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42.

マリーと二人で笑い合っていたセレーナの元に、来客を告げる控えめなノックの音が響いた。

セレーナがビクリと肩を揺らすと、彼女の優秀な侍女は目配せをして神妙な面持ちで頷いて立ち上がる。

セレーナもマリーも誰が訪ねてきたのかなんてドアを開けなくても分かっていた。

本当は飛び出していって謝りたかったけれど、先程セレーナの為に戦ってくれた優しい彼に酷い言葉を投げつけた挙げ句、彼の話をきちんと聞きもしないでその場から立ち去ったのだ。


(公子様を傷つけた私が、どんな顔をして合えば良いのか……)


マリーがドアの外に出て行くのを見送ってから、セレーナはソファに座り直す。

扉の外からはマリーのハキハキした声とレオの落ち込んだような声が聞こえてくる。

優しい彼のことだ。きっと自分を責めているに違いないとセレーナは思った。

酷いことをしたのは自分の方なのに、このまま彼が傷ついた時間を悪戯に延ばしてしまって良いのだろうか。

そう自問自答してみれば、答えはすぐに出た。良いはずが無い。

それに気付いた瞬間、先程までの気まずさが消えた気がした。

セレーナ第一主義のマリーのことだ。

レオがどんなに食い下がったとて、セレーナの許可無くして室内に入れることはないだろう。

そうなれば、自分が出て行かなければレオは絶対にセレーナに会うことが出来ない。

すくっと立ち上がり頬をパシパシと叩いて気合いを入れる。

頬がじんじんと痛むけれど、その分気合いが入った。

扉の前まで歩いたところで一度立ち止まり、深呼吸を一回する。


「……よしっ」


小さく声を出してから、扉を開けてひょっこりと顔を出す。

すると、二人共驚いたように目を見開いていた。


「マリー、ありがとう。もう大丈夫よ。お待たせ……!?」

「姫様!!」

「皇女様!!」


淑女らしく落ち着いて対応しようとしたセレーナに、マリーもレオも勢い良くセレーナに詰め寄ってきた。

あまりの気迫に驚き、思わずパタンと扉を閉めてしまう。


(マリーはともかく……公子様のきれいなお顔があんなに近くてドキドキしてしまったわ……!)


扉一枚隔てているとはいえ、目の前にはマリーとレオが視界いっぱいに映っていたのだ。

人と顔を至近距離まで近づけたことなど無かった彼女は顔が熱くなり両手で頬を押さえた。


「って、ああっ! 思わずとびらを閉めてしまったわ……っ」


慌てて扉を開け直すと、扉の外で俯いて落ち込んでいるレオと、苦笑いしているマリーが居た。

レオの頭の上にはずーんという文字が見えるような気がするくらいの落ち込みように、セレーナは申し訳なさでいっぱいになる。


「あ、あの……公子様……?」


恐る恐る声を掛けると、レオがゆっくりと顔を上げてその視界にセレーナを捉える。

セレーナと目が合うと、左右で色の違うその綺麗な瞳をうるうると潤ませてぽつりと呟いた。


「申し訳……ありませんでした……」


捨てられた子犬のように萎れてしまっている彼に、セレーナはそっと手を取って話し掛ける。


「わたしも……いえ、わたしこそ、公子様を傷つけてしまってごめんなさい……。公子様があやまられる必要などないのです……。わたしが悪かったのです……ほんとうにごめんなさい……っ」


謝罪の言葉を口にしながら、セレーナの瞳からはぽろぽろと涙が零れた。

声だって、どんどん震えて嗚咽が混じる。


「こんなにぼろぼろになられてまで、わたしの為に戦ってくださったのに……お優しい公子様に甘えて、感謝するどころか傷つける言葉をあびせました……」

「皇女様……」


顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、懺悔をするセレーナにレオも悲しそうな表情を浮かべた。

マリーはただそっと静かに事の成り行きを見守っている。


「わたしに、公子様を護衛騎士になってほしいなんて言う資格無かったのです……。ごめんなさい……」

「皇女様……」

「それでも……公子様に側に居てほしいと思ってしまいます。ごめんなさい……これからはもっと言動にも気をつけます。傷つけないというお約束はできませんが、気をつけていきます。だからどうか……あなたを護衛騎士に望むことをゆるしてはいただけませんか……?」


セレーナより少し大きいレオの手を両手で包み込んで、頬にあてて懇願する。

そんな彼女に、レオが一歩近づき人差し指の背でセレーナの涙を掬う。


「もう泣かないでください。皇女様が謝られる必要などないのですよ。大丈夫です。俺はどこにも行きません。ひとりにも……しません。俺の命は生涯皇女様だけのものです。ですから……」

「……わかりました」

「え」

「では、わたしの命は公子様のものにしてください」


この発言には、レオだけでなく黙って見守っていたマリーも絶句している。


「ひ、姫様……何を仰っているのかお分かりになっているのですか!?」

「そうですよ……っ! そんな……っ」

「ねえ、マリー」

「ダメですっ!」


マリーが青くなっている側でレオは真っ赤になっていた。

そんな中セレーナは動じることなく質問をしようとしたのだが、彼女が何を言わんとしているのか察したマリーは、セレーナが口を開く前に拒否を示した。

レオだけは顔を真っ赤にしたまま、何の話か分からず首を傾げている。


「とりあえず、この話はまた後で」

「ダメですからねっ」


泣き腫らした顔でぷぅっとむくれているセレーナに、さっきまで空気に徹していたとは思えない侍女とのやり取りにレオはくすくすと笑った。


「とりあえず、中に入りましょう?」


レオが笑った事で、セレーナも微笑んで中へと誘う。

空気が柔らかくなったことに、セレーナはひっそりとホッと胸を撫で下ろしたのだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

更新が遅くなりまして申し訳ありません。

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