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5.

今回は、パパ視点です。

 セレーナ・ウィンクルム・インペーリオが暮らすこの国、イデアル帝国はセレーナの父で現皇帝陛下のヴァルール・ウィンクルム・インペーリオが治めている。

 セレーナの母ルネッタは、産後の肥立ちが悪くセレーナが一歳になる前に亡くなってしまった。

 皇后亡き後も、皇帝は他の妃を娶る事無く生涯ルネッタ一人を愛し抜くと明言している。

 つまりは皇后の仕事も皇帝がこなしているという訳で。

 イデアル帝国は、ここ五十年程、争いの無い平和な国だ。

 緑豊かで煉瓦造りの町並みは美しく景観も良いと、観光業や農業、商業も盛んである。

 その為、他国の人間の出入りも激しく、街へ下りれば酔っ払いによるものや国や文化の違いなどから小さないざこざはあるけれど、戦争の様な大きな争いはなく、国民も今の政治に大きな不満もない為、街は活気づいている。

 それにはヴァルールの力も大きい。

 ヴァルールは、自身の目で国民の暮らしを見て、貴族だけでなく平民も出来るだけ不自由ない暮らしをさせたいと、国民の生活向上に意欲的で時間を作ってはあちこち視察にも行っている。それが余計、彼を忙しくさせている。

 そして兄のスフィーダは、セレーナの二つ上の九歳だが、皇族ともなれば幼い頃から帝王学などの教育で毎日朝から夕方まで何かしらの授業が詰め込まれており、本人も早く父を支えられる人間になりたいとその日の授業が終わると、夕食後も部屋で予習や復習をしたり読書をしたりと夜遅くまで勉学に勤しんでいる。

 そうなると、物心つく前から母親も居らず父や兄も多忙の身故、セレーナに構う者が居なかった。

 唯一、朝食や夕食の時に顔を合わせるが、政務や課題が立て込んでいる日にはそれすらも無い。

 そんな二人を見てきたセレーナは、今よりもっと幼い頃から物分かりが良すぎた。

 その為、甘えたい盛りであるはずの幼少期から今まで誰にも甘えられず我儘を言う事も無く育ち、周りが気付いた頃には人見知りの内気な皇女になってしまっていた。

 食事の席で家族と顔を合わせる事があるとは言え、スフィーダは主に勉強の進捗、ヴァルールは伝達事項くらいしか話さず、セレーナはそもそも口数が少ない。

 話しかけられれば答えるけれど、自ら話しかける事はない。

 そんなセレーナにヴァルールもどう対応すればいいのかわからず、家族の溝はどんどんと深くなってしまった。

 構ってやれなかった自分が悪いとはいえ、ヴァルールにはお手上げだった。

 だから、セレーナが五歳の誕生日に自分から願い事を言ってきた時は嬉しかった。何でも叶えてやりたいと思った。

 しかし、侍女を一人にして欲しいという願いを聞き入れるという事は、セレーナをより孤独に……寂しい思いをさせてしまうのではと悩みに悩んだが、結局自ら発した初めての願いを叶えてやりたいとセレーナの願いを聞き入れた。

 それが良かったのか悪かったのかは、二年経った今でもわからない。あれからセレーナが明るくなったわけでも口数が増えたわけでも、ましてや親子の距離が縮まったわけでもない。

 表には出していないが、ヴァルールはずっとセレーナの事を気に掛けている。仕事のせいと言ってしまえばそれまでだが、もっと他にやりようがあったのではないかと、休憩中や視察の道中など暇さえあればそんな事を考えている。

 結局これといった良い距離の縮め方が思いつかず、誕生日には贈り物をする事と、セレーナ付きの侍女マリーに定期的にセレーナの様子を報告するよう頼むことくらいしか思い付かなかったのだが。

 誕生日当日はパーティーがあるので忙しく、プレゼントを渡す時間が取れない。せめて誕生日プレゼントは自分の手で渡したいと思っていたのだが、今年はセレーナの体調が優れず部屋で療養するとの報告を受け、今年はプレゼントも侍女のマリーに託した。

 このまま成長すれば、いずれ公務をしなければならなくなった時に、果たしてきちんと務めを果たせるのか不安だった。


(もし……もしもこのままだったら……)


 ヴァルールは執務室の机の上で両手を組み、そこに額を押しつけ長嘆する。

 一国の皇女が公務を遂行出来ないなど沽券に関わる事でもあるのだが、ヴァルールは父親として純粋に娘の将来を案じている。

 今でさえ、一部の貴族から懸念の声が挙がっている。

 まだ幼いとはいえ、このまま行けば間違いなく、貴族からだけでなく国民全体から非難されるだろう事は火を見るよりも明らかだ。それだけに留まらず、諸外国からも難詰されることだろう。

 そうなればセレーナは、この国どころか他国でも居場所を失ってしまう。

 いつまでも自分が守ってやれるわけでは無い。不慮の事故や病気では無い限り、自分の方が先に逝く事になる。

 スフィーダも居るが、今も既に兄妹として距離がある。今はスフィーダもセレーナの事を気に掛けてはいるが、ずっとそうだとも限らない。そうなれば、セレーナは一人で生きていかなければいけなくなってしまう。

 そうなる前になんとかしなければと思うものの、セレーナの性格を考慮し皇女教育も今まで先延ばしにしてきた。

 今更なんと言って勉強させれば良いのか、またそれによって更に心を閉ざしてしまうのではないかと思うと強くも言えない。

 しかしそこではたと気付く。もう既に心は閉ざしてしまっている。もしかしたら今度は嫌われてしまうのかもしれないなとヴァルールは考える。


(何か……、誰でもいい。何でもいい。セレーナの心を解かしてくれるものが現れればいいのだが……)


 ヴァルールはそんな他力本願な自分に嘆息した。

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