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21話 エルフの王女は、元諜報員に恋をする。



※※※【side:リュカ・ユグラシア】



ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……


 僕の心臓は壊れてしまったみたいだ。この胸の高鳴りが、『最悪』から救われた事に対する安堵なのか、「このお方」の紺碧の瞳のせいなのかはわからない。



「え、あの、その……だ、大丈夫?」


 口と鼻を黒いマスクで覆い、片手で目元を隠しながらも、指の隙間から綺麗に澄んだ紺碧の瞳が輝いている。


「……だい、じょうぶです……」


 自分で噛み切ろうとした舌で上手く声を上げられない。それよりも、胸が苦しくて仕方がない。そっとかけてくれたマントから香る甘い香りに頭がクラッとしてしまう。


(このお方は何者なんだろう……?)


 少し恥ずかしそうに、「そう……」と呟くと、僕に手を伸ばす。



ビクッ……



 頭では彼が優しくて、とても温かい人だとわかっているのに、先程の『最悪の余韻』で、ビクッと身体を震わせてしまった。


「あっ、いや、違うんで、」


 僕が慌てて否定すると、「うん。仕方ないよ」と優しく微笑み、小さく呟いた。


「《回復》……」



ポワァー……


 身体の怪我が緑色のオーラに包まれ、じわじわと傷が消えていく。彼は僕の傷が治ったのを確認すると、そそくさと『青い炎』の方へと歩いて行き、手で『それ』を払うようにすると、とても穏やかに微笑んだ。



ドクンッ!!!!



 その横顔に心臓が音を立てる。


 僕に向けられていた『笑顔』と、姿を現した『狼人の幼女』に向ける『笑顔』は根本的に違うように感じた。


 その『優しさの塊』のような笑顔に、更に息苦しさが襲って来てしまう。



「『ベイル様』〜!! ソラ、いい子に待ってたよ!!」



 幼女は彼に気づくと、屈託のない笑顔を浮かべながら足にしがみついている。彼はそんな幼女に、また穏やかに微笑みながら、幼女の頭に手を置いた。


「『ベイル様』……」


 小さく呟きながら、自分がお礼を言っていない事に気づき、まだ微かに震える足で2人の元へ歩みを進めた。




「あ、あの。僕……、本当に、あ、ありがとうございました!! あなたが来てくれなかったら……」



ゾクゾクッ……


 嫌な記憶が脳裏を掠め、背筋が凍る。ガクガクと震える僕の様子をチラリと見ると、彼はすぐに視線を外し口を開いた。


「……え、と……、記憶、消そうか?」


「えっ、……? 『記憶を消す』……?」


「辛いだろうし、そっちの方が楽になれると思うけど……?」


「あ、あの!! さ、さっきの戦闘、僕の治療……。あ、あなたは、も、もしかして、複数のギフトを持っているんですか……?」

 

 薄々気づいてはいたが、彼は『魔法』を使っている訳じゃない。魔力は感じないし、『詠唱』しているところも見ていない。


 ギフトは1人1つのはずだ。複数の『神力』を操るなんて、まるで『神』みたいな物だ。そもそも、そんなに『神力』を行使すると、人間は『壊れる』ように出来ている。


(それなのに……。いや、先程の『黒炎』を操る化け物を、あんなに簡単に一蹴するのだ……。『この方』は明らかに『普通の人間』ではない……)


 僕は自分に自信があった。


 自分を人形のように扱うエルフの里から逃げ出し、自分1人で生きていく事ができる自信が……。


 『エルフの王女』という呪縛のような肩書きを捨て去っても、生きていく事ができる『力』が自分にはあると思っていたんだ。


 『精霊』の力を使用できる自分はエルフの中でも、優秀な『力』を持っていたのだから、外でも通じると思っていたのだ。



 でも、『黒炎』の化け物の前では、なす術がなかった。あれほどまでの圧倒的な『暴力』は経験した事がなかった。ドス黒い魔力はドロドロと気持ち悪く、思い出しただけでも吐き気がする。


 あと少しで死ぬより苦しい経験をするところだった。


(『この方』が来てくれなければ僕は……)


 また背筋にゾクゾクとした物を感じながらも、僕は真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。


 彼はクスッと笑うと、ゆっくりと口を開いた。


「……記憶はどうする? 俺の事を気にするより、いまは自分の事だけを考えたほうがいい」


「え、あ……は、はい。記憶は……」


 言いながらも、先程の光景がフラッシュバックして身体が竦む。


――こりゃいい女だぜ!! この乳を見てみろよ!

