食べ過ぎないでよね!
手錠という、明らかに不穏な物品を見たチミー達は警戒の色を露わにした。
だがその反応はジエイも分かっていたらしく、最初に謝った時のような申し訳なさ全開の表情で頭を下げる。
「悪い。だが『ボス』は警戒心がすげぇ高いんだ、信頼を得られるまでは着けてくれねえか」
彼の言う『ボス』なる人物が誰なのかは分からないが、手錠を着けなければ彼らの信頼を得られないということは分かった。
アリスは少し考えた後、静かに頷いて納得の姿勢を見せる。
「分かったわ。私は、大丈夫」
「悪いなぁ」
「アリスが行くなら、俺も行く」
続けてギルバートも名乗りを上げ、2人仲良く手錠を掛けられた。
チミーは手に持っていたクッキーの箱をじっと見つめた後、隣に立っていたビリーの顔を見上げる。
「アンタはどうするの?」
「どうって、そりゃあ……」
ビリーは返答に困った様子で頬を掻く。
アリスについて行きたい気持ちはあるが、手錠を掛けられて地下へ行くなんて不安でしかない。
そんな彼の葛藤を見たチミーは、クッキーの箱を押し付けて強引に受け取らせた。
「私が行くからさ、これ。持っといてよ。ちょっとなら食べていいわよ」
「いいのか? お前らだけで行って」
「むしろ私は、アンタが待ってる間にクッキーを食べ尽くさないかを心配しているわ」
手錠を掛けられながらそう返したチミー、そしてアリスとギルバートは、申し訳なさの中に安堵を見せるビリーを置いてジエイについて行く。
「食べ過ぎないでよね!」
チミーは直前で振り返ると、もう一度釘を刺した。
地下への扉が開かれ、3人はアナグマ商会 エリア4支店の『本部』へと入場する。
その後ろ姿を、ビリーはクッキーを口に運びながら見送った。
地下は思いのほか広く、自動車が2台並んでも余裕をもって通ることができるほどの幅をしている。
すれ違う構成員の物珍しげな視線を受けながら、チミー達は奥の部屋まで案内された。
木製の簡素な扉が開けられると、小さなライブホールくらいの広さをした部屋へと通される。
事務室か何かだろうか。まばらに机が並べられており、構成員たちが物凄い速度で帳簿のようなものを作成していた。
一番奥の席に座っていた男がジエイ達に気付き、片手を上げて大きく振っている。
稲妻の剃り込みが入った坊主頭に、岩の如く荘厳な顔つき。
悪の親玉のように怪しい風貌ではあるが、その顔は上機嫌のそれだった。
ジエイは彼の前まで来ると軽く頭を下げ、チミー達に紹介を行う。
「この方が『ボス』だ。普段は『本部』に居るんだが、ここはできたばかりだからな。今はこうして、監督してもらってる」
「アナグマ商会会長のザブリエルだ。よろしく、なっ」
二本指を額から弾くジェスチャーで『ボス』ことザブリエルは気さくに挨拶を行った後、チミーに声をかけた。
「キミが砲弾を食らっても死ななかった子かい。話には聞いたぜ」
「そうよ。いきなり撃たれてびっくりしたんだから」
ジエイが放ったとされる砲弾の話を持ち出され、チミーは少しだけ不機嫌になりながらも素直に答える。
それを聞いたザブリエルは両手を机に置くと、チミーに対して真剣なまなざしを向けて『提案』を行った。
「キミ、能力者か何かだろ。アナグマ商会に入らねえか?」
超能力者というものは貴重な存在である。
何せ誕生したのが二十数年ほど前……ギルガンがこの星に訪れてからの事なのだから。
大規模な市場を展開している者が、そんな貴重な人材を見逃すわけにはいかないのだろう。
「一緒に商売やろうぜ。飯に困ることもねえし、安全だ」
チミーにとって、アナグマ商会へ入ることは決して悪い話ではない。
人脈豊富で様々な情報が入ってくるだろうし、モノの豊富なこの街で使える通貨の確保ができるのは大きいだろう。
だがチミーには、それ以上にやるべきことがある。
「悪いけど、辞退させてもらうわ。私は……この世界を、一刻も早く元に戻さなきゃいけないから」
この星の『管理者』として、そしてこの星に住まう十代の女子高生として。
元の世界を求めることを、強く望んでいるのだ。
