54.
「それで、今度陛下とお兄様の視察に同行させてもらえることになったのです」
「そうですか。それは良かったですね」
レオと仲直りした翌週のある日の午後、兄の部屋でヴァイオリンのレッスンが終わった後、セレーナと兄のスフィーダ、そして二人の先生になったグレイ先生の三人でお茶をしている。
スフィーダとセレーナが隣り合って座っており、その向かい側にグレイ先生が座っている。
レオと仲直りした翌日、兄の口添えでセレーナも一緒にヴァイオリンを習うことが決まった。
父ヴァルールは、では別の教師をつけようと言ったが、兄がセレーナもグレイ先生と相性が良いようだし、二人共同じ時間に習っても問題ないのでは?との発言に、それもそうかと納得し了承したのだった。
セレーナが話している斜め後ろにレオが立っており、グレイ先生は彼をチラリと見て口を開く。
「無事叙任式も終えられたのですよね?」
「はい」
「そうですか。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
朗らかに笑って尋ねるグレイ先生に、レオは簡潔に返事だけをするともう話は終わりだと言わんばかりにすぐにセレーナに意識を戻したようだった。
グレイ先生はセレーナに視線を戻すとにっこりと笑って、制服大変お似合いですねと口にした
「そうなんです! レオ卿は本当に何を着ても素敵なのですが、制服は制服で本当に素敵でレオ卿の綺麗な髪にとても合っていて……」
「こ、皇女様っ」
セレーナがレオの制服姿を見てうっとりと感想を述べ始めると、レオが慌てて制止にかかる。
顔を真っ赤にしてあわあわとしている様子にグレイ先生と兄は楽しそうに笑う。
先程まで無表情を貫いていたのに、セレーナには一瞬でそれを崩されてしまうようだ。
事実、皇族の護衛だけが着用を許された白がベースに金糸で刺繍を施された制服は、レオの漆黒の髪にとても映えていた。
本来そこに騎士のマントも付いているのだが、この国では公式行事などでない限りは着脱自由なのだ。
レオは、マントがあると動きにくいということで着用していない。
因みに騎士団長のグラディウスや騎士団員のアックスも外している。
セレーナが制服に気を取られている間に、グレイ先生と兄は話題を視察に戻していたらしい。
「視察は何処に行かれるのですか?」
「イデアル帝国中央病院とペラルゴス孤児院を視察予定です」
「そうですか」
「私、視察って初めてなので今からドキドキしています……!」
セレーナにとっては、視察というか公務自体が初めてと言っても過言では無い。
先日のレオの叙任式が初めての公的行事の初参加だったのだ。
今まではずっと欠席して来た。
セレーナの世界は狭い部屋と本の中だけだった。
悪夢を見て、レオに出会って、セレーナの世界は変わりつつある。
一人の時と違って人と関わるというのはこんなにも難しいのだと知った。
傷つけてしまったり悲しい顔をさせてしまったり、自分の感情なのにコントロールすることも上手く出来ない。
まだまだ出来ないことだらけで自分のことを嫌いになりそうな時なんて毎日のこと。
それでもまたあの世界に戻ろうとは思わない。
予知夢のせいだけじゃない。セレーナの中には確かにそれだけじゃない気持ちが芽生え始めている。
「きっと街には学びが沢山あると思います。良い時間となることを願っております」
「はいっ」
グレイ先生の言葉にセレーナは元気に返事をした。
終始和やかな雰囲気で終わったヴァイオリンのレッスン。
最後にグレイ先生を玄関ホールまでお見送りをしてから自室に戻った。
スフィーダもこの後まだやることがあるとのことで、グレイ先生同様玄関ホールで別れた。
「優しそうな先生でしたね」
「そうなの! グレイ先生ってとっても優しくて素敵な先生なの!」
って、まだお会いするのは二回目なのだけどねとはにかんで笑うセレーナはレオがどんな表情をしていたのか見ていなかった。
「レオ卿」
「はい?」
その表情をばっちりと見ていたマリーがレオに声を掛けると、レオはキョトンとした顔をした。
「無自覚ですか……」
はあと溜め息を吐いてそれ以上何かを言うことはなかった。
マリーがもうレオのことを気に掛けていないと解釈したらしい彼もまた何かを聞くこともなくセレーナに意識を向けた。
「視察、楽しみね」
「姫様、本当に行かれるのですか?」
「大丈夫よ、マリー。お父様も一緒なのよ? 何も起こらないわよ」
「絶対ではないではありませんか」
「だけど、そんなことを言っていてはいつまでも何も出来ないし、どこにも行けないわ」
「それはそうですが……」
「近くにはお父様もお兄様も居るし、レオ様も居てくれるのよ?」
「皇女様には指一本触れさせません」
マリーとセレーナが長い廊下の途中で立ち止まり、問答をしているとレオもセレーナの言葉を受けて力強く答える。
まだ心配そうに揺れる瞳をしたマリーは、きゅっと拳を握りしめると半ば睨むようにしてレオに向き直った。
「姫様に何かあったら許しませんから」
「はい」
「マリー、そんなこと言ってレオ様にプレッシャーを与えないで。ごめんなさい、あまり重く考えないでくださいね。皇室騎士団も行きますし……」
「いえ、私は視察の間一秒たりとも皇女様のお側を離れませんし目を離すことも致しません。ですので、皇女様はどうぞお好きなようにお過ごしください。この役目は誰であろうと譲りませんので」
レオの真剣な眼差しに、セレーナの頬はじんわりと熱くなる。
それを悟られないようにくるりとレオに背を向けて自室へと歩き始める。
「私も」
「はい?」
「レオ卿のこと、信頼していますから。私もレオ卿の側を離れません」
「はい」
後ろ姿なのでどんな表情をしているかまでは分からないが、ちらと見えている耳の端が赤くなっていることに気付いたレオは、クスリと笑んで返事をした。
彼の返事を聞いたセレーナはますます赤くなるのが分かった。
(なんて優しい声で返事をするのかしら……っ)
きっとその内慣れるわ。こんなに動揺してしまうのは今だけよ。そう言い聞かせるセレーナであったが結論として、この後何年経っても慣れることはなかったのだが今のセレーナが知るはずもない。
いつもお読みいただきありがとうございます。
中々更新出来ず申し訳ありません。
資格試験の勉強等がありまして、この後もまだ暫くは月1、2回くらいの更新となってしまうやもしれません。
のんびりとお待ち頂けますと幸いです。
そして、もし私の紡ぐ物語を楽しみにしてくださっている方がいらっしゃいましたらこんなに嬉しいことはありません。とても励みになります。
今後とも、心優しき皇女は護衛騎士と幸せへの道を模索するをよろしくお願い致します(o^^o)




