61.
イデアル帝国中央病院をからペラルゴス孤児院に向かう馬車の中、セレーナは持って来ていたらしい紙にペンを一所懸命走らせていた。
「何か気になることでもあったのかい?」
「はい。沢山ありましたので、忘れない内にメモをとっているのです! マリーから、忘れたくないことはメモを取ると良いと教えてもらったので!」
一瞬紙から顔を上げて、父であるヴァルールの言葉に興奮気味に返事をするとまたメモに視線を走らせる。
馬車のガタゴトという音でペンを走らせる音は聞こえないけれど、忙しなく動くペン先にセレーナがひたすら何かを書き込んでいることだけはわかった。
先程、スタッフルームでセレーナの肩を叩いたのは兄のスフィーダだった。
そろそろ次の視察先に向かおうかとセレーナを呼びに来たのだ。
それに頷き、案内をしてくれたスクード医師を始めとしたスタッフの皆に挨拶をして馬車が走り出した後からこの調子で、ヴァルールはそんな娘の姿を優しい眼差しで見守っている。
スフィーダはセレーナが馬車酔いをしないか心配なようで、声をかけて止めるべきか妹のやる気を削がない為にもこのままそっとしておく方が良いのか決めかねているようでオロオロとしていた。
けれど、一応声だけはかけておこうと思ったようだ。
「まだ時間もあるし、途中で昼食をするからね。慌てなくても大丈夫だよ」
「はいっ。だけど、忘れない内に書き留めておかなければならないんですっ。次に伺うまでに少しでも出来ることをしたいのです」
「そうか。やはり今日セレーナを連れて行って正解だったな」
兄が優しく声をかけると、やる気に満ちた瞳で話すセレーナ。
それに穏やかな眼差しを向ける父。
スフィーダがそっとメモを覗き込むとそこには拙い字でびっしりと書き込まれていた。
『かいぜんてん
えんとらんすほーる…じゅうしょをかくかみのさいこう
いすせっち
しょちしつ…かぐのさいこう
たいきしつ…ようとごとのしきりまたはへやをわける』
等、先程スクード医師に案内してもらった時の事を思い出しながら一所懸命に文字を書き連ねていく。
その周りには図みたいのものが描かれていたり、どうしたいのか、何が目的なのかなどが書かれており、スフィーダは目を丸くした。
「ち、父上」
「どうした?」
「セレーナが……」
わなわなと震えているスフィーダをヴァルールが訝しげに見つめる。
すると、バッとヴァルールを振り返り鼻息荒く捲し立てた。
「父上! セレーナはやっぱり天才ですっ! 先程の視察で何が足りないのか、何故必要なのかなどをメモしているんです!」
「何……?」
「僕なんてカーテンの設置など、気にも留めたことがありませんでした! 女の子の視点だからなのか、セレーナだから気付けたのかはわかりませんが、今まで誰も気にしたことなどなかったものに気付いて、更にはその必要性も書いているなんて。初めて視察に来て、誰に何を教わったわけでもないはずなのに、自分で考え、考えを纏めることが出来るなんて凄いですよね!」
ヴァルールも娘のメモを覗き込んで、驚いた様に目を見開いた。
初めての視察で院内を案内されただけでこれなのかと、驚きを隠せないようだ。
それと同時に、父が力を入れている政策にこんなに心を砕いてくれる娘を誇らしそうに見つめる。
「スフィーダもセレーナも……本当に私は良い息子と娘をもったものだ。時々お前達が子どもに見えなくて困る。レオ卿もその年にしては随分と大人びて見えるし、子どもの成長というのは早いな」
「父上……」
ヴァルールが少し寂しそうに言うものだから、スフィーダは何と返せばいいのか分からず後の言葉が続かない様だ。
紙から顔を上げて父を見ていたセレーナの瞳が潤んでいる事に気付いたヴァルールが、娘の名を呼ぶより早くセレーナが父の名を呼んだ。
「お父様……」
手で口元を押さえ、よく見ると顔も青白くなっているではないか。
その場にいる全員がもしやと思ったと同時、セレーナが今にも消えそうな弱々しい声で告げる。
「気持ち悪いです……うっ」
その瞬間、それまでのしんみりとした空気が一瞬で霧散した。
ヴァルールは慌てて御者に草むらのある場所に馬車を止めるように指示を出し、レオはセレーナの背を優しく撫でた。
幸い、走っていた場所の近くに林があった為、馬車は指示を出してから一分程で停車した。
普段ならば、護衛達が全員馬車の周りを囲んでから降りるのだが今はそんな事をしている余裕は無い。
停車してすぐ、スフィーダが馬車の扉を開けレオがセレーナを抱き上げて林の中へと走る。
周りの護衛達は何があったのかと目を白黒とさせているが、当たり前である。
レオがセレーナを介抱している間にヴァルールが騎士らに説明をする。
状況は理解したもののやはり皇族が無防備な状態で外に出る危険性について師団長に苦言を呈されたものの、それを聞き終えた後ヴァルールは何故か嬉しそうに笑ってセレーナ達が戻って来るのを待っている。
スフィーダも何故父が笑んでいるのか分からないものの、ヴァルールに倣い大人しく待つことにした。
暫くするとセレーナを抱きかかえたレオが戻って来たが、セレーナは顔を真っ赤にして両手で顔を隠しているし、その様子を見つめる彼は嬉しそうだった。
壊れ物を扱うような慎重さでセレーナを馬車の座席へとゆっくりと下ろすと、ヴァルールが騎士達へ声をかけた。
「すまなかったな。では、街へと行こうか。出してくれ」
最後の一言は御者へと向けたものであり、それを聞いた御者はゆっくりと馬車を走らせ始める。
いつもお読みいただきありがとうございます!
一ヶ月以上更新が開いてしまいました…!
この一ヶ月、自分でもビックリするくらいトラブルや不運などついていない事ばかりでして……。
読んでくれた方が、少しでも楽しいと思ってくださったのならそれだけでも私の一ヶ月の不運が相殺されます(;▽;)
遅筆ではありますが、これからもこの作品をよろしくお願いいたします!
馬車内の会話って何故か弾んじゃって長くなっちゃいますね(^^ゞ
と言うわけで?、次回も馬車回続きます!
次回はわりと明るめだと思います!笑




