62.
パカパカゴトゴトと昼食をとる為、再び馬車に揺られる四人。
ヴァルールとスフィーダが並んで座り、その向かい側にレオとセレーナが座っている。
少し酔いが落ち着いたらしいセレーナに、向かいに座る兄が先程の事を尋ねると、顔を真っ赤にしたまま瞳を潤ませた。今にも涙が溢れそうだ。
「レオ様ったら酷いんです……! あっちに行っていてくださいってお願いしても全然離れてくれなかったんですよ! 私……私……っ、殿方にあんなところを見られたなんてぇぇ! もうお嫁に行けません~~!」
叫ぶようにそう言うと涙をポロポロと溢しながら両手で顔を覆う。
その言葉を聞いたスフィーダが神妙な顔をして頷く。
泣かせた本人は、しゅんとまるで叱られた子犬のように両手を揃えて膝に乗せているその腕をこれでもかというくらいぴんと張って、頭を垂れさせている。
因みに、セレーナがレオのことを卿ではなく様付けで呼んでいることについては誰もつっこまない。
本人は外では卿と呼ばなければならないという判断が出来ないくらいに余裕がなく、レオはこの場で自分が仕える主に己の呼び方の注意など出来るわけも無く、後の二人はこの中の会話が外に漏れ聞こえていることは無いので気にすることもないとスルーしているのである。
そもそも、ヴァルールもスフィーダもセレーナが彼のことを様付けで呼んでいることなど知っているからであるが、その事実を知らないレオだけが背中に嫌な汗もかいていた。
「そうか……。レオ卿はそんなセレーナの様子を見て楽しんでいたんだね? とんだいじめっ子だったという訳か……」
「レオ様は……いじめっ子だったのですか……?」
スフィーダの顔は完全にからかっているそれだったが、対してセレーナはというと兄の言葉を真に受けて、愕然とした表情でレオを見た。
酷い誤解をされては堪らないとぶんぶんぶんと首がもげそうな程高速かつ激しく首を振り、大慌てでレオが弁明する。
「調子の悪い皇女殿下に言うのは憚られるのですが……」
「やはり、いじめっ子…………?」
「違いますっ!」
ごくりと唾を飲み込んだセレーナが片手で口元を隠しながら発した言葉をレオは勢い込んで否定する。
「その、皇女殿下が弱っておられる時だからこそお側に居させていただきたかったのもありますが、お世話までさせていただけて嬉しかったのです……」
「させて……? 私は遠慮しましたよね……? 離れてくださらなかったのも全てレオ様が強行されたのでは……?」
「ん゛ん゛っ」
少し頬を赤らめ話す彼にセレーナはまたも信じられないものを見たような表情で問うた。
すると、ばつが悪くなったらしく喉の調子を整えるような声を出して誤魔化したのだった。
じとりとした目で見るセレーナに、しどろもどろになりながらも必死に弁明するレオ。
そんな二人のやり取りを見ていたヴァルールは突然大きな声で笑い始め、車内に居た三人共がびくりと肩を揺らして動きを止めた。
心底可笑しそうに、そして楽しそうに笑う父にスフィーダはおっかなびっくり声を掛ける。
「ち、父上? どうされましたか……?」
「ああ、いや。先程、子が成長するのは早いと言っただろう?」
未だ笑い続けながら話す父に、こくこくと頷いて答えるスフィーダ。
「あっという間に成長して大人になっていくのかと考えたら少し寂しさを覚えてね。けれど、二人のやり取りを見ていたらまだまだ子どもだったと、安心したと同時に嬉しくなってしまったんだよ」
「安心?」
「そうだ。お前達は早く大人になりたいと思うかもしれないが、私からすればゆっくりで良いんだよ。むしろゆっくり大人になって欲しいとさえ思う。スフィーダもセレーナもレオ卿も。いずれ人は嫌でも大人になるものだ。子どもで居られる時間はとても短い。だからこそ、子どもで居られる時間を大切にしなさい。そして、父にもっとお前達を可愛がらせておくれ」
「お父様……」
「いいね?」
「はい!」
優しく語りかける父に、スフィーダもセレーナも元気よく返事をした。
だけれど、レオ一人が返事をして良いものか迷っているようで口を開けずにいる。
それに気付いたヴァルールは、レオにも優しく言い聞かせる様に語りかける。
「レオ卿、キミは私の本当の息子ではない。けれど、行きにも話したが、セレーナを外の世界に連れてきてくれたキミにはとても感謝しているし、そんなキミのことを私は息子のようにも思っているんだ」
「そんな……、皇女殿……セレーナ様が外の世界に出られたのはセレーナ様自身が頑張られた結果です。私は何もしていません」
「そんな事は無い。キミと出会ってからセレーナはどんどん変わり始めている。今日こんな風に皆で視察が出来るなど思ってもいなかった。それにセレーナが笑ったり泣いたり怒ったり、こんなにも表情がころころと変わるのを初めて見たのだ」
ヴァルールの言葉に、セレーナはぼっと顔が赤くなる。
照れたのでは無い。淑女として何でも表情を出してしまった事に羞恥を覚えたのだ。
両手で頬を押さえて、恥ずかしさを堪えた。
(うぅ、淑女教育の授業頑張らなくちゃ……!)