「ギルガンも、カレクトルも倒して。この世界を、元に戻すの」
「……『カレクトルも』ねぇ」
引っかかるものがあったのか、ザブリエルはチミーの発した単語を反芻する。
その表情は先ほどの陽気な雰囲気とは打って変わり、不穏な空気を纏っていた。
深く腰掛けて顎に手をやり、一言だけ呟く。
「じゃ、敵だ」
彼が呟いた途端、周囲の構成員達が一斉に立ち上がってチミー達に銃を向けた。
一気に緊張した空気が走る中、彼らの行動の意味をザブリエルがご丁寧に説明する。
「カレクトルは、俺達の大事な商売相手なんだ。倒されちゃあ困る」
曰く、アナグマ商会とカレクトルは一種の契約を結んでおり、武器の販売や街の警備などを行ってもらっているという。
そこで気が付いた。チミーがあの砲弾に直前まで気が付かず、操作することもできなかったのはカレクトルの兵器だったからだと。
カレクトルの事情に妙に詳しいのも、その関係が理由なのだろう。
手錠のかかった状態で銃を向けられているにも関わらず、鋭い目を崩さぬアリスが尋ねた。
「じゃあ一つ聞かせて。カレクトルの目的は、一体何なの?」
現状最大の謎であるカレクトルと強力な繋がりがあると分かれば、一気に真実へ近づくことができるかもしれない。
だが、そう簡単に事が運ぶことはなかった。
ザブリエルは少し眉を下げ、首を振って質問に答える。
「詳しいことは俺達にも分からねぇ。ただ、奴らは俺達が人々をまとめる事を望んでいる」
「そりゃあつまり、『間接的なカレクトルによる支配』が目的ってことだな?」
ザブリエルの発言にギルバートが言い返した。
空気の緊張がより強くなるが、彼は構うことなく言葉を続ける。
「カレクトルはアンタらに武器を売ったり街を警備したりしていて、それがなきゃアンタらは商売をやっていけない。明らかに従属関係のそれだ。」
アリスたちの家で見た限り、カレクトルには明らかに人間を越えた科学が施されていた。
凄まじい科学力を持ち合わせているため、アナグマ商会と契約を結ぶ直接的なメリットはほとんどないだろう。
実際話を聞く限りでは、カレクトルが武器と安全を提供して、アナグマ商会がその中で商売を行っているだけ。
そんな『囲われた状態』のアナグマ商会に人々のまとめ役を望むということは、間接的に人々を支配しようとしていると言ってもいいのではないだろうか。
「カレクトルはアンタらを使って人間を実質的に支配して、何かを行おうと企んでる。そう捉えられてもおかしくないくらい、奴らの行動は不自然だ」
「…………」
ギルバートの指摘に気付いていたのかそうでないのか、ザブリエルは目を鋭くして思案の表情を見せた。
少し間を置いた後、パッと明るくなった顔を上げて口を開く。
「俺らにとっちゃどうでもいい話だ。元の世界じゃ色んな企業があるが、この世界ならアナグマ商会の天下。こんな場所、崩させるかよ」
その言葉を皮切りに、周囲の構成員達がチミー達へ歩み寄ってきた。
同時に隣のジエイがチミーの頭部に拳銃を突き付け、行動を牽制する。
「動いた瞬間、ドン。だ。大人しく捕まってな」
手錠を着けさせたのも信頼がどうのではなく、こういう事態を想定しての事だったのか。
だがチミーは全く慌てずに、ジエイを睨んで挑発的な笑みを向けた。
「そんな玩具なんかで、私は止まらないわよ?」
そう言い放ったチミーが腕に力を込めると、分厚い手錠が一瞬で引きちぎられてしまう。
あまりの怪力に焦ったジエイが引き金を引くも、チミーにそんなものは通用しない。
発射された弾丸の先がチミーに触れる直前で停止し、次第に回転を落として落下した。
『永遠なる供給源』はエネルギーを操る能力。弾丸を止めることなど、造作もない事である。
体を翻してジエイの側頭部に回し蹴りを食らわせた後、四方八方から飛んできた銃弾を全て停止させた。
その間にギルバートが自身の手錠を外し、アリスの手錠も強引に解錠させる。
「かかってきなさい、気絶したい人からね!」
たった3人。数では完全に劣っているチミー達だが、負ける気は一切として感じられなかった。