――団長! 依頼は『生きて連れてく』だけだろ?

――ダンジョンの中で『ヤレる』なんて、なかなかいいな?

――いいなぁ〜!! コイツは唆るぜッ!!


 グッと唇を噛み締めると、また鉄の味が口に広がり、拳を固く握りしめる。


(け、消せるなら……消したい……)


 でも、気づいてしまった。記憶が消える事の意味に。


 それはきっと助けてくれた彼の事も忘れてしまうと言う事なんだ。一切恩を返す事もなく、自分の『弱さ』にも目を向けず、生きて行くと言う事。


(それは絶対に嫌だ!! それだけは絶対にッ! 僕はもう、絶対に『里』には帰りたくないっ!!)


 僕の顔を一切見ようとしない彼の瞳をジッと見つめると、僕はゆっくりと口を開いた。


「ぼ、僕は忘れるわけにはいかない。『自分の弱さ』から目を背ける事も、あなたに救われた事も……。ぼ、僕はこれから強くなるんだ!!」


 身体は未だに震えているが、嘘偽りのない言葉だ。


「……」


 彼は少し押し黙ると、ほんの少しだけ驚いたような顔で僕に視線を向けると、


「さすが、『冒険者』を志すエルフだ!! 今回の試験は残念だったけど、いつかまた会えるといいな!」


 と嬉しそうに微笑んだ。



ドクンッ!!!!



 その笑顔に僕は完璧に『やられてしまった』……。


 心に染み込んでくる温かい物が、また涙に形を変えて僕の目から流れてくる。激しく脈打つ心臓は先程の比ではない。


 顔に熱が襲ってくる。


ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……


(ダ、ダメだ……。なんだこれ……。こんなの……初め、て……)


 一向に収まる気配のない心拍数に、「ハァ、ハァ、ハァ、」と呼吸が乱れる。


(……何、これ。胸が苦しい……。心臓を直接鷲掴みされているみたいだ……。……い、いやだ。変な女だって思われたくない。き、嫌われたくない……)


 初めての感情に戸惑いながら、彼から貸してもらったマントに顔を埋め、大きく深呼吸しながら心臓を落ち着かせようとするが、マントからの甘い香りにお腹の奥がキューッとして、更に呼吸が苦しくなってしまう。


「『ソラ』。とりあえず、これを他の人に伝えて、処理してもらわないとダメなんだけど、まだ【青焔】は出せるか?」


「……? うん! ソラ、頑張る!!」


「いい子だ。大丈夫! ソラの【青焔】をこじ開けれるような『力』を持ってるヤツはここにはいないからな!」


「ふふふッ!! ソラ、偉い?」


「……!! とっても偉いぞ!」



 幼女の頭に手を置き、仲良く会話している光景にキュンキュンとしながら、彼の横顔から視線を外せないでいると、彼は少し困ったような顔をして僕に視線を向けた。


「……こんな事を言うのは、失礼かも知らないけど……、お、『男』なんだったら、あの、……エルフの民族衣装はやめておいた方がいいじゃないか?」


「…………え、えっ?」


「何か事情があるんだと思うけど、またこんな事になっても大変だろ? 『男の身体』に戻れるなら戻っておいた方がいい……」


「…………。ぼ、僕は『女』です!!!!」


「……!! えっ? いや、でも『僕』って……」


「……初めは『王子』として育てられてたからッ! あっ。いや、そうじゃなくて、僕は、あっ!! わ、『私』は、ちゃんと『女』です!!」

 

「……、えっと、ごめんね? 何かの『ギフト』で容姿を変えているのかと思ってたんだ……! も、もちろん、女性の身体って事には気づいてたぞ?」


「ぼ、わ、『私』のギフトは【精霊武装】!! 風の精霊『シルフ』の『力』を武器や自分の身体に装換しながら戦う、『リュカ・ユグラシア』です!!」


 僕……、いや、『私』は、自分がちゃんと心も身体も『女の子』だとわかって欲しくて声を張り上げた。


 少し固まってしまった彼の顔が少し面白くて、自然と頬が緩む。不思議と身体の震えはもう収まっていた。





次話「【スパイギルド】 ジャングと国王 ①」です。


【作者からの切実なお願い】


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 次話、ざまぁです!!

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