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瓦礫町に香る肉脂

店に現れたテンガロンハットの男が顔を上げると、ちょうどこちらを覗いていたチミーの視線とぶつかった。

反射的に柱へ隠れたチミーを見て、男は少し笑って席に腰を落とし、チミーの隠れた柱を指さす。


「あの可愛コちゃんは新しく雇ったのか?」

「ん?あぁ、『代金』として一時的にね。」

「ほお。」


店主の言葉に納得を示した男は柱から視線を外すと、即座に出されたお冷やを一口あおる。

かたん、と静かにグラスを置いた後、男は閃いたように提案した。


「さっきの鹿、俺一人じゃ十分お釣りが出るくらいの価値はあるだろ。そのお釣り、あの子にくれてやってくれ。」

「あら、いいの?」


男の提案を聞いた店主は、パッと明るい表情でチミーの方を振り返る。

その時にはもう、チミーは皿洗いをほとんど終わらせていたのだが。







店主が料理を運んでくる。


「はい、お待たせ。いつもの唐揚げ定食と、こっちはアナタの。」


店主は唐揚げ定食の皿をテンガロンハットの男に渡し、チミーの机にも皿を出した。

出されたのは、分厚い肉を衣で包んだカツに、真っ黒でドロドロのソースをたっぷりと乗せたトンカツ定食。

湯気が纏う香ばしい香りと、油で薄らと輝く黄金色の衣が、食欲を激しく誘っている。


「うっし、じゃあ....いただきます!」


男は両手を合わせた後、歯で割り箸の片側を挟み、もう半分を引っ張って割り箸を割った。

ちょうど半分に割れた割り箸に満足げな表情を見せた後、その箸を唐揚げへと伸ばし、掴むとほぼ同時に口へ放り込む。

まだ熱かったのか、目を丸くして即座に水をあおっていた。


チミーも両手を合わせ、トンカツ定食を食べ始める。


いただきます。


まずは手始めにと、トンカツの端っこ部分である控えめな切れ端を箸で掴んだ。

僅かな力で溢れ出た艷やかな肉汁を見て、チミーの口内が急速に唾液を生成し始める。


口に放り込むと、肉の旨味が一気に中を駆けめぐった。

咀嚼する度に溢れ出る肉汁の濃い塩味が口内の幸福を満たし、飲み込むと喉にまで味が絡み付いてくる。


「美味しい。」


意識するわけでもなく、その言葉は自然と口から出ていた。

気付けば既に次のカツを掴んでおり、何かの魔力に取り憑かれたかのように口へと運んでいく。

衣をかじった途端に湧き立った食の幸福感に、チミーはもう抗うことはできなかった。


トンカツの脇に置かれていた、白米の乗った茶碗を手に取る。


拳半分ほどの大きな塊を箸で掴んで口に入れると、炊きたての白米が余計な油分を吸着し、そこから滲み出るほのかな甘みが肉の塩分と完璧にマッチ。

加えてカツの上半分にたっぷりと載せられているソースの濃い味が、さらなる追い打ちをかけてくる。

チミーが今まで食べた料理の中でも、かなり上位に位置すると言っても過言ではない美味しさだった。


バクバクと食事を進めていくチミーへ、テンガロンハットの男は一瞬だけ視線を向けた後、定食を食べ進めながら彼女に話しかける。


「お嬢ちゃん、最近ここに来た人だろ?」

「うん。さっき来たばっかり。」

「ここに来るまで何か、見たものとかあるか?」


唐揚げを頬張りながら情報提供を促すが、残念ながらチミーが見たのは瓦礫だけ。

サラダを飲み込んだチミーが首を横に振ると、男は「そうか。」とだけ呟いて食事に戻った。


「何か知ってるの?」


今度はチミーが、男に同じことを尋ねた。

チミーの来た道では生物一つ見つからなかった状況の中で、平然と鹿を獲ってくるような人だ。

少なくともチミーよりは断然、周囲の状況に詳しいはず。


男は水を一口飲んだ後、どこか遠くを見つめるような表情でため息を吐く。

そうしてひと呼吸を置いた後、彼女に一つだけ状況を教えた。


「......『ギルガン』がそこら中にいる。ここの近くにはある理由で来ていないが、ちょっと外へ出ればわんさかいやがるぜ。」


