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今ので俺の手札は0になった

 拘束を解いてもらったアリスは即座に手を腰へ回すと、着けていたホルダーから拳銃を取り出した。

 銃口をザブリエルに向け、脅迫の言葉をかける。


「大人しく私達を帰しなさい。アナタはアナグマ商会のボスって言われてたわよね? ボスが倒れるのは、都合が悪いんじゃないかしら」


 目を鋭くして微笑んだアリスだったが、流石は商売の長。ザブリエルは動じることもなく言葉を返した。


「仮に、君らが俺を撃ち殺したとしよう。俺はこの世界の大勢の人々に物を届けている大商会の会長だ。俺の死が引き金となって、現状が崩れたらどうなる?人はモノが手に入らなくなって不便だろうなあ。」


 彼は口の端を持ち上げてそう言い返すと、アリスに挑発的な視線を向ける。

 カレクトルの下について商売の独占を図ろうとしているのは確かだが、それが人々のためになっているのもまた事実。

 牙を剥くには、あまりにも周囲から頼られすぎている相手なのだ。


「ま、コイツを撃たなくたって俺達は脱出できる。そうだろ?」

「むしろ最初から、()()()が目的よ」


 ギルバートの言葉に頷いたアリスが、拳銃の照準を僅かに逸らして引き金を引く。

 破裂音と共に発射された弾丸がザブリエルの頬を通り過ぎて壁に触れると、そこを中心として()()()が発生した。


「おわああああぁぁぁーーーッ!?」


 次の瞬間、周囲の人や物がその黒い渦へ引き寄せられていく。台風が直撃したかのような、凄まじい力で。


 一転して大パニックと化した部屋の中、渦が巻き起こす吸引力に髪を(なび)かせつつ、体を吸い寄せられないようギルバートに担いでもらったアリスが叫んだ。


「逃げるよっ!」




 構成員達が混乱している隙に部屋を飛び出し、3人は廊下を駆けていく。

 無機質なタイルを踏み、出口に向かって一直線に走っていく中。チミーは先ほどの『黒い渦』についてアリスに尋ねた。


「アリスさん、さっきのは一体……?」

「あれはね、『重力弾』よ。一瞬だけ重力を操ることのできる『魔弾』の一種ね」

「『魔弾』?」


 聞き慣れない単語の応酬に首を傾げたチミーだったが、『魔弾』という単語には僅かながら覚えがある。

 超能力者という存在が出現してから十数年が経った頃に発見された『魔法』という技術。

 それを簡略化させた『魔術』というものが一部で普及し始めた頃に、それを道具に組み込む応用を考えた者がいた。


 そうして生まれた道具のうち1つが、『魔弾』の存在なのである。


 見た目は普通の拳銃だ。しかしその弾丸には簡易的な『魔術』が組み込まれており、指向性は低いものの引き金ひとつで魔術が発動できるという便利さを備えている。


 そんな代物が開発されていることを報道したニュースを、チミーは僅かながら記憶に残していたのだ。


「あぁ、魔術の拳銃のことか」

「アリスは5つの魔弾を操ることのできる天才なんだ。普通は1~2種類しか使えないんだぜ」


 理解を示したチミーに対して、ギルバートが隣から自慢げに補足する。

 さながら、娘の成績を自慢する父親のようだ。


 そうこうしているうちに、最初に降りてきた階段へ到着する。

 壁に手を付けて一気に駆け上がると、近くで待っていたビリーが3人に気付いた。

 その切羽詰まった様子に何かを察したビリーは、走る3人に追従して自身も走り出す。


「何があったんだ?」

「あいつら、カレクトルの手下だった!」

「……マジか」


 理解したビリーをちらりと振り返ったチミーは、彼が抱えていたクッキーの箱を見て大声を上げた。


「ほとんど無くなってるじゃない!? 食べ過ぎるなって言ったのに~!」


 チミーが買って、ビリーに預けていたクッキーの箱には、もう数枚程度しかクッキーが残っていなかったのである。

 怒りの言葉を受けたビリーは苦笑いを浮かべながら、苦しい言い訳を繰り出し始めた。


「いやぁ、こいつはだな……ちょっと魔が差したっつーか。ホントは数枚だけ食べたら終わろうと思ってたんだ。ホントだぜ? けどあと一枚、あともう一枚、と考えながら食べていくとよぉ……いつの間にか底が見えるくらいまでクッキーが無くなってたんだ。無意識のうちに、だ。」


