ダブルチーズバーガーセットを頼む
夜の街。ビルが建ち並ぶ建造物群の間を、超高速でミニバンが走る。
進行方向の上空には追跡目標である、三角形の飛行物体が飛んでいた。
「おわああああああぁぁぁぁぁっっっっっ!?」
「うるさい!」
ミニバンはチミーの『永遠なる供給源』によって運動エネルギーを増幅され、タイヤがアスファルトとの摩擦で火を起こしそうなくらいの速度を叩き出している。
それを運転しているビリーにとって、高速で迫ってくる景色は恐怖そのものだ。
「つか速いものに慣れてんだからお前が操縦しろよ、これぇ!」
「私は運転免許持ってないんだから、しょうがないでしょ?」
「もう持ってても持ってなくても関係ねえだろこんなの!!!」
飛び出しそうなくらいに目を剝き出しにした状態で、ビリーは必死にハンドルを切っていく。
その後ろでは、アリスとギルバートが楽しそうに移りゆく景色を眺めていた。
「チミーちゃん、こんなこともできるのね~」
「こいつぁ、便利だな」
まるでジェットコースターを楽しむ子供達である。
「大丈夫。車体を操って、道に沿って走れるようにちゃんと動かしてるから」
「は……?」
チミーの言葉を聞いたビリーが、ピタリとハンドルを止めた。
にも関わらず、車はひとりでにカーブに沿って曲がっていく。
ビリーが運転せずとも、元々チミーが車を操作していたのだ。
直前まで必死だったビリーの顔は、カーブに揺られながら真顔へと変化していく。
「お前、最初っからそれやってたのか?」
「うん」
「俺がひいひい言いながらハンドル回してる時も?」
「うん」
「……なんで言わなかったんだ?」
ビリーはそう言って、前を向いたままのチミーを真顔で見つめる。
ずっと前を向いて答えていたチミーは、一瞬だけビリーに顔を向けた。
「テメェ!!」
遊ばれていたことに気付いたビリーは血相を変えて座席から身を乗り出し、チミーの頬を強く引っ張る。
引っ張られて頬が伸びた状態のチミーは、背もたれに置いてあったクッションをビリーにぶつけて反撃した。
そうして、前方座席の2人がポカポカと小さな揉め合いを発生させる。
まるで兄妹ゲンカのようだった。
そんなくだらないやり取りを続けているうちに、前方から明りが射し込んできた。
ケンカを止めたチミーとビリーがフロントガラスを覗き込むと、追いかけていた飛行物体の向かう先に大きな建物が建っている。
幾つもの長方形が平積みされたような、不思議な形をした建物だった。
明りを放出させているその建物へ、飛行物体は吸い込まれるように消えていく。
あそこが、飛行物体の本拠地なのだろうか。
4人が顔を合わせた後、巨大な建物に向かって車を走らせた。
見上げるほど大きな門が、ミニバンの前に立ち塞がる。
その周囲にはカレクトル達が立っており、武器を構えて周囲を警戒していた。
そんなカレクトル達の脇を何事もないように通り抜けようとしたが、できるはずがない。
即座に大量のカレクトル達で囲まれてしまい、停止せざるを得なくなってしまった。
ゆっくり窓を開けると、一体のカレクトルが顔を覗かせる。
「ここから先は進入禁止です。即座に引き返してください」
「あー……ダブルチーズバーガーセットを頼む。飲み物はコーラで。あっ! オニオンは抜いてくれ、苦手なんだよ。お前らはどうする?」
カレクトルの警告に対し、ファストフード店のドライブスルーに来たかのようなふざけた対応をするビリー。
囲まれているにも関わらず展開された緩い雰囲気に、アリスも便乗した。
「そうね、じゃあ私はフィッシュバーガーにしようかしら。飲み物は……メロンソーダが」
「ここから先は進入禁止です。即座に引き返してください」
一向に指示に従わないビリー達へ、カレクトルは遮るように無機質な声を掛け続ける。
「メロンソーダだな。……で、お前は?」
カレクトルの警告を無視したビリーが視線をチミーへ向けると、その足をアクセルに添えていた。
それに気付いたチミーは『永遠なる供給源』を発動しながら、ニヤリと笑って答える。
「私の注文は、『フライド・カレクトル』かな!!」
そう言って手を前に向けた途端、前方に立っていたカレクトル達が真上へ吹っ飛んだ。
同時にビリーがアクセルを踏み、車を急発進させる。
宙に投げ出されたカレクトル達の下をくぐり抜け、車は一気に施設内に突入した。
吹っ飛ばされたカレクトル達が地面に落下すると、その外装が黒く焦げ、金属が溶けている。
彼らはチミーの強力な『熱エネルギー』によって、揚げられてしまったのだ。
「よし! いっけぇーー!!」
立ち塞がるカレクトル達を次々と蹴散らしながら、ミニバンはどんどん施設の奥へ入っていく。
だがそんな強引な突撃は、そう長くは続かなかった。
行く手を阻むカレクトル達をまた蹴散らそうとした、その時。
ミニバンが壁にぶつかったかのような衝撃を受け、急停止した。
「――ッ!?」
ガラスが一斉に破砕し、金属のひしゃげる音が車体を包む。
後輪が30度くらい浮き上がるほどの衝撃にエアバッグが開き、前の座席に座っていたチミーとビリーは怪我を免れた。
怪訝な顔を持ち上げ、4人はミニバンを半壊させた張本人を睨む。
ミニバンを止めたのは、一体のカレクトルだった。
しかしその姿は、普通のカレクトルに比べて少しだけ様相が異なっている。
「チーフ・カレクトル……!」
猛スピードで突っ込むミニバンを止めたのは、チミーが以前交戦したカレクトル達をまとめるカレクトル……チーフ・カレクトルだった。
潰れたボンネットから手を離したチーフ・カレクトルは側方に回り込み、窓から運転席を覗き込む。
「警告の無視を確認したため、実力行使をさせて頂きます」
無機質な声でそう言ったチーフ・カレクトルだったが、そんな彼の肩を後ろから掴む影が現れた。
チーフ・カレクトルが振り返ると、そこには2メートルを越える巨大なカレクトルが立っている。
「まあ待て、大丈夫だ。俺が許可する」
男性型の合成音声で、巨大なカレクトルは朗らかにそう言った。
その姿は、他のカレクトルに比べて明らかに異なっている。
日本甲冑を思わせる、圧倒的に分厚く何枚にも重ねられた茶色の装甲。
踏みしめる足音は重く大きく、一回足を踏むごとに軽い地響きを起こしていた。
普通のカレクトルとも、チーフ・カレクトルとも明らかに違う。
こいつは、まさか……
「俺の名はプルライダー。『エリア4』の、マスター・カレクトルだ」
プルライダーと名乗った巨大なカレクトル。
彼はここ『エリア4』を管轄するカレクトル達の頂点。
マスター・カレクトルだったのだ。




