53.
いつもお読みいただきありがとうございます。
大変お待たせ致しました。
まさか前回から1ヶ月近くも空いているとは……びっくりです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです*^^
ここはセレーナとスフィーダ父であるヴァルールの執務室。
陽もとうに沈み、殆どの使用人達も寝静まった頃。
カリカリとペンの走る音だけがする静かな部屋にコンコンと来訪を知らせる音が響く。
その音に顔を上げ、入れとだけ言うともう一度書類に視線を落とし自身のサインをして確認済みの書類の束の上に載せるとペンを置いた。
そのタイミングでダークブラウンの髪を後ろでちょんと小さく縛っている、小柄な青年が姿を現した。
来訪者が近くまで来た事を確認するとヴァルールが口を開く。
「どうだった」
それだけで何の事かを理解したその人は髪と同じダークブラウンの瞳を閉じてはあと溜め息を一つ吐いてから報告した。
「無事仲直りしましたよ」
「そうか。まあ、座れ」
ヴァルールが促すと、報告に来た従者は執務机のすぐ側にあるソファに向かい合って座る。
すると、執事はさっと紅茶と茶菓子を用意すると退室した。
従者は執事が用意してくれた茶菓子が乗った皿から一枚クッキーを摘まむと口にぽいっと放り込み、ヴァルールは温かい紅茶を一口飲んで喉を潤す。
従者の口の中が空になった事を確認してからヴァルールは名前を呼んだ。
「リュイ、詳細を」
「わーかってますってぇ」
リュイと呼ばれた従者は砕けた口調で返すと、どっから話すかなーと宙を見上げて考えている。
そして、今日あった出来事を頭の中で整理しながら話し始めた。
「姫さんと護衛くんが拗れてるってことまでは報告してたじゃないですかー」
「ああ」
そう、昨日リュイからその報告を受けていたヴァルールは今日一日ずっと気を揉んでいた。
ちょこちょこあの二人が衝突していると侍女のマリーから報告を受け知っていた。
衝突というほどのものではないが、見ていると分かるがセレーナもレオも人付き合いが苦手なのだ。
その為、言いたいことが上手く伝わらなかったり言葉が足りない故にすれ違いが起こる。
それをお互い素直に聞ければ良いのだが、変なところで気が引けるのか何なのかそこで退いてしまうので余計に拗れるのだ。
お互いがお互いを特別だと認識しているからこそ、なのかもしれないなと椅子の背もたれに体を預けて考える。
特別だからこそ踏み込み過ぎて嫌われるのが怖いのかもしれない。
とはいえ、彼が護衛騎士になってまだ一週間も経っていない。
その前から城に滞在しているが、それでもこの城に来てまだ半月ほどだ。
たったそれだけの間にこうもぶつかり合ってしまうのはどうしたものかと、とりあえず隠密活動を得意とするリュイに二人の様子を見るように頼んだのだった。
リュイからは、オレをこんな使い方すんのなんて皇帝陛下くらいだぜーとぶぅぶぅ文句を言われたけれど。
そうして、ここ数日の二人の様子をこっそり観察し一日の終わりに報告に来てもらっている。
「朝、姫さんが部屋から出てきた時に護衛くんに今日は休みを取って良いっつって、騎士くんは休みに、姫さんは皇子さまと一緒にヴァイオリンの稽古に行きましたね」
「ほう」
あの部屋に閉じこもっていたセレーナが、スフィーダと一緒にヴァイオリンのレッスンに行ったと聞き、ヴァルールは頬を緩めた。
セレーナはセレーナなりに少しずつ頑張っているんだなと嬉しくなる。
「そんで昼休憩の時に、バルコニーから庭園に居る護衛くんを見かけて泣き出しちゃったんすよねぇ」
「え」
「皇子さまとヴァイオリンの先生が慰めてその場は収まったんすけど」
「……そうか」
「泣いた理由も、自分が身勝手で我儘な振る舞いをしていたかに気付いたって言ってましたねー。このままだと護衛くんに見限られちゃうとも」
人付き合いが苦手だと分かってはいたが、それでもまだ七歳の女の子がここまで考えていたとは。
セレーナのあれは我儘ではなく、上手く甘えられないだけだろう。
とはいえ、親がむやみに口を出して良いものか……とヴァルールは目を瞑って息を吐き出す。
「……だが、仲直りしたんだよな?」
