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52.

 授業見学が終わり、グレイ先生を見送ったセレーナは今レオの元に向かっている。

 二人に話を聞いてもらえたおかげか、励ましてもらえたおかげかは解らないけれどセレーナの心は少しだけ軽くなっていた。

 午後のレッスンではセレーナも少しだけバイオリンに触らせてもらったりもした。

 今まで楽器には特に興味が無かったけれど、グレイ先生の教え方が良かったのもあるけれど、何よりあの優しい穏やかな空気が心地良かった。

 普段セレーナの授業は、厳しい先生や怖い先生ばかりなのであんな体験は初めてだった。

 思わずいいなぁと零すと、じゃあ、一緒に習う?と提案したのは兄だ。

 グレイ先生も、セレーナ殿下さえ良ければと快く了承の言葉をもらった。

 そんな先生に兄は、グレイ先生は妹を愛でたいだけでしょう?と揶揄われてあたふたしていたことを思い出して笑みが零れる。

 レオの元へ向かう前、つまりグレイ先生を見送る時のこと。


「もし私にご用がありましたら、いつでもお呼びくださいね。いつでも登城させて頂きますので」

「何かあったらいつでも僕を呼んでね。何もなくてもいいけど」


 右手を胸の前に当てて優しく微笑むグレイ先生と、ぱちりとウインクをして悪戯っこのような笑みを浮かべる兄。

 優しい二人に背中を押されて、セレーナは今レオの部屋へと向かっていた。

 強く、優しくなりたいと思っては、逆のことをして泣いたり怒ったり。

 レオと出会ってからは一進一退を繰り返しているばかりで全然成長出来ていない。

 彼に見合う人になりたいと思うのに、彼を困らせたり悲しませることしかしていない私のことを許してくれるだろうか。

 そう考えたところでふるふると首を振る。


(許してもらいたいって時点で自分のことしか考えていないのだわ。そんなの自己満足でしかないじゃない。許してもらえなくても、傷つけてごめんなさいっていうこの気持ちだけでも伝えるのよ……)


 そんなことを考えながら歩いていると、もうレオの部屋は目と鼻の先だった。

 部屋の扉の前で足を止めると、スーハース-ハーと深呼吸を繰り返す。

 緊張で胸がドキドキと鳴って、手も冷たくなってしまっている。

 左手で心臓の辺りを押さえながら、もう片方の手でコンコンと控えめにノックしてみた。

 暫く待ってみても出てこないので、もう一度今度はさっきより強めにノックをしてみる。

 しかしやはり出てくる様子が無い。

 そこではたと気付く。


「もしや……まだ帰っていない……?」


 そうだ。今日の彼は休日だった。

 そして、庭園に居るのを見かけたでは無いか。

 夕方とはいえ、まだ陽も高く明るい。

 これくらいの時間ならばまだ出掛けていてもおかしくはない。


「先程の令嬢と……まだ一緒なのかしら……」


 ぽつりと呟いた言葉に気分がズンと重くなった。

 はぁと一つ溜め息を吐いて、出直そうと踵を返してレオの部屋の直ぐ横にある自室に戻ろうとしたセレーナの背中に声が掛かる。


「セレーナ様?」


 反射的にバッと振り向くと、そこには会いたかったレオがきょとんとした顔で立っていた。

 今、帰宅したばかりなのだろうか。

 その手には可愛らしく包装された小さな花束が握られていた。

 レモンイエローの紙で包装された可愛いミニブーケ。

 中には淡いピンクの薔薇や他にも如何にも女の子が好きそうな可愛らしい花が数種類。

 それを見た瞬間、セレーナの胸にズキリとした痛みが走る。

 しかし、首を振ってその痛みに見て見ぬ振りをする。


(今はそれに気を取られている時ではないわ)


 首を振って今感じた感情を追い出しているセレーナにレオはどうかされましたか?と心配そうに駆け寄ってくる。

 チラチラと視界に映るレモンイエローが目に痛い。

 光っている訳でも太陽に反射して眩しいなんてことでもない。

 気にしないようにと思っても、まるで光っているかのように目立つその花束。

 セレーナはふいと顔を逸らして、物理的に視界から消した。


「俺に何かご用でしたか?」

「あ……その……っ!」


 ちらとレオを見ると、思っていたよりも至近距離に彼の顔がありすごく近くで目が合った。

 恐らくセレーナのことを心配して顔を覗き込んだだけだろう。

 他意は無いと理解していてもドギマギしてしまう。

 反射的にふいっと顔を逸らしかけたところで、ここで顔を逸らすのも失礼な気がして、恥ずかしい気持ちを堪えて平静を装いながら視線を戻すと見つめ合う形になった。


(な……なにこの時間は……っ)


 顔から火が出そうなのを必死に堪えていると、唐突に見つめ合っているレオの顔がみるみる真っ赤になっていく。

 彼の赤面が最高潮に達した瞬間、慌ててセレーナと距離を取った。


「すっ、すみません!! 俺……あっ、いや、私、あの、決してわざとではなく……あの、ほんとわざとでは無かったんです……っ本当に申し訳ありません!」

「落ち着いてくださいっ。気にしていませんからっ! レオ様に他意が無いことは分かっています」


 一生懸命弁解するレオに、セレーナも赤い顔でコクコクと頷いて同意する。

 何となく気まずい空気を誤魔化すようにセレーナは早口で続けた。


「そうだ! もしお時間がありましたら、廊下でお話を続けるのもどうかと思いますので、お散歩でもしながら話しませんか? レオ様がお嫌でなければ……ですが」


 レオに断られた……と思うと、咄嗟にズルい言い方をしてしまう。

 こんなの断りにくいに決まっている。

 セレーナは慌てて訂正しようと口を開く。


「あ、いえ、違うんですっ! その、今お帰りになられたところのようなのでまた外に連れ出してしまうのが忍びないというか、レオ様もごゆっくりなさりたいかと思ってのことで、決して私とのことを言っているわけでは……」


 早口で捲し立てるように言い訳を並べる。

 言えば言うほどどんどん言い訳がましくなっていくのは分かっていたけれど止められなかった。

 自分でも何を言っているのか、何を言いたいのか分からないまま口走っていると、それを遮るようにレオが口を開いた。


「あのっ! 私がセレーナ様にお誘い頂いて嬉しくないわけがありません! 私にとっては、セレーナ様と過ごす時間以上に嬉しいことなどないのです! ……なので…………えっと……その、落ち着いてください。大丈夫です……」


 途中から勢いを無くしたレオの言葉がどんどんと小さくなっていく。

 最後は真っ赤になった顔を両手で覆って隠している。

 けれど、耳までは隠せておらずセレーナにはバレバレだった。


「ふっ」


 思わず口から声が漏れてしまった。

 頭から湯気が出てしまっているのではと思うくらい真っ赤で恥ずかしそうにしているレオを見て笑うなど、申し訳無いなと思う反面、安心して可笑しくて、そして何より楽しくてつい笑ってしまったのだ。

 くすくすと笑うセレーナに、真っ赤な顔のままレオが右手を差し出す。


「では、行きましょうか」

「はい」


 彼の手にそっと手を乗せると軽く添えるように、軽く握り返される。

 その感触に、何故だか懐かしさを覚えた。


(懐かしい気が……それに、この離れがたく感じる気持ちはなんだろう?)


 兄にもマリーにも誰にも感じないこの不思議な感覚。

 どうしてこんな気持ちになるのか、今のセレーナにはまだ分からなかった。

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