49.
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朝食が終わり兄と一緒に兄の自室に備え付けられた応接室に向かう。
言葉を交わすことは無かったけれど部屋の前まではレオも付き添っていたのだが、セレーナを見送った後、兄のレッスンが始まる前にマリーからレオが休暇を取ったと耳打ちされた。
そうとだけ返事をして、何事も無かったかのような顔をして兄と教師を待つ。
内心では気になって仕方が無かったけれど。
休暇を取ってくれて嬉しいような、悲しいような。
自分に呆れられてしまったのだろうか。
面倒だと思われただろうか。
優しいレオのことだ、きっとセレーナを嫌うことはしないだろう。
けれど、護衛騎士になったことを早くも後悔しているかもしれない。
自分があの時、あんな態度を取らなければ……。
今朝だって目も合わせず、こちらの言いたいことだけ言ってレオの話を聞こうともしなかった。
もっとレオの様に優しくて思い遣れる人になりたいのに。
その時の感情で動いては後で後悔してばかりだ。
昨日今日のことを思い出して自己嫌悪していると、兄の教師がやって来た。
「おはようございます。本日もよろしくお願いしますね」
「おはようございます、先生。今日は妹を見学させて頂きたいのですが……」
「伺っておりますよ。初めまして、皇女殿下。私はグレイ・ウィロウと申します。気軽にグレイとお呼びください。それでは、早速レッスンを始めましょうか」
「はいっ」
グレーにウェーブのかかった髪に、細いゴールドの縁の丸眼鏡を掛けた優しげな教師。
にこにこと笑っている彼の周りには花が飛んでいるように見える。
ぺこりと会釈で挨拶はしたものの名乗るタイミングを逃してしまった。
(後でご挨拶できるタイミングがあると良いのだけれど……)
最初こそレオとのことを引き摺っていたセレーナだったが、兄と教師のレッスンを見ている内に意識は切り替わっていく。
兄も教師も終始穏やかで楽しそうにレッスンをしており、見ているだけのセレーナも優しい気持ちになれた。
いつの間にか、兄と教師が奏でるバイオリンの音に耳を傾け静かに聞き入っている。
皇子の教師を務めるだけあって、それはそれは凄い腕の持ち主なのだが、兄の奏でる音も凄く綺麗でセレーナは感動した。
「そこは、もう少し柔らかく弾いてみましょうか。大切なものをそっと触る様に」
「はい。……こうですか?」
「良くなりましたね。ではこの部分は……」
教え方も上手く穏やかでとても丁寧で優しい教え方をする先生だなとセレーナは兄の教師を少し羨ましく思う。
そうこうしている内に午前の授業は終わったようだ。
兄はバイオリンを片付けながら、部屋の隅に控えていた侍女に指示を出す。
「今日は天気も良いからテラスに昼食の用意を」
「マリーも手伝ってあげて」
「かしこまりました」
一礼すると、兄の侍女とマリーは厨房へ食事を取りに退室する。
その後すぐにサービスワゴンに食事を乗せて戻って来ると、二人はささっとものの数分で準備を完了したのだった。
今日の昼食はトマトとアボガドのミルフィーユ、冷たいカボチャのポタージュ、チキンソテー、バターロールだった。
自分の部屋から眺めるのとは少しだけ違う景色は、セレーナにとってとても新鮮に映った。
兄とグレイ先生の性格のおかげもあり、とても優しい時間が流れている。
少し緊張が解けたセレーナは先程しそびれた挨拶をしようと声を出す。
「あの……っ」
「はい? ああ、そんなに緊張なさらないでください。ゆっくりで大丈夫ですよ」
セレーナの緊張を見抜いたらしいグレイ先生は、穏やかに微笑むとそう声をかけた。
その優しい気遣いのおかげもあり、セレーナは軽く呼吸を整えると背筋を伸ばして挨拶をする。
「先程はきちんと挨拶が出来ず申し訳ありませんでした。私はセレーナ・ウィンクルム・インペーリオと申します。先程のご無礼どうぞお許しくださいませ」
「!? い、いいえ皇女殿下っ、私は気にしておりませんのでお気になさらないでくださいっ」
のほほんとした表情から一変、あわあわと焦るグレイ先生に兄はくすくすと笑っている。
