施設をシャットダウンさせ、再起動するまでの一瞬で。
チミーは施設と一体化していたプルライダーを、追い出すことに成功した。
「なあぁっ……!?」
吹き飛ばされたプルライダーは、そのまま重力に従って地面へ落下する。
金属同士が激しくぶつかり合う音を立てながら転がったプルライダーを追う形で、チミーが地面へ降り立った。
「ホントに再起動まで一瞬だったみたいだけど、私は『一瞬』を短いと思った事ないからなぁ」
チミーはエネルギーを操る事ができる。
光を『掴む』事で光速すら実現可能である彼女にとって、『一瞬』は十分すぎる時間なのだ。
プルライダーは軋む体を持ち上げながら、こちらに歩み寄ってくるチミーを捕捉する。
チミーはプルライダーへ歩を進めながら、右拳を握りしめた。
足を止めぬまま、上半身を大きく捻る。
「はあっ!」
チミーは捻った上半身を戻す勢いを利用し、プルライダーの方へ拳を突き出した。
殴った空気がその衝撃で圧縮され、弾かれた空気の砲弾がプルライダーを襲う。
「おわあッ!?」
プルライダーの探知機能でも、空気が襲いかかってくるなんて察知する事は不可能だ。
甲高い金属の音が響き、プルライダーの顔面に空気圧が激突する。
衝撃で別方向を向いたプルライダーが正面を向き直る時には、チミーが目の前まで接近していた。
「なっ……!」
慌てて持ち上げたプルライダーの腕へ、容赦なくチミーの拳が放たれる。
プルライダーの『錬俱磁俱』が発動し、超高速で盾へと変形した腕が彼女のパンチを受け止めた。
盾が大きく歪み、プルライダーの巨体が僅かに後退する。
「まだこんな余力があるのかよ!」
「アンタを倒せるだけの力は、全然残ってるわ!」
「へっ、そうか。んじゃ、こうさせてもらうか」
チミーの言葉に軽く返したプルライダーは、盾で拳を抑えたまま『錬俱磁俱』を再び発動した。
「うわぁっ!?」
盾の形状がぬるりと変化し、抑えていたチミーの拳を飲み込むように変形する。
肘の辺りまでプルライダーの装甲に包まれ、チミーの右腕は自由を奪われてしまった。
「このっ……!」
チミーは左拳でプルライダーの顔面に殴りかかるが、プルライダーの反対側の手で受け止められてしまう。
そのまま変形した彼の手に取り込まれ、チミーは両腕を拘束されてしまった。
「そお、らぁっ!」
プルライダーはチミーを拘束した両腕を振りかぶると、 腰を捻ってチミーをぶん投げた。
凄まじいパワーで投げられたチミーは地面を転がった後、襲いかかってきたプルライダーの拳をギリギリで受け止める。
『錬俱磁俱』によって巨大化されたプルライダーの右拳は、建物に一体化していた時と引けを取らない威力をしていた。
「ぐっ……!」
「硬ェな、相変わらず……!」
プルライダーに押し切られる前に拳を蹴り上げ、チミーはその場から脱出する。
足を止めて振り返り、プルライダーの追撃を待ち構えた。
放たれる拳を避け、顔面に的確なカウンターを叩き込む。
地を蹴って飛び上がり、よろめいたプルライダーへ回し蹴りを喰らわせた。
「があッ!!」
顔面の分厚い装甲が歪み、戦車の如き巨体が軽々と吹っ飛ばされる。
スピード、パワー共にチミーがプルライダーを上回っていた。
が、一つだけ問題が。
「はぁ、はぁ……」
吹っ飛ばされたプルライダーを追撃することなく、チミーは大きく息を吸って呼吸を整えていた。
『過剰損耗』。チミーは建物と一体化したプルライダーの相手をしていたことで、既にかなりの体力を消耗していたのである。
「それにしても……」
やけに『過剰損耗』の症状が早い。
以前の自分なら、もう少し戦えたはずなのに……
そんな事を考えるチミーを観察していたプルライダーは、彼女の様子から何かに気付いた。
上半身を僅かに仰け反らせ、楽しげにその正体を語る。
「ガルダパンクはいい仕事するなぁ! 君、あいつに何か注入されなかったか?」
「注入?」
首を傾げるチミーに対して、プルライダーは3本の指を胸に突き刺すジェスチャーを見せた。
その時、チミーはガルダパンクとの戦いを思い出す。
「そういえば……」
ガルダパンクに拘束された際、首元に何かが刺さったような感覚があった。
大きな痛みでもないチクリとしたものだったが、違和感のある痛みだったのは覚えている。
まさかあれは、何かを注入していたのか。
何かを察したチミーを見たプルライダーが、得意げに語り始めた。
「対超能力者用の毒薬さ。超能力者を研究する段階で作り出した、『過剰損耗』までの時間を早める薬。それを打たれた上でここまで戦ってりゃ、そろそろ限界なんじゃねぇの?」
「ッ!」
プルライダーに図星を突かれ、チミーの顔が強張りを見せる。
「なんでそこまで丁寧に説明するの?」
チミーは少しでも時間を稼ぐべく、プルライダーへ質問を投げかけた。
チミーの思惑にまんまと乗っかったプルライダーは胸を張り、その理由を語る。
「そりゃあ、フェアじゃないからな! 俺はプログラムされた機械だが、美徳ってモンは持っている。知らないものに苦しめられてる相手を倒すのは、納得がいかないのさ」
「そ、ありがと。ところで……」
「じゃ、行くぜ!」
さらに時間を稼ぐべく会話を続けようとしたチミーだが、彼女が喋るよりも前にプルライダーが動いていた。
一気に距離を詰めて振りかぶられたプルライダーの拳を、ギリギリで受け止める。
「必要以上は喋らねえぜ。君は強いからな!」
「ぐっ……」
転がることで拳を回避したチミーだったが、プルライダーはそれを予知していた。
転がった先へ、既に反対側の拳を放っていたのである。
反応が遅れたチミーは顔面に思い切り拳を受けると、十数メートルほどの距離を一気に吹き飛んだ。
「痛ッ……くそっ」
「ほーう。一撃で気絶するよう調整したつもりだったんだが……頑丈だねえ」
チミーは横たわりながら、切れ切れに息を吐いている。
そんな彼女へとどめを刺すべく、プルライダーが拳を持ち上げたその時。
「ここからは、私が相手よ」
チミーの目の前。彼女をプルライダーから守るような形で、アリスが現れた。




