59.
続いて、スクード医師に連れられてやってきたのは処置室だった。
ドアノブを回して中に入ると、そこは物置小屋かという程の小さい部屋だった。
部屋を見回すと、左の壁の中心辺りに木の机が置いてあり、そのすぐ前に医師が座る椅子があって、そこに並ぶ形で患者が座る椅子が置いてある。そして、その少し横には簡素なベッドが置いてある。
簡素なベッドと言っても大人の男が寝転んでギリギリくらいのサイズ感か。少し大柄な男性ならば寝転ぶことは難しそうだ。そのサイズ感だというのに、この部屋の大きさからすると、部屋の面積を結構な割合で占めている。
その為か、医師が書き物をする机はセレーナの部屋にある机よりもずっと小さい。
書類なんかを積んだ日にはすぐになだれ落ちるだろう。
皇帝陛下である父が力を注いでいるだけあって、外観やエントランスはそれなりに綺麗な病院ではあるが、処置室というには狭すぎると感じる部屋に、使用している家具なんかももう少しなんとかならないのだろうかと考えを巡らす。
処置室という割には、とても質素だった。
「処置をするには狭すぎませんか?」
「処置と言っても、大体は診察をするだけですから。手当でもあのスペースで済みますよ。では、次のお部屋に案内しましょう」
そうして次に案内された場所は、処置室から出た人が待機する場所。
そこは他にも、治療後お会計するまでの間の待機場所でもあるようだ。
とはいえ、治療にはそれなりにお金がかかる、とセレーナは道中の馬車の中で父と兄に教わった。
普通に考えれば平民がほいほいと治療を受けに来られる場所では無い。
しかし、イデアル帝国中央病院はこの国の皇帝陛下の管理下にある病院なのだ。
運営は基本的に国がやっている為、平民でも少ない金額で治療を受けることが出来るらしい。
平民は無料で受けられることも検討したそうだが、そうなると誰でも来られてしまい治安悪化にも繋がるのでは無いかという意見や、対価を払えない事に対して気後れする患者が出て、継続的な治療が必要な人が治療に来ないようになるのでは無いかなどの意見が出た結果、少額で治療を受けられるようにしたらしかった。
つまり、この病院にかかる殆どのお金は国庫から出ていることになる。
ならば簡素な机もベッドも理解出来る。
余計なお金をかけられないのだ。
とはいえ、このままで良いとも思えないセレーナは、次は二階の入院患者のいる部屋へと案内されながら考える。
するとすぐ後ろから声を潜めたレオに話し掛けられ、意識をそちらに向けた。
「どうかされましたか?」
「え?」
「随分考え込んでおられた様なので」
「うん……ちょっと」
「?」
「えっとね……帰ってから、お話聞いてくれますか?」
遠慮がちに尋ねたセレーナに、勿論です、と優しい眼差しで返事をするレオ。
その様子を前からちらと見ていたのか、スクード医師に声をかけられる。
「お二人は仲がよろしいのですね」
「えっ!?」
突然の問いかけに吃驚して思わず声を上げてしまったセレーナは慌てて両手で口を押さえた。
歩みを止めないままに、ほっほっと笑う医師にセレーナの頬はほんのり赤くなる。
レオは何も言わず静かについてくるだけだった。
「皇女殿下とその護衛騎士の方にこのような言い方は失礼でしたね。申し訳ありません」
「いえ……」
「別に何か裏があるとか、揶揄ったわけではないのです。ただ、本当に仲がよろしいんだなと思ったら、つい口をついて出てしまっただけなのですよ。不快に思われたなら申し訳無く思います」
「そんな、不快だなんて思っておりませんわ。お気になさらないでください」
「ありがとうございます」
そうして、ゆっくりと二階への階段を上りながら、スクード医師は穏やかな声のまま言う。
「いやぁ、私はもう六十五になるんですがね、殿下方を見ていると失礼ながら孫を見ているような気持ちになってしまい、微笑ましくて」
ほほっと笑っているが何故だか少し寂しそうだった。
「私にも一応孫は居るんですが、会ったことすらないんですけどね」
「それはどうして……?」
それから少しだけスクード医師のことを教えてもらった。
自分には息子が一人いること。けれど、昔から医者の仕事が忙しく息子にあまり構えなかったこと。
子どもが成長するにつれ、どう接して良いかわからなかくなってしまったこと。
奥さんが生きていた頃はまだ、会話は無くとも家で顔を合わせることくらいはあったが、亡くなってからは家にも寄りつかなくなり、いつの間にか結婚していたのだということ。
そして、最後に来た便りは手紙で子どもが出来たらしいこと。
それも、一応の報告というだけのなんの感情も乗っていないだろう文面だったと。
「私が仕事にばかりかまけていて、息子に目を向けなかったのがいけないんですけどね。気付いた時にはもう関係の修復は不可能でした」
「息子さんは今……?」