『ギルガン』。

チミーはその名称を聞き、表情を固くする。

『ギルガン』とは、突如この星に出現した、未だ謎に包まれた危険生物のことだ。


その起源とされている出来事は、20年と少し前くらいまで遡る。

突如、この星に落下した巨大隕石。

直径10メートルほどのそれは突如、レーダーでも気付かないうちに宇宙から飛来し、この星に直撃した。


隕石の落下地点を中心として周辺数キロメートルの家屋が壊滅し、追い打ちをかけるように『ギルガン』が現れたのだ。


奴らは隕石の内部に潜んでいたようで、隕石の着弾によってこの星に到着した後、壊滅した地域の外側から修繕作業が行われていく隙に繁殖。

気付いた頃には手がつけられない状態にまで数が増え、国は一部地域の封鎖を決断した。


ギルガンの掃討と閉鎖区の奪還は少しずつ行われてはいるものの、未だにかなりの地域が人の入れない場所であるのが現状。

チミーはギルガンについて、そう学校で習っていた。


しかし、ギルガンがこの星に及ぼした影響は悪い事ばかりではない。

チミーのような『超能力者』が産まれるようになったのも、ギルガンの襲来が影響していると言われている。


ギルガンが襲来したのは20年と少し前で、『超能力者』が生まれ始めたのも、ほぼ同じ時期なのだ。


ギルガンのような宇宙生命体が潜んでいた、謎の物質で構成された隕石がこの星に衝突した事で遺伝子に影響が発生し、人知を超えた『超能力』を持った人間が産まれるようになったと推測されている。


そして皮肉にも、そんなギルガンの影響で産まれた『超能力者』こそが、対ギルガンにおいて重宝される存在と化したのだ。

ギルガンは、武器を持った人間でも複数人いなければ倒せないような戦闘力を誇る。


そんなギルガンをまとめて相手することができる、人智を超えた『超能力者』は重要なのだ。

実際、チミーも何度か交戦した経験がある。


街中に出没することも時々ある存在ではあったが、ここまで壊滅し、街を守る人間が激減すれば沢山出てくるのは当然だろう。

しかし、そんなギルガンがこの集落の近くへ現れない『ある理由』とは何だろうか?

チミーはそれを、続けて尋ねた。


「『ある理由』?」


男の言葉をオウム返しに尋ねると、彼は首を横に振る。


「お嬢ちゃんがそこまで知る必要はねーよ。外に出て、この現状をどうにかするのは、俺たち大人の仕事だ。」


男はそう言ったが、チミーにも譲れない部分がある。

確かに店主やこの男からすれば、チミーは単なる17歳の少女だ。

危険からは、できるだけ遠ざけてやる必要のある子供に過ぎない。

しかし本当は、そうではないのだ。


「知る必要はある。」チミーはそう言った後、自身の正体を暴露した。


「私は......この星の『管理者』だから。」


チミーの言葉を聞いた男はキョトンとした顔を浮かべた後、大きな高笑いを上げる。まあ、当然の反応だろう。

なのでチミーはその言葉に説得力を持たせるべく、指を鳴らした。


店主の後ろにあった食器棚がひとりでに開き、洗い場から先ほどチミーが洗った大量の陶器が飛んでくる。

飛んできた陶器達は吸い込まれるように次々と食器棚へ収まっていき、全て収まり切ると同時に食器棚の扉がしまった。


チミーのエネルギーを操る能力『永遠なる供給源(エターナル・エンジン)』によって、食器棚の扉と洗い場の陶器達が持つエネルギーを操作し、片付けたのだ。

その一連の超常現象に、男の顔は笑みを消し、驚いた顔へと変貌させる。


「驚いたな.....『能力者』か。」

「それも、ただの能力者じゃないよ。」


そう。チミーにはもう一つ、さらなる能力が備わっている。

だがしかし、それを披露しようと腕を持ち上げたチミーは、自身の体が強烈な違和感を訴えている事に気付いてしまった。


運命を廻す者ローリング・デスティニー』が......使えないのだ。

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