 走りながらにも関わらず、気まずそうにチミーから目を逸らしたまま更に口を動かした。


「無意識にこれだけ食っちまうお菓子なんて危ねーだろ? 糖尿病とかよ。だからここは俺がその危険を肩代わりしてやった……ってことで、どうだ?」

「ダメに決まってるでしょ」

「ダメか……」


 チミーとビリーがくだらないやり取りを行っているうちに、最初に通った門が見えてくる。

 最初に乗ってきた古いバンが残っているのを見つけたアリスは、目配せでアレに乗る合図を送った。


 その時である。


「止まりなァ!」


 人工的な男の声が、夜の街道に響き渡った。

 見上げると、街道の脇に並べられたビルの屋上に、月明かりに照らされた一つの影が立っている。

 その影は二足で立って腕を組んだ(たたず)まいをしているが、人間の形とは少し異なっていた。


「よっ!」


 影が足を踏み出して跳躍し、重い()()()と共に地面を揺らして着地する。

 

 チミー達の前に立ち塞がる形で着地したそれは……ロボットの姿をしていた。


 白と黄色の混じった、青を基調としているボディは球形を成しており、そこから手のパーツと、下に付いている小さな腰の部分から足のパーツが生えたような姿をしている。

 一頭身の姿にも関わらず、2メートルを超える巨体をしているおかげで迫力満点だ。


 現れたロボットは親指で自身を指さし、意気揚々と名乗りを上げる。


「俺はアナグマ商会 戦闘担当……『三撃(さんげき)』が一人! 『壊撃(かいげき)』のワーク・ショップ様だァ!!」


 大きすぎる合成音声が、静かな夜の街にこだました。

 しかし、対するチミー達の反応はあまり大きいとは言えない。


作業場(ワークショップ)……?」

「そこはあんまり深く考えない方がいい気がするぜ、多分」

 

 顎に手をやってその名の意味を深く考えようとするアリスに、ギルバートが冷静なツッコミを入れる。

 思いのほか冷ややかな反応のチミー達を見たワーク・ショップは地団駄を踏み、無機質な外装からは感じ取れない悔しさを表現した。


「反応薄すぎだろ!? ……とにかく! 俺は会長にお前らの逃走を阻止するよう指令を受けてんだ。ここは通さねえぜ!」

 

 そう叫んだワーク・ショップが体を大きくねじると、腕の外装が変形を始める。

 開いた腕の中から筒のようなものが現れると、ワーク・ショップはそれをチミー達に向けて言い放った。


戦術戎物(パニッシュマーシャル)・『爆爆襲轟(ヴェラリプトル)』ッ!!」


 向けられた筒が光を放った後、一直線に放たれた『弾丸』によってチミー達のいた場所が大きな爆発を巻き起こす。

 赤い炎と黒い煙が夜空に弾ける中、ワーク・ショップのセンサーは生命反応を検知していた。

 

 爆発が収まると、先頭に立っていたアリスの前に、1メートル四方の半透明な『壁』が立っている。


「『白』の魔弾……『障壁弾』よ!」


 アリスの放った魔弾が目の前で展開し、『壁』となって爆発から5人を守ったのだ。

 周辺の地面に穴が開くほどの攻撃を防いだのだから、凄まじい防御力である。


成程(なるほど)ねぇ」


 見事な防御に感心の声を上げるワーク・ショップに対し、強気の笑みを浮かべたアリスが挑発した。


「さて、次はどんな武器を使ってくるのかしら?」


 するとワーク・ショップは唐突に腰を下ろし、その場で胡坐(あぐら)の姿勢で座り込む。

 顔を上げると、彼は堂々とした態度で言い放った。


「期待してるところ悪いが、今ので俺の手札は0になった」


 ワーク・ショップの持っている武器は、たった1つしか無かったのである。

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