皇子殿下も気付いていたなら、笑ってないで止めてくださいよーと困っている様子のグレイ先生。
申し訳ないことをしたかな……と落ち込んだセレーナであったが、兄が優しく頭を撫でてくれる。
「セレーナは、僕に似て真面目だからね」
「確かに、殿下同様大変真面目な方のようですね……」
「それって私がお兄様に似ているってこと……?」
嬉しそうに言う兄と微笑ましそうに答えるグレイ先生にセレーナは首を傾げる。
それって良いことなのだろうか、悪いことなのだろうか。
「そうだよ」
「それって良いことですか……?」
「んー、どうだろうね。良いか悪いかは分からないけれど、僕はセレーナと似ているって言われて嬉しいけれど。セレーナはどう?」
悩む素振りをみせながら、兄は答える。
兄の言葉にセレーナは嬉しくなった。
自分と似ていると言われて兄は嬉しいのだ。
そんなことを言われてセレーナが嬉しくないわけが無い。
「……私も、嬉しいです」
はにかんで答えるセレーナに、兄は嬉しそうに笑いながらここが食事の席じゃ無ければ抱きしめたのにと少し悔しそうに言った。
先程から黙って見守っていたグレイ先生を見ると、頬を染めて両手で口元を覆っているではないか。
「先生、乙女が出ていますよ」
どうしたんだろうと見ていると、兄が苦笑しながら指摘していた。
はっと我に返ったらしいグレイ先生は少し居たたまれなさそうにしながらも自身のことを少しだけ話してくれた。
「すみません。私、可愛いものとか好きで……先程の皇女殿下が大変お可愛らしかったものですから……つい……」
「そうでしたか」
「皇女殿下は何も仰らないのですね」
「……何をでしょうか?」
グレイ先生のカミングアウトに返事をすると、ほっとしたような不思議なものを見るような何とも言えない表情をして告げられる。
少し考えてみたのだけれど、セレーナにはどういう意味なのか理解出来なかった。
きょとんとしているセレーナに、先生は眉をハの字に下げて笑いながら教えてくれる。
「男なのに可愛いものが好きだなんておかしいって言われるかと……。性格もなよなよして男らしくありませんし。お恥ずかしい話ですが、実際私の両親ともそれが原因であまり仲が良くないのです。私は普通ではないらしいので……」
「何故ですか?」
自嘲的な笑みを浮かべたグレイ先生を見た瞬間、セレーナから今までの大人しさは消え凛とした声を発した。
普通では無いという言葉に憤りを覚えたからだ。
誰が何を好きだっていいじゃないか。どんな見た目でも、性格でも。
それが個性だとどうして思えないのだろう。
皆と同じだったら、人が人として生きている意味があるのか。
そんなの誰でもいいと同じではないのか。
この世の大多数の人と違っても受け入れられる……それが当たり前だと思える世の中にしなければと唐突に思った。
自分に出来ることがあるのかなんて分からないけれど。
「男性が可愛らしいものが好きでも良いと思います。私は変だとは思いません。普通じゃないとも思いません。先生の可愛らしいものを前にした時の表情、私は素敵だと思いました。グレイ先生の穏やかで優しい声も話し方も素敵だと思います。性格は……まだよくわからないのですけど……。それでも、おかしいとは絶対に思いません…………って、すみません……私……」
「いえ、ありがとうございます」
セレーナの言葉を聞いたグレイ先生は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「皇女殿下はお優しいのですね」
「僕の自慢の妹ですから」
「仲良しで、少し羨ましいです」
「自慢……仲良し……」
グレイ先生と兄が楽しそうに話している時に、兄の口から出た言葉にセレーナは目を見開いた。
そして、兄の言葉を反芻して口元が緩む。
チキンソテーを小さく切って口元に運んだ時、ふいに目線を上げたその先に、遠くにレオの姿が見えた。
庭園で誰かと話しているようだった。
手に花束を持って、白い帽子を被った誰かと話しているみたいだ。
(あれは……女性……?)