「しましたよー。レッスンが終わった後、護衛くんに会いに行って廊下であたふたしてるお二人は可愛らしかったですよー」
「あたふた?」
気になる言い方をされて聞き返すも、リュイにいやぁ、その辺は大した話はされてなかったんで割愛しますけどーとさらっと流されてしまった。
そしてそのまま続きを報告し始める。
「お二人で庭園行ってぇ、仲直りしましたとさ。めでたしめでたし」
「いや、ちょっと待て。そこを詳しく話さんか」
ここが一番聞きたかったところだというのにまるで中身が分からない。
ふざけてないで真面目に報告しろと軽く睨むと、ちぇー軽い冗談なのにーと言いつつもきちんと話し始める。
「庭園に行って、姫さんが謝って護衛くんも謝って……」
「何と言っていたのだ!?」
「えっと……」
ヴァルールが身を乗り出して尋ねると、リュイは突然立ち上がると声色を変えて二人の真似をして再現を始めた。
「あの……、レオ様が来てからと言うもの私我儘ばかりで、沢山困らせてしまってごめんなさいっ」
「いえ、そんな! 俺こそセレーナ様を傷つけるようなことばかりしてしまって……何度泣かせてしまったのか……これでは護衛騎士失格ですね……」
「っ! そんなことありませんっ! 私……私にはレオ様が居てくださらなけば……っお願いです! 辞めないでくださいっ! 見限らないでください……っ」
「辞め……っ!? 見限る……!?」
「私がダメな主だから、きっとストレスも溜まっていることでしょう。それでしたら制服が出来上がるまでの残りの数日はお休みでも構いません。私の側に使えるのが苦痛ならば週に一度でも構いません。護衛騎士という役職ではありますが、その辺はなんとか出来るようにします。だから……」
「待ってください! 俺は貴女のお側を離れるつもりはありません。大切なのはセレーナ様だけなのです……。例え貴女が悪の道に走ったとしても、俺は付いて行きます。どこまでだって。だから、俺を一生貴女のお側に……」
「そんな……一生だなんて……。そこまでレオ様を縛るつもりは……っ」
「縛ってください。俺のこの命、貴女を守る為に使わせてください」
「そんな、でも……ご令嬢は……?」
「ご令嬢?」
「今日、庭園で白い帽子と手袋をされたご令嬢とご一緒だったのではないのですか……? そちらの花束を受け取ったのだとばかり思っていたのですけど……」
「いえ、あれは庭師の方です。陛下からこの場所のお花を摘んでも良いとご許可を頂けたのでセレーナ様にと思いまして」
「そうだったのですか……。私とんだ勘違いを……っ」
そう言って護衛くんが跪き花束を姫さんに差し出したら、顔を真っ赤にして居たたまれなさそうにしながらも嬉しそうに受け取ってましたよーと言ってソファに座るリュイ。
「『愛しています、セレーナ様』『私もです……レオ様』って……」
「それはお前の妄想だろう」
そこまで静かに聞いていたヴァルールが冷たい目で切り捨てる。
でも、そうか……とほっとしたように笑んだ。
「それにしても、今の声はどこから出てたんだ? 似すぎだろう」
「やった。いやー、仕事上危機に瀕した時は別人の振りしたりするもんで。声色変えるのは結構得意なんすよねー」
そう言ったリュイが最後に、ところでオレ護衛くんにバレてると思うんですけどまだ隠れてた方が良いのー?と爆弾を落として部屋を出ていった。
「え……? あのリュイがバレてるって……?」
一人になった執務室でヴァルールは呆然と呟く。
恐らくリュイはこの国一、二位を争うレベルの隠密だ。
悪行に手を染めている人間は過敏になっているから、気配を察知されることもあるが、この城に来たばかりの少年がリュイに気付くとは。
彼の髪や瞳が変わった色をしていることから、もしかしたら特殊能力でもあるのだろうか。
それとも魔法の類いなのか。
それをもし無意識でやっていたのだなら、とんでもない人間かもしれない。
試験の時も見ていたけれど、十一歳の子どもの動きとは思えない程強かった。
何者なのか。何が目的なのか。
セレーナを慕っているようには見えるけれど、あれほどの力を持っていて何故セレーナの護衛騎士になりたかったのか。
嘘を吐いているようには見えないけれど、様子を見た方がいいだろうとの結論に至った。




