6.
ベッドの上でマリーとのやり取りを思い出していたセレーナは、いつの間にか眠っていた。
目が覚めると丁度太陽が真上に来る頃だった。
(ねむったおかげか、ちょっとスッキリした気がする。そろそろお昼なのね……)
ベッドから起き上がり伸びをした所で、寝室の扉を控えめにノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
今朝よりも緊張が解けた声で返事をすると、心配そうなマリーが顔を出した。
「姫様、お加減は如何ですか……? 昼食をお持ちしましたが、食べられそうでしょうか」
「だいじょうぶよ。さっきよりも良くなったみたい」
「本当ですね。顔色が良くなられたようです」
マリーが安堵の表情を浮かべる。セレーナの様子に安心した彼女は、寝室の扉を全開にしてから主室に戻り、昼食の準備に取りかかる。
昼食の準備が整う間、セレーナは近くに置いてあるブラシを手に取り軽く髪を梳く。
寝ていたため、少し髪が乱れていた。今朝マリーに髪を梳かしてもらった時に使ったブラシだ。
(部屋で昼食をとるなんてしんせんだわ……)
いつも食事は食堂で食べるのだが、マリーが気を遣って、一日部屋で過ごせるようにしてくれた。
食堂と言っても、セレーナが使用する場所は、客が居る時以外は父と兄とセレーナの3人しか使えない皇族専用の食堂だ。後は、執事や侍女がいるだけ。それでも、人の目があることには変わりがないあの場所はやはり苦手だった。
だから、人の目を気にしなくていい自室で食べられるのが嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。
普段は人目を気にして緊張し過ぎるため、食事の時間が憂鬱で仕方がなかったセレーナは、食事を楽しみに思えるこの時間を幸せに思う。
暫くすると、主室から昼食の良い香りが漂ってきた。少しの酸味と微かに甘みのある香ばしい香りがセレーナの鼻孔をくすぐる。今日のお昼はセレーナの好きなミートスパゲッティらしい。その瞬間、くぅっと小さくて可愛い音が鳴った。
(うっ……。だれもいなくてよかったわ……。お昼ごはんを食べたら今後のことについてゆっくりと考えよう。時間はまだたっぷりあるもの)
朝よりも気持ちにゆとりが出来たセレーナは、足取り軽く主室へと移動した。
決してミートスパゲッティが楽しみだったという訳では無い。断じてない。