50.
兄の部屋のバルコニーから少し離れたところにレオの姿を捉えた。
そこは庭園になっていて、色とりどりの花が咲いている。
その中でも、今彼が居る辺りは薔薇が植えられている場所だ。
一瞬、何をしているのだろうかと思ったけれど、すぐに思い至る。
そんなこと考えるまでもない。
彼がどこかの令嬢と庭園に居るということは、デートに他ならないだろう。
案内である可能性はゼロに等しい。
何せレオは今日休みなのだ。
その彼がわざわざどこかの令嬢に庭園を案内するだろうか。
優しい彼のことだから無くは無いのかもしれない。
けれど、優しい顔で微笑んでいるなんて恋人でなければ何なのか。
(私以外の前でもあんなに優しく笑うのね……)
普段はそんなこと考えもしなかった。
だから気付かなかった。
自分は驕っていたらしい。
彼にとって特別であると。
きっとその認識は間違ってはいなかった。
レオは自分の人生の選択を、私の騎士にと望んでくれたのだから。
けれど、最近の自分はどうだ。
彼の優しさに甘えて、我儘で自分勝手な態度を取ってばかりではなかったか。
きっともっともっと大人であったなら、もう少し割り切れるのかもしれないが、レオもセレーナもまだ子どもだ。
こんな奴だったのかと思われたら、すぐに離れてしまうのではないだろうか。
(まだ……まだ間に合うかしら……。反省しているだけじゃダメ、このままじゃ出て行ってしまうかもしれない……っ)
その考えに至った瞬間、唐突にとてつもない恐怖に襲われた。
いつの間にか食事の手が止まっており、ナイフとフォークを握っている手がカタカタと小刻みに震える。
セレーナの様子にいち早く気付いた兄が慌ててセレーナに声を掛けた。
「セレーナ!? どうしたの!?」
「いえ……なんでも……」
「お顔が真っ青ですっ。今日はもうお部屋でお休みになられた方が……」
「お願い……します……っ。ここに、居させてください……。邪魔はしませんから……!」
グレイ先生が気遣わしげに声を掛けるも、セレーナは縋るように二人を見つめる。
グレイ先生は席を立つと、セレーナの元へやってきて優しく背を擦ってくれる。
「どうしましたか……? 大丈夫ですよ。私もスフィーダ殿下も追い出したりなんて致しません」
「すみません……、もう大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
ふぅーっと息を吐ききってから、二人に謝る。
これ以上心配を掛けないように、頬が引き攣らないよう気をつけながら微笑む。
兄とグレイ先生は目を合わせて困惑しているようだった。
「セレーナ、何があったの?」
「そうです。突然怯え出されて……。何があったのですか?」
「それは……」
セレーナが言い淀んでいると、兄がセレーナの頬を両手で挟んだ。
「!? おふぃいふぁま??」
「兄様にも言えないこと?」
兄の瞳が悲しげに揺れている。
ちらりとグレイ先生の方を見ると、彼も心配そうにセレーナを見つめている。
「う……」
自分のダメダメさ加減に溜め息を吐きたくなった。
「わかりました……」
兄の両手を外しながらセレーナは折れる。
兄と先生は話す気になったセレーナにほっとした表情を浮かべた。
セレーナは、ナイフとフォークを置くと手を膝の上でぎゅっと握る。
「ちょっと最近の自分の言動を省みていたのです。そうしたら、最近の自分が如何に自分勝手で我儘な振る舞いをしていたのかに気付いたのです……」
「それで?」
グレイ先生は今日会ったばかりなので、セレーナのことを知らない為静かに聞いている。
兄は、そうだっけ?と言わんばかりの表情を浮かべつつも先を促す。
「それで……、このままだと私……っ、レオ様に……見限られてしまいます……っ」
「え?」
話ながら先程見えたあの優しい笑顔を思い出してしまい、セレーナの瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れ落ちる。
嗚咽を必死に堪えながら一生懸命話すセレーナの様子に二人はぎょっとした。
「え、と? 僕が見ている限り、セレーナは我儘だったことも自分勝手な振る舞いをしたこともないけど……」
兄のフォローにもセレーナはふるふると首を振る。
「私、レオ様にだけは何故かあまり自制が利かないんです……」
「それって……?」
的を得ていない兄とグレイ先生は首を傾げていた。
ここ最近の自分の言動を洗いざらい話してしまったら、二人に嫌われてしまうだろうか……。
けれど、こんな抽象的な話し方では真剣に話を聞いてくれている二人に失礼だ。
セレーナは二人に軽蔑される覚悟で正直に話すことに決めた――……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今話で50話になりました!
こんなにも長く物語を書いたことが無かったので自分でも驚いています。
これも読んでくださる方がいるおかげだと思っております。
稚拙ではありますが、これからもどうぞよろしくお願い致します(*^^)
少しでも楽しんで頂けていると幸いです。




