新たなる地へ
ずしりと、重みがチミーの背中を引っ張った。
大きめのリュックサックを背負ったチミーは、町の老父に礼を述べる。
「ありがとうございます」
「気を付けてなあ~」
にこやかに答えた彼は以前裁縫職人をやっていたらしく、チミーとビリーが『エリア4』へ行くと聞くや瞬く間に作ってくれた。
一時間もしない間に作られた超特急の品なのだが、作りはしっかりとしている。
そしてそれに加えて、飯屋の店主が凄まじい量の弁当を作ってくれていた。
町の人々もそれを手伝っていて、店内が満員電車のようになっていたことを思い出す。
弁当箱が詰まってかなりの重さと化したリュックサックを愛馬マキシマムに預けながら、ビリーは町の皆に感謝した。
「ありがとよ、みんな」
「頑張れよ!」
「元気でねぇ」
ビリーの礼に対し、町の若い男衆から老婆まで色んな人が見送りの言葉をかける。
その様子から、ビリーがどれだけ町の人たちに好かれているかが良く分かった。
皆から言葉を貰って満足げな表情のビリーは、チミーの方を向いて一つ頷く。
「おっし、それじゃあ……行くか!『エリア4』!!」
チミーとビリー、そしてマキシマム。
二人と一匹は皆に見送られながら、悠々と町を出た。
ちょっと前にビリーが案内してくれていた動物の集まる廃墟を抜け、さらに奥の道へ進む。
『エリア4』の境界線付近にも関わらず、どういうわけかギルガンともカレクトルとも出くわすことはなかった。
不思議に思う二人だったが、出会わない事に越したことはない。
そのまま二人は遠くに建物群の見える地……『エリア4』へと足を踏み入れた。
ビリーはマキシマムに跨り、チミーは宙を飛んで荒野を征く。
向かうのは、チミーがマキシマムを捕まえた時に辿り着いた町だ。
チミーが行った時は人の気配が無かったが、何もない荒野よりはマシだろう。
僅かに吹いている風に肌寒さを覚えつつ、道中でビリーが話題を振る。
「そういやよ、『管理者』がどうとか言ってたよな。あれって結局、マジなのか?」
チミーが飯屋で話した、自身が『星の管理者』であることについて掘り返してきた。
最初は半分信じずに聞いていたビリーだったが、数度の戦闘を共にするうち真偽が気になってきた様子らしい。
「ホントだってば。私が『管理者』になっていなかったら、この星は滅んでたのよ?ただ……」
チミーはそこで、自身が「運命を操る能力」……『運命を廻す者』を使うことができなくなっている事を打ち明けた。
それを聞いたビリーは少し考えた後、険しい顔のまま口を開く。
「ま、その辺はよく分かんねえけどよ。もしそのローリングなんちゃらが戻った時には、この世界のこと頼んだぜ」
「うん。その時は……任せて」
そんな感じで荒野を進んでいく最中、唐突に空を見上げたビリーが再び口を開いた。
「お前、空を飛べるんだよな?」
「飛べるよ、一応」
晴天を見上げたまま、ビリーが1つ提案する。
「高いところまで飛んで、周囲を見渡してみてくれねえか。もしかすれば別の場所に、町があるかもしれないし」
確かにカレクトルもギルガンも見当たらない今であれば、ビリーから多少離れても大丈夫だろう。
ビリーの言葉に頷くと、チミーは上を向いて膝を曲げた。
「じゃ、ちょっと見てくる」
そう告げた次の瞬間、弾けるような爆風と共にチミーの体が垂直に飛んでいく。
顔面に当たる風が収まった頃には、チミーの姿は指先くらいの大きさまで遠ざかっていた。
上空まで飛翔したチミーはゴーグルを外し、その下に隠れていた翡翠色の瞳を露わにする。
『永遠なる供給源』の副産物……『あらゆるエネルギーを視覚化することのできる眼』だ。
「ん~……」
少し目を細め、周囲を見渡す。
荒野が大きく広がっているものの、あちこちで廃墟群が見受けられた。
ぽつぽつとエネルギーは検知できるものの、野生動物だと思われる。
「!」
そんな中、チミーはエネルギーが密集している場所を発見した。
その場所は建物が多く建ち並んでおり、かなり広い。
ギルガンにもカレクトルにも出くわしていない以上、人である可能性が高いだろう。
チミーはその場所がある方向を指さし、地上にいるビリーへ報告する。
「あっち、人がいっぱいいるみたい!」
「おお!!」
チミーの指を辿ってその方向を見たビリーは歓喜の表情を浮かべると、早速マキシマムに跨って走り出す。
空中からその街を視認したまま、チミーもそれに追従した。
荒野を走ること、約1分。
ビリーは視界の先に、チミーが見つけた街の姿を捉えた。
苔に覆われたビルがいくつか建ち並んでおり、かつてはかなり発展していた場所である事を表している。
「おーい!あそこか!?」
「そうよー!」
地上から飛んできたビリーの声に、チミーは肯定の言葉を返す。
その時、問題は発生した。
「─────ッ!?」
チミーの背後に突如、巨大なエネルギーの塊が急接近する。
振り返ると、そこには直径数メートルはある巨大な黒い『球体』が迫っていた。
慌てて手を伸ばして『永遠なる供給源』を発動し、球体のエネルギーを操作して衝突を免れようとする。
しかし。
球体のエネルギーは何故か、『永遠なる供給源』で操ることができなかった。
「へぇっ!?」
直前まで接近に気付かなかったこと、そして『永遠なる供給源』が通じなかったことに激しく動揺したチミーへ、球体が高速で衝突する。
爆発が空間を揺るがし、炎と黒煙が花火のように散った。
巨大な球体は爆散し、そこから弾ける圧倒的な質量を受けたチミーの視界が回転する。
空中で留まっていた身体は制御を失い、まるで撃ち落された鳥のように落下を始めた。
「チミーーぃ!?」
一部始終を見ていたビリーは急いでマキシマムを走らせ、チミーが墜落した先……ちょうど今向かおうとしていた、街のある方角へと急いだ。
ぐるぐると回転する視界に翻弄され、チミーの体は状況が把握できないまま急降下していく。
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
目を回しながらも、明らかに地面に近付いている実感があった。
ようやく視界が元に戻り始めたチミーが最初に見たのは、コンクリート製のマンション。
そして直後。
爆音を伴った破壊音が巻き起こり、埃が吹き荒れた。
凄まじい勢いでマンションに突っ込んだチミーの体は、数部屋の床と天井を破壊してようやく停止する。
頑丈な肉体を持つチミーでも、流石に今のは痛かった。
「いてててて……」
仰向けで瓦礫に埋もれた状態のチミーは痛む頭を押さえつつ、上半身を僅かに持ち上げる。
その時、瓦礫越しにこちらを覗く2つの影と目が合った。
「なんだ、この子は?」
「大丈夫なのかな……」
深く渋い声がチミーを怪しみ、澄んだ声が心配をしている。
穴の空いた天井とチミーとを交互に見ながら困惑する金髪碧眼の女性と、顎部分に手をやってチミーを観察している単眼の人型ロボットがそこに立っていた。
「ど、どうも……」
その視線に気まずさを感じたチミーは、瓦礫に埋もれたままとりあえず挨拶をしてみる。
女性の名はアリス。ロボットの名はギルバート。
この街の、住人である。




