02話 諜報員は華麗に逃げ出す。
自分が「死」を受け入れたその瞬間、これまでの18年の短い人生の一場面が、俺の頭の中に蘇ったのだ。
――なぁ、『ロン』! 冒険者は最高だよな!? 本当に『自由』だッ!! こんな日々がずっと続けばいい!! なぁ、お前もそう思うだろッ?
今から3年前、俺がまだ15歳の時に『冒険者の1人に反逆の予兆あり』と嫌疑をかけられていた、当時Aランクパーティーのリーダーだった『ユアン・ジェイク』を調査していた時の言葉だ。
心の底から幸福に満ちたユアンの笑顔は『俺』に向けられた物でなく、『俺が成り代わっていた』ユアンのパーティーメンバー『ロン』に向けられた物だったが、俺は、この言葉に激しく心を揺さぶられたのを思い出したのだ。
(こんな風に心から笑えるヤツがこの世界にはいるんだ……)
と心から驚嘆した。俺のように『作られた』笑顔ではない『本物の笑顔』がひどく眩しかった。
「あ、あぁ! そうだな!」
俺はユアンの言葉に、少し慌てて言葉を返したが、
「ん? どうしたんだよ、『ロン』! いつもなら『バカじゃねえの』とか言うくせにッ!?」
とユアンは嬉しそうにまた笑顔を浮かべたんだ。
今、思えば、あの時が俺の唯一の失敗だった。
一瞬でも動揺を表に出し、『完璧なロン』を演じきれなかった。すぐに立て直し、ユアンは気づいていなかったが、少しでも違和感を持たせてしまったのは間違いない。
アレが諜報員としての、最初で最後の『失敗』だった。
「何してる? 『決断したら即刻動け』!! こんな初歩的な事まで忘れたのかッ!?」
ジャングの怒号にハッと顔をあげる。
「……はい」
俺は冷静さを取り戻し、『死を受け入れたカイン・アベル』を演じる。ジャングはつかんでいた胸ぐらを「ふんっ」と離すと、ズカズカと椅子まで歩き、ドスンッと腰を下ろし俺を見つめる。
(俺は死にたくない……。俺もユアンみたいに笑うんだ……。ここで死ぬわけにはいかないッ……!)
俺は自分自身に任務を与える。
『生き延びて、自由を手にしろ!!』
ここで完璧に逃げ出しては、これから先、追手に追われ続ける可能性が高い。『ここで一度死ぬ』のがベストな判断だが、それは俺のプライドが許さない。
(『魔力ゼロの無能』でも、【雷神】の『お前』から無傷で逃げる事くらいわけないぞ……?)
俺は決意すると同時に素早く頭を回転させ、最適解を考え始める。
「カイン。見ててやる。早く自害しろ。下手な動きはするなよ? まあ戦ったところでどうなるかは分かりきっているとは思うがな……」
ジャングは俺が自害を選んだと思い込んでいるようで、薄く笑みを浮かべながら、俺を見つめている。
俺自身には『力』がない。俺の魔力は0だ。
『無』から『有』を生み出す事は出来ない。
魔法のように火や水を自分の力で「何か」を生み出す事は出来ない。俺に出来るのは『すでにある物』をギフトの力、つまりは『神の力』で変化させる事だけだ。
でも、それで充分だ。
『有』を『無限』にする術はいくらでも知っている。これまでの「死地」で生き残って来たのだ。俺は頭の中に最適解のギフトを思い浮かべ、小さく呟いた。
「《透過》……」
スゥーー……
一瞬にして俺の姿が消えていく。
「んなッ!!?? カ、カインッ!! 貴様ッ!! な、何しているッ!! どこだッ!! チィッ!! この『無能』がッ!!」
ズギャンッ!! ビリビリッ、ビリビリッ!
ジャングが慌てたように立ち上がると、自らのギフトである【雷神】を発動させ、部屋中に《紫電》を走らせるがもう遅い。
もう誰も、俺を捕まえる事は出来ない。
ジャングは【透過】を知らない。自分の身体を透過させ、『全てをすり抜けさせる』、この『恩恵』の存在を知らない。
これは女風呂を覗いていた子供を偶然見つけたときに、(使えそうなギフトだ!)と、こっそり『契約』しておいた物なのだから、ジャングが知っているはずがない。
俺は俺なりに最強の諜報員になるために日々努力してきた。俺の【百面相】の全貌を理解しているのは俺だけだ。
それもそのはず。『秘匿』は『諜報員』の専売特許。俺は『諜報員は力を隠す物』という教えの元、それを忠実に守ってきた。
俺の【百面相】の全ての力を知っている者は誰1人としていない。拾ってくれたジャングも、一緒に育ったサムも知らない。
「容姿を変化させ、相手のギフトを使用できる」という俺の言葉を信じていたんだろうが、勘違いしないで欲しい。
俺は『容姿を変えない事』で、100人分の『恩恵』を使用できるのだ。
『本気で逃げる』と決めた俺を捕まえる事なんて、まず不可能だ。
『雷神化』できるほど優秀なギフトを持っていようが、【分裂】を繰り返し、膨大な魔力を武器に複数の属性魔法を繰り出せようが、《透過》した俺は捕まえれない。
「世話になったな。……『ジャング』」
「クッ、クソッ!! どこだ!!?? カインッ!! 《紫電砲》!!」
ピキピキッ!! ズギャンッ!!
部屋中を埋めつくす紫電の砲撃に一切、見向きをする事もなく部屋を『すり抜け』る。
「クソッ!! どこだ!!?? 何で姿が消えてるんだっ!! 待て!! カインッ!! ふ、ふざけるな!! 私から逃げられると思ってるのかぁ!!」
部屋の中から怒り狂っているジャングの怒号が聞こえるが、俺はゆっくりと隠れ家を出る。
すると、俺が出ると同時に、
ズギャンッ!!
と巨大な雷が『隠れ家』に落ちた。
ガラガラガラッ……
建物が崩壊する音が王都に響くと、
「なんだぁ? 雷が落ちたのか? 晴れてるのに……?」
「ん? あそこ誰の家だったっけ?」
「うわぁー……中に誰かいるのか?」
などと王都の住人が集まって来ている。
(ふっ。激情に駆られて『目立つ』なんて、諜報員失格じゃないか)
心の中で呟きながらも振り返る事はない。
寂しくはなかった。
これまでの全てを捧げて来た『諜報ギルド』を捨て、道を示してくれたジャングとの決別に、微塵の後悔もなかった。
まるで長い長い悪夢から覚めたような気分だ。
(これからは『冒険者』になって、『自由』に生きるぞッ!!)
俺の『笑顔』は、誰にも見える事はない。でも、もし誰かが見ているのだとしたら、少しは幸せそうに見えるだろうと思った。
次話「【スパイギルド】 サム・ホリエルの心中」です。
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