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47.

 目を覚ますと部屋は真っ暗で窓からは月明かりが入り込み、セレーナのベッドに窓枠の影をぼんやりと映し出していた。

 何時なのか分からないが、深夜であることは間違いなさそうだ。

 いつ眠ったのかも記憶は無く、瞼は熱を持っていて腫れている様で若干前が見辛い。

 更には涙が乾いて頬が引き攣る感覚がする。

 沢山泣いたせいか長時間眠っていたせいか、喉の渇きを覚えたセレーナは厨房に行って水を貰って来ようとベッドから降りた。

 深夜とはいえ、きっと誰かしらは厨房に居るだろうと考え、ついでに目を冷やす用に冷たい水も別で貰おうと考えながらブラシで軽く髪を整えていると、コンコンと控えめなノックの音が響く。

 思わずビクリと体が跳ねたけれど、続いた声にほっと肩の力を抜いた。


「姫様、よろしいでしょうか」

「どうぞ」


 声の主はマリーのもので、セレーナは入室を許可する。

 マリーは入室するなり直ぐさま部屋の明かりを点けた。

 そして明るくなった室内でセレーナは、マリーに続いて入って来た人物に目を丸くした。


「お父様、お兄様?」

「やあ、セレーナ」


 父と兄が部屋を訪ねて来るなんて珍しいどころか、初めてではないだろうか。

 二人はすたすたとセレーナの側まで来ると、父は近くの椅子を引っ張ってきて座り、兄はセレーナをぎゅっと抱きしめた。


「レオ卿に泣かされたんだって? こんなに目が腫れて……可哀想に」

「いえ、そういうわけでは……。すみません、お見苦しい顔をお見せして……」

「僕の妹はいつだって可愛いよ。マリー、冷やす物を持って来てあげて」

「かしこまりました」


 兄に指摘されて自分の目が腫れていたことを思い出したセレーナは咄嗟に俯いた。

 その腫れた瞼を見て痛々しげに表情を歪めた兄は、さっとマリーに指示を出す。

 マリーが一礼をして退室すると、ベッド近くのドレッサー前で髪を梳かしていたセレーナの手を取るとベッド脇に座らせ、自身もその横に寄り添う様に腰掛ける。


「あの、お兄様心配しすぎでは……?」

「大目に見てやりなさい。最近セレーナに構えなくてスフィーダも寂しかったのだろう」


 過保護過ぎやしないかと思ったセレーナだったが、父にそう言われてしまうともう何も言えない。

 確かに、兄とあまり会えていなかったのは事実だ。

 会っても人の目があるから、兄妹としてというよりは皇子と皇女として話していた。

 ちらり上目遣いで兄の表情を見ると、嬉しそうにセレーナを抱きしめていてその顔を見るとなんだかほっとしてしまう。

 今は家族水入らずなので、人目を気にする必要もないかとセレーナも兄の胸に体を預ける。

 悲しいことがあった後なので、人の体温を感じられると安心した。

 そのままの体勢でセレーナは父と兄に訪問理由を問うた。


「そういえば、どうして訪ねて来られたのですか?」

「君が深く傷ついて塞ぎ込んでいると聞いたから様子を見に来たんだよ。大丈夫?」

「レオ卿も落ち込んでいたよ。ここに来る直前まで応接室に居たんだけれど」

「え!? 今何時なんですか!?」

「日付が変わった頃かな」


 兄が心配そうにセレーナの髪を優しく撫でていると、父から思いもよらない言葉を聞かされて勢い良く体を起こした。

 兄が驚いていたけれどそれを気にしている余裕は無く、慌てて時間を確認する。

 だって、まさかという気持ちで一杯になり、兄からおおよその時間を教えてもらい驚愕した。

 あれから何時間経っているというのだ。

 午後のお茶の時間だったので、半日近くレオはあの部屋で、あの場所でセレーナを待ってくれていたのか。

 彼の真面目さや誠実さに改めて触れ、涙が込み上げてくる。

 こんな優しい彼がセレーナを失った人の代わりにしているとは考えにくかった。

 それとも、失った人の代わりにしているからこそのこの行動なのだろうか。

 どこまで行っても彼にとってセレーナは、所詮大切な人の代用でしかないということなのか。

 考えれば考えるほど悲しくなり、涙を止められなくなる。

 さっき泣いた時に無意識に目を擦っていたのか、目尻が切れているようで涙が零れるとピリピリと痛む。

 一瞬痛みに顔を歪めた時、丁度マリーが帰ってきた。


「随分時間が掛かっていたね」

「申し訳ございません。レオ卿に会いまして。自分が姫様の元へお持ちしたいと仰られて説得に少々時間が掛かってしまいました」

「本当に説得?」

「はい。少々言葉が刺々しかったのは否めませんが」


 兄と会話しながらも、セレーナに水の入ったコップを渡した後、目元に濡れタオルをあてたり涙の跡で引き攣る肌を優しく拭ってくれるマリー。

 セレーナも水を飲んで喉を潤した後は、兄に体を預けて顔を上に向けると、されるがままで大人しくしている。

 冷たいタオルを乗せられると、熱を持った瞼には気持ちいい。


(でもそっか……来てくれようとしたんだ……)


