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44.

「さてと。それじゃあ、マリーは席を外してもらえるかしら?」


 夕食後、三人で応接室に戻って来たセレーナはパチンと手を叩いて指示を出した。

 まさか追い出されるとは露ほども思っていなかったのだろう。

 マリーは慌てた様子でセレーナへの説得を試みた。


「姫様、男は皆オオカミなのです! 部屋に二人きりは……」

「おおかみ? 公……レオ様は人間よ?」


 七歳のセレーナに『男はオオカミ』という言葉がどういう意味を持っているかなんて分かるはずも無く、彼女も子どものセレーナにそれを詳しく説明するのも憚られると考えたのか、言葉を詰まらせるとすぐに引き下がった。

 苦渋に歪んだ表情をしながらも部屋の扉の前まで行くと、恨めしげに振り返りレオを一瞥すると釘を刺してから退室した。


「絶対……絶対絶対絶対! 姫様に触れてはいけませんよっ! それから、口説くのも禁止です!!」

「くど……!?」


 パタンと扉が閉まっても、レオは真っ赤な顔で絶句している。


(公……レオ様がそんなことするはずなにのに。マリーったら心配性なんだから……)


 レオの優しさは、忠誠心と善意だけだと信じて疑いもしないセレーナは、侍女の過保護ぶりに苦笑した。

 くるりと振り返ると未だレオがマリーを見送った時のまま微動だにしておらず、セレーナはどうしたのかと声を掛ける。


「それでは……公子様?」

「は、はい」


 声を掛けられたレオは、びくっと肩を揺らしたもののすぐに取り繕ったような笑顔を浮かべて返事をする。

 ぎこちなさが前面に出ているけれど、このままでは話が進まないと思い、一先ず気にしないことにした。


「それでは、ソファーに」

「は、はい……」


 最近の定位置になりつつある応接室のソファーに二人向かい合い腰を下ろす。

 いつの間に用意したのか、二人の間にあるローテーブルの上には温かい紅茶が用意されている。

 あまりの仕事の速さにセレーナは時々、マリーは魔法使いではないかと思う時がある。


(……いけない、意識が脱線しちゃった)


 温かい紅茶を一口飲み、気を取り直して本題に入る。


「まずは、わたしの護衛騎士になっていただきありがとうございます」

「い、いえ……」


 背筋をぴしっと伸ばして頭を下げるとレオもぺこりと頭を下げ返す。

 その様子がなんだかおかしくてふふっと笑むと、レオも少し緊張が解けたようで顔を綻ばせた。

 このまま和やかな空気でのんびり話したいけれど、そういう訳にもいかない。

 練習もその後だ。


「それでですね、後日正式に叙任式があると思いますが、その前にご実家に文を届けても良いですか?」

「え?」


 セレーナの言葉に、レオは目を丸くする。

 今、レオの実家では彼は離れで過ごしていると思われているはずだ。

 この一周間以上騒ぎになっていないのだから、恐らくここに滞在していることはバレていないのだろう。

 とはいえ、ずっとこのままという訳にもいかない。

 なにより、彼は今後セレーナの護衛騎士になるのだから。

 城で父親と顔を合わせることもあるだろう。

 ずっと秘密にはしておけない。

 それに、皇帝陛下から直々に護衛騎士の許可が下りたのだ。

 つまりは、父親であろうと無理矢理レオを連れ帰ることは出来ない。

 そう思っての提案だった。

 まだ慣れないので、一度呼び方を公子様に戻させていただきますねと先に一言言い置いてから、話を続ける。


「もちろん、皇室からの手紙として届けます。事後報告にはなってしまいますが、こうすれば公子様がむりやり連れ帰られることもありませんし、身の安全をほしょうできます」

「皇女様……、私の家での扱いをご存じだったのですか……?」

「かくしょうはありませんでしたが、お一人だけはなれに住まわされているとお聞きした時にもしやと思いました。公子様はお強いです。けれど、自分のお父様にその力は使われないのではないかと思いました……」


 だからこそ、レオの身を守ることが出来るようになったタイミングで使者を遣わそうと思っていたのだ。


「公子様がご迷惑でなければ、そのようにさせていただきたいのですがいかがでしょうか? 無理強いはいたしませんので、ことわっていただいても……」

「いえ、お願いします」


 セレーナが全てを言い切る前に、迷いの無いレオの声が遮る。

 彼の瞳はまっすぐにセレーナを見ていた。


「わかりました。では、そのように手配いたしますね。それから今後なのですが……」


 その後は、彼が今宿泊している部屋は客室になるので、これからはセレーナの隣の部屋になることや、護衛騎士の制服の採寸などの予定を伝える。

 一番のメインであったレオの父親のことを伝えた後は穏やかな空気の中話を進められたのだけれど……。

 伝達事項を全て伝え終わる頃には、またもなんだか少し緊張したような空気が流れいた。

 セレーナは伝達事項を話し終えた後も、他愛ない話をして時間を延ばしていのだけれど、それはレオの一言であっさりと終わりを迎える。


「それで、その時にマリーが……」

「あの、皇女様。催促するようで心苦しいのですが、そろそろ練習を……しませんか……?」


 照れたように頬を染めながら遠慮がちに尋ねるレオに、セレーナも顔に熱を持つ。

 練習をさせて欲しいなんて言わなければ良かったと今心の底から後悔していた。

 とはいえ、このまま練習をしないという選択肢は残っていないだろう。

 ちらりとレオを見ると呼んで欲しそうな瞳をしているような気がして、やっぱり無理なんて言えなかったセレーナは、大きく深呼吸をして腹を括る。


「あの……もしや、名前を呼ぶのがお嫌でしたか……? それでしたら無理にとは……」

「いえっ! ちがうんです!」


 レオはセレーナに弱いが、彼女の前でだけは子犬のようになるレオに、セレーナも弱い。

 その彼にしょんぼりとされてしまい、慌てて弁明する。


「その、公子様のお名前を呼ぶのは……上手く言えませんが、なんだか恥ずかしくって……。嫌とかではないのです! 本当です!」


 また優しい彼を傷つけてしまうのが、悲しませてしまうのが嫌でセレーナは一生懸命言い募る。

 悲しませてしまうくらいなら、正直に恥ずかしいと伝えてしまおうと思った。

 ただ、少々正直に話しすぎたのだ。

 本人はその事に気付いていないけれど。


「公子様の名前を呼ぶのだけは、何と言いましょうか……。どきどき……するのです。だから、これはわたし自身のもんだいであって公子様は気に病まないでくださいねっ」

「あ……は、はい……」


 彼女の言葉に赤くなったままぎこちなく頷くレオ。

 当の本人は、自分が今口走ったことの方が恥ずかしいとは気付いておらず耳まで真っ赤にしているレオの様子に首を傾げている。

 気持ちを素直に伝えたことで、羞恥心が落ち着いたセレーナは落ち着いた声で尋ねた。


「では、今から練習させていただいても良いですか?」

「い、今からですかっ!?」


 反対に、彼女の言葉に照れが最高潮に達していたレオは思わず声が裏返ってしまう。

 とても慌てているレオに、セレーナも驚く。


「え!? ダメでしたか!?」

「ダメじゃないですっ! よろしくお願いします……」

「こちらこそ、よろしくお願いします……?」

いつもお読みいただきありがとうございます。

読んでくださる方がいらっしゃることがとても励みになっております。

最近は週一更新になってしまっておりますが、今後共のんびりとお付き合いいただけますと幸いです。

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