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32話 元諜報員は、15階層に到達する。



 ブライアンは15階層で待っているようだ。


 あの剣士と魔導師の気配は10階層で消えているので、もう『合格』を言い渡され、地上に転移したと考えていいだろう。


「あと少しだねッ! ベイル様!」


 ソラの無邪気な笑顔は安定の可愛さ……いや、正義だ。


「ベイルさん……。ぼ、僕も手を繋ぎたいのですが……」


 リュカはずっと忙しない。俺が『角の生えた少し大きい鬼』を屠るたびにアワアワとして、「神だ!」などとと大騒ぎし、下層に降りるたびに距離を近づけて『デレ』てくる。


 こんなにあからさまに好意を伝えられた事のない俺は、恥ずかしくも嬉しく、2人と行動する事に少しずつ慣れていく。


 基本的にずっと1人だった俺は、その温かさにめまいがする。その都度、リリアの笑顔が脳裏を掠め、(無茶してないといいけど……)などと、「弟子」の身を案じた。



 15階層に進むと巨大な扉がダンジョンに出現した。


 中にはおそらく『ギガントミノタウルス』だろう。事前調査の1番下に書かれていた名前を思い出しながら、その中にいるであろう魔物の力量を探ろうとすると、リュカが口を開いた。


「ベイルさん。この扉の奥が『階層主』ですね……。おそらくここを突破すれば、試験終了です……」


 緊張したキリッとしたリュカの表情はカッコいい。可愛いよりは、カッコいいのほうがしっくりくる。


 ギガントミノタウルスが『牛男』の『親玉』なのだとしたら、「魔の荒野」に潜入した7歳のときには、すでに無力化に成功している。


 各国に戦争を促し、武器を高値で売り捌く組織を潰した時の、言葉が通じない『牛族』がミノタウルスだった事にはもう気づいている。


 問題はブライアンが中にいる事だ。


 つまりは、ソラ、リュカ、そして俺の3人が有能である事を示さなければならない。それを見せつけ、冒険者としてやっていける事を認めさせなければならない。


 あの『失敗』があるだけに、しっかりと有能である事を証明しないといけない。


(……は、恥ずかしい……)


 俺の1番の敵は俺自身だ。これからの『上司』の前で力を誇示することは必要不可欠。前のように『無能!』と虐げられるのはごめんだ。


 ここに来るまでに追い抜いて来た受験者達は、全て派手な戦闘をしていたリュカに視線を誘導させ、俺はバレずにその周りを『掃除』していた。


 ドクドク、バクバクとうるさい心臓を抑えながら、ソラに耳打ちをする。


「合図したら【青焔】を出すんだよ?」


「うんッ!! ソラ、ベイル様の役に立てるように頑張る! 上手にできたら、よしよししてくれる?」


「それはいつでもしてあげる」


 俺はソラの頭に手を置き、微笑みかける。ソラは「ふふふッ」と嬉しそうに照れて、俺の顔を見つめる。


 不思議だ。

 ソラの笑顔を見てると、心臓が落ち着く。どうしようもない俺でも、頑張らなきゃと思える。逃げてはいけないと決意させてくれる。



 リュカは少し羨ましそうにこちらを見ているが、やはりまだこちらから触れるのは躊躇われる。怖がられてもショックがデカそうだし、受け入れられてもどうすればいいかわからない。


「リュカは後方から『風の矢』を相手の目を狙って打ってくれるか?」


「はい!! ベイルさんの役に立てるなら、僕はなんだってします!! ……あの、その、できれば……、『合格』したら、『私』もソラちゃんみたいにしてくれると、とても嬉しいんですが……」


(何、このエルフ。……はちゃめちゃ可愛いんだが……)


 「ふっ」と小さく笑い、そっとリュカの頭に手を伸ばす。



ポンッ……



「絶対に『合格』するんだから、今でもいいだろ?」


 リュカはウルウルと瞳に涙を溜めて、「は、はいっ!!」と笑みを浮かべる。



 俺達は、3人で一緒に扉を押した。






 ブライアンは『カゲロウ』と呼ばれる魔導具で姿を消していた。魔物を刺激するような心配も一切ない、世界の7秘宝の1つである古代魔道具アーティファクトだ。


(これでじっくり見させて貰うぞ?)


 ブライアンは15階層の扉を潜るとドカッと堂々と座りながら先程の剣士と魔導師の受験者と合流した時の事を思い返していた。



「……あれ? お前たちが先頭か?」


 見落とすはずはなかった。常に周囲に気を配りながら進んだはずなのに、追いつく事はなかった。もしかして、さらに進んだのか? と小さく首を傾げたが、後方に2つの気配を察知したブライアンは、してやられた事を理解した。


「さっきのはブライアン様だったんだぁ」

「そうね! あんな芸当が出来るのはブライアン様しかいないわッ!」


 合格を告げると、2人は気が抜けたように呟いた。ゾクゾクッと背筋に走った寒気は気のせいなんかではない。


 聞けば、『光』がダンジョンに走り、一瞬にしてミノタウルスが全滅していたと言うのだ。


「神様かと思いましたよ〜。あれ? でもブライアン様は『感知』できますね……?」


 不思議そうな2人に、それは自分ではない事と『受験者』の中の1人である事を告げたが、2人はまるで信じていない。


「ハハッ。『アレ』が受験者? 冗談でしょう? 本当に『神様』みたいな『力』だったんですよ?」


「……ほ、本当に受験者ならぜひパーティーを組んで欲しいわ!!」


「なっ!! お前、俺と組むんだろ?」


「アンタはエルフと組むんでしょ!?」


「バカが! 俺が相手にされるはずねぇだろ!」


 ブライアンは2人の言い争いに苦笑しながらも転移魔道具で地上へと帰らせた。1人になると震えが襲ってくる。


(まさか……、本当に俺より……)


 頬を伝う汗を拭う事なく先を急いだ。引き返したところでやり過ごされる。ここで本当の実力が見れるはずはない。


 ブライアンはギルドマスターとしての責任よりも好奇心を優先してしまう。自分の直感が間違いではない確信。本来なら『初心者』が来れるはずがない階層である15階層に『あの少年』がやってくる。



 ブライアンは先を急いだ。ギガントミノタウルスには見向きもせずに『カゲロウ』を使用し15階層に鎮座した。


(早く俺に見せてくれ!! 最高級の『才能』を!)



ギィイ……。


 『2人』の気配を確認しながらと、扉が開くと同時に『少年』と視線が合う。


 金髪の髪を靡かせ、涼しげな紺碧の瞳に鼻と口を隠す黒マスク。フードはエルフに渡しているようだ。


(……視線が合う?)


 自分を一瞥する『目的の男』にブライアンは大きく目を見開いた。


(な、何で……? 『カゲロウ』は……?)


 ブライアンは引き攣った笑みを浮かべ身震いするが、ギガントミノタウルスの巨大な咆哮が響く。



グオオォオオオオン!!



 少年は少し緊張した面持ちでマスクを外した。





次話「元諜報員は、恥ずかしいが力を誇示する。」です。


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