「どこで何してるんでしょうかねぇ」
「お手紙の消印とか……」
「うーん、あったんですかねぇ。見た記憶が……」
「では、もしかしたらご自身で届けられたかもしれませんよ」
セレーナの言葉に今までずっと柔和な笑みを浮かべていたスクード医師が驚いた表情になる。
「そう……でしょうか」
「ええ、その可能性はあると思います。もしかすると、意外と近くに住んでらっしゃるかもしれませんよ?」
「ほほっ、それは……ないでしょうなぁ」
「そうですか?」
「ええ……。すみません、つまらない話を。年寄りの戯れ言だったと聞き流してください。さて、こちらが入院患者のいる部屋になります。中に患者が居るので見ていただくのは外からになってしまいますが」
「大丈夫ですわ」
医師は先程の話など無かったかの様に切り替えて、案内の続きをしてくれる。
セレーナは追求することなく案内された部屋を、扉についたガラス窓から見る。
入院しているという部屋は、先程の治療室に置いてあったのと同じような簡素なベッドに布団がついているだけで他は何も無いようだった。
「窓にカーテンはついていないのですか?」
「はい。治療に必要な最低限のものしかありません」
「そうですか……」
「この階は入院患者の部屋のみとなりますので、後は今見ていただいたお部屋と同じになります」
「え」
「どこか気になる場所がお有りでしたか?」
不思議そうに尋ねる医師にセレーナはおずおずと口を開く。
「あの……こんなに広いのに、見るところはこれだけなんですか?」
皇族とはいえ、子どもに見せられない部屋があるのかとも思ったがどうやら本当にないようだった。
手術室というものもあるようではあったが、そこは処置室より広い部屋程度でそれほど差はないらしい。
「そうですねぇ……。ああ、中庭をご覧になられますか?」
「ええ」
とりあえず、見られるところは全て見ておこうと頷くセレーナ。
ここに来てからというもの、ずっとセレーナの独断で決めてしまっているけれどレオは疲れていないだろうかと少し後ろにいる彼をちらりと見やると、優しい眼差しでこくっと頷かれた。
セレーナはレオの主なのだし、独断で決めても何ら問題はない。何なら正解ですらあるのだけれど。
「お二人は本当に良い絆を結ばれている様で見ているこちらも嬉しくなりますね」
「!?」
スクード医師は後ろに目でもついているのだろうか。
今セレーナもレオも一言も言葉を発していない。
それなのに何故わかるのか。
ずっと前を向いて歩いているはずなのに、何故見えているのかわからずセレーナは混乱した。
「あの……大変失礼なことを伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんなりと」
「スクード医師は後ろに目が付いていらっしゃるのですか……?」
恐る恐るといった様子で尋ねたセレーナに、医師は堪らずといった感じで吹き出した。
「し、失礼……っ」
コホンと咳払いをして誤魔化しているが肩が震えている。
斜め後ろのレオも顔を背けているので表情はわからないが、彼の肩も目の前の医師と同じ様に小刻みに揺れていた。
セレーナはかぁぁっと顔を赤くして俯く。
(変なことを聞いてしまったわ……っ。そんなことあるはずないじゃないっ! もうーー! 私のバカバカッ)
穴があったら今すぐ入りたいどころか、いっそ埋まってしまいたい。
羞恥心に耐えるセレーナであったが、彼女の前後にいる二人は俯いてふるふると震えているセレーナの姿に泣かせてしまったかと慌てだした。
「も、申し訳ございませんっ。大変お可愛らしいと思っただけなのです」
「笑ってしまい申し訳ありません。どんな罰でも受ける所存です。だからどうか泣かないでください……っ。この身をどうぞお好きなように罰してくださいませ」
笑ったかと思えばあわあわと慌てる二人に可笑しくなってセレーナは笑ってしまう。
突然の笑い声に、医師もレオもピタリと動きを止めてぽかんとしている。
「あ、ごめんなさい。泣いてたわけではなくて恥ずかしくなってしまっただけなの。なのにお二人とも同じ様に慌て出すから可笑しくなってしまって……ふふっ」
「そうでしたか……ははっ」
「泣かれた訳ではなかったのですね……良かったです……」
セレーナと医師がくすくすと笑っている後ろでレオは安堵に胸を撫で下ろしていた。
「ところで……レオ卿?」
「っ!?」
笑いが落ち着いたところで、セレーナはにっこりと笑顔を貼り付けたままレオの名を呼んだ。
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今日から8月ですねっ!
暑さに負けずに乗り切りましょうね*^^*
次回更新は、8月中旬頃を予定しております!
次回もお付き合いいただけますと幸いです♪