心の中でそんな誓いを立てていることなど知る訳もなく、ヴァルールとレオは話を続ける。
「セレーナだけじゃない。スフィーダの屈託のない笑顔も慌てる姿も私は初めて見た。私たち三人を本物の家族にしてくれたのはレオ卿、キミだよ。レオ卿が居なければ私たち家族はきっと今でもただ血の繋がった他人同然として暮らしていただろう。私たちの元に……セレーナの元に来てくれてありがとう」
「そんな、感謝されるようなことは何もしていません。セレーナ様の護衛騎士だって、そもそも私が望んだことですし、本当に私の力ではないんです。ですから、その様に仰られても私にはそのお気持ちに応える術はありません。申し訳ありません……」
「ふぅむ。キミは自分に自信が持てていないようだ。いつかキミに自信が持てた時にこの話を思い出してもらえることを願っているよ」
「はい……」
「まあ、とにかくだ。私はレオ卿のことも息子の様に思っているという話だよ」
「ですからそれは……」
言葉を遮り、ヴァルールが言葉を挟む。
「そう思うことは迷惑だろうか? もしそうなら言ってくれて構わない。無理強いしたい訳では無いのだから」
「そ、れは……」
たっぷり十秒は熟考してからゆっくりと口を開いた。
「ありがたい、です。嬉しいです……。私は家族……両親と仲が良くありませんので、父の優しさや温かみといったものに触れたことがありません。ですから、皇帝陛下が私のことを息子の様に思ってくれているとお言葉をかけてくださった時、父に感じる気持ちというのはこういうものなのかなと……確信は持てませんが、感じることが出来ました」
「そうか」
「ですが、やはり私のような者のことを息子の様に思ってくださるのは外聞が……」
「大丈夫だよ、レオ卿」
言いにくそうにレオが口を開くが、それを安心させるようにスフィーダが笑いかける。
どういう意味だろうと、口を閉じて続きを待つ。
セレーナもきょとんと兄を見やると、スフィーダはふふんと何故か得意げに言った。
「父上は、この国の子ども達は皆等しく私の子どものようなものだからなって仰ってたから。だから、レオ卿も父上の子どもでいいんだよ」
「あ、ありがとうございます……」
スフィーダの言葉にそれならばとレオがはにかんだ表情で答えると、二人共嬉しそうに笑った。
しかし、セレーナだけはその意味に気付いておらず真剣な表情で問いかける。
「この国中の子ども達がお父様の子どもということは、もしかして、お母様以外にも沢山のお母様がいるのですか……!? この国の子ども達も皆私の兄妹ということですか!?」
雷に打たれたような衝撃を受けたセレーナが、わなわなと震えながら父を見る。
それに呆れたような溜め息を吐いた後、笑ったスフィーダが優しく訂正した。
そして、休憩をとる街までの残り時間はセレーナの勘違いを解く時間となったのだった。
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