 マリーに説得と言う名の阻止をされて来れなかったけれど。

 セレーナの元に来てくれようとしていた事実に、また嬉しくなってしまう。

 けれど今はそれと同時に切なさも同じくらい感じてしまうけれど。

 とはいえ、もしまだ部屋で起きて待ってくれていたのだとしたら……?

 そう考えると、気持ちは沈んでいても会いに行くのに気が重くても放ってはおけない。

 訪ねてみようかと考えていたセレーナであったが、兄とマリーの会話にその考えをやめた。


「それで、マリーはなんて説得したんだい?」

「一目だけでもお会いして謝罪をしたいと仰るので、本日姫様は貴方にお会いする気はありません、と」

「辛辣だね」

「当たり前です。姫様を泣かせたのですから。それでも、いつ姫様がお部屋から出てきても良いようにと扉の前で待とうとするので、そんなことをされると姫様が気に病んでお休みになれないのでお部屋に戻ってお休みくださいとお伝えして、お引き取り頂きました」


 温くなった濡れタオルで目元を覆っているセレーナは、そっか……お部屋に戻って休んだのねと体の力を抜いた。

 今からでも訪ねようかと思っていたせいか、無意識に体に力が入っていたらしい。

 兄に体を預けたままだったので、セレーナが体の力を抜いたことで兄に考えが伝わったのか安心させるように優しく肩をぽんぽんと叩かれる。

 その動作を見たらしいマリーも、優しく声を掛けてくる。


「大丈夫ですよ、姫様。レオ卿は追い返しましたから、今夜はゆっくりお休みくださいね」

「マリー、さてはレオ卿のことが気にくわないのだろう」


 それまで黙って静観していた父が口を開いた。

 その言葉にセレーナは濡れタオルを少し持ち上げてマリーを窺う。

 すると、マリーは複雑そうな表情で口を開いた。


「そうですね。レオ卿ってば、まだ知り合って日も浅いというのにどんどん姫様と仲良くなられてて悔しいんです……」

「マリー……。ごめんね、マリー。寂しい思いをさせて」

「そんな……っ、姫様のせいではありません……っ」

「ううん、気付かず甘えていた私が悪いの。今更だけど、マリーのこと大好きよ。塞ぎ込んでいた日々も含めて今まで側にいてくれてありがとう。マリーが側にいてくれて良かったってずっと思っているわ」

「姫様……っ! このマリー、一生姫様のお側におります! 姫様を幸せにしますっ!」

「ははっ、まるでプロポーズだな」


 セレーナが今までの感謝の気持ちを伝えると、マリーは感極まったように滂沱の涙を流しながら両手を胸の前で組み祈るようなポーズを取る。

 父は面白そうに揶揄うけれど、父も兄もその見守る瞳は優しい。


「心配で見に来たのだが、もう大丈夫そうかな」

「あ、はい。ありがとうございます」


 立ち上がりながら言う父に、セレーナは慌ててお礼を言う。

 話している内に気持ちも大分落ち着いた。

 まだ心は痛むけれど、それでも明日は彼にも普通に接することが出来るだろうか。

 そんなことを考えながらも、父と兄を見送ろうとベッドから降りようとすると父に手で制される。


「いいよ。今日は沢山泣いて疲れただろう。ゆっくり休みなさい」

「はい……、ありがとうございます」


 父の優しさに微笑んでお礼を告げると、優しい笑みが返ってきた。

 しかし、一向に立ち上がる気配のない兄を不思議の思い見るとにこにこと笑って父に手を振っている。

 それを見た父も溜め息を吐いているではないか。


「僕今日はセレーナと寝るので。おやすみなさい、父上」

「今日だけだぞ」

「はい、勿論です」


 それだけ言うと、父は退室していった。

 マリーもおやすみなさいませとだけ言うと、明かりを消して退室してしまう。

 口を挟む間もなく話が進んでしまったが、セレーナはどうやら今夜は兄と一緒に寝るらしい。

いつもお読みいただきありがとうございます。

久しぶりの兄様登場です!

次回も兄様のターンです(*^^)

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