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41.

時間は少し前に戻る。

会場を飛び出したセレーナはそのまま通路を走り、出口を目指す。

けれど、五分もしない内に息が上がって走れなくなってしまう。

胸元を押さえて呼吸を整えながら、酸欠でふらつきながらもちらりと後ろを振り返るけれど、レオが追ってくる様子は無くセレーナはまた目頭が熱くなるのを感じ、肩を落とした。

逃げ出したのは自分だ。彼は悪くない。だから、彼が追って来なくても落胆する資格も、悲しくなる資格もないのは分かっている。

頭では分かっているけれど、それでも痛む心はコントロール出来なかった。


「部屋に戻ろう……」


呼吸を整えながら、ゆっくりと歩く。

通路は一方通行なので、来た方向さえ間違わなければ自ずと出口まで辿り着ける。

セレーナの小さい歩幅で歩いても、呼吸を整えるためいつもよりもさらにゆっくり歩いても結局レオが来ることは無かった。

とぼとぼと一人歩きながら自室へと戻って来たセレーナに、ベッドメイクや掃除をしていたマリーは驚いて駆け寄る。


「ど、どうされました!? 陛下達とレオ卿の試験を見に行かれたのでは!?」

「ちょっと……」

「目も随分赤いですし……目元が少し擦れていますね。こちらに座ってください」


言い淀むセレーナに、何も聞かず手当をしようと椅子に座るよう促すマリー。

とぼとぼと歩いて椅子に座る姿は明らかに元気がない。

消毒液やそれを拭き取る綿を持って来ると、少し沁みますよと声を掛けて、消毒液をつけた後軟膏を塗った。

大人しくされるがままのセレーナは、ずっと黙ったまま。

ぺたりと傷口にテープを貼って手当を終えた彼女は、すぐ様温かい紅茶とマカロンを用意した。


「ありがとう……マリ-」

「どうされたのですか? 原因は恐らくレオ卿でしょうけど……」

「え!? なんでわか……あっ、違うの! レオ卿が悪いわけじゃ……わたしがいけないの……。わたしがかってに悲しくなっただけ……」

「何があったのですか?」


自分で言っていてまた悲しくなったセレーナは涙が溢れてくるのをぐっと堪える。

あまりの落ち込み様に、マリーは困ったように眉を八の字に下げるとセレーナの前に膝をつき、今にも泣きそうな表情をしている彼女を見上げた。


「マリーにも言えないことですか……?」


寄り添うようにそっと優しく声を掛けるマリーに、セレーナは暫く逡巡した後ゆるゆると力なく首を横に振った。

話す気になったセレーナにホッとした表情を浮かべると、彼女はそのままセレーナの手を取り聞く体勢に入る。

部屋はしんと静まり返っていて、マリーはセレーナが話し出すのをただじっと待ってくれている。

聞いてもらえば少しはすっきりするかもしれないと思い、ぽつぽつと先程あった出来事を話していく。


「…………と、いうことがあってね……」


試合後からのやり取りを粗方話し終えたセレーナは、レオの発言に悲しくなったのだと伝えようとした。

したのだけれど……。

その前にマリーが怒りだしてしまったのだ。


「なんですかそれはっ!? レオ卿ってば自分の方がセレーナ様のこと知ってますーみたいな顔しておいて、全っっっ然!! ダメじゃないですかぁっ!!」

「マ、マリー……?」


突然のマリーの豹変ぶりにセレーナは躊躇いがちに彼女の名を呼ぶ。

いつものお淑やかな優しい聖母の様なマリーはどこへ行ってしまったのか。

そうか、自分が変えてしまったのかと現実逃避するセレーナだが、現実は変わらない。

今もなお目の前でマリーが怒り狂っている。


「セレーナ様を傷つけるなんて許せませんっっ!! レオ卿のことですから、きっと入団試験も合格なさるでしょうし、お二人がお戻りになったら少人数ながらもこのお部屋でお祝いパーティーをしてはどうかと思っておりましたのに!!」

「まあ……そんなことまで考えてくれていたの?」

「勿論です! セレーナ様が大層気にかけておられる方ですもの!」

「ありがとう、マリー」


彼女の優しさに、セレーナの心はほっこりと温まった。

悲しかった気持ちも少し軽くなったような気がする。


「あのね、公子様ね、私の護衛騎士になったんだよ」

「まあ、入団おめでとうございま…………え?」


先程までレオが原因で悲しそうな表情をしていたのに、それでもセレーナを悲しませた元凶であっても彼の合格はやっぱり嬉しいらしく、内緒話をするように嬉しそうにマリーに耳打ちした。

咄嗟におめでとうと言おうとしたマリーであったが、言葉の違和感に気付きお祝いの言葉が途中で止まる。

そして、意味を理解するのにたっぷり十秒を要してから、セレーナが初めて見る驚きを見せた。


「えええええ!? 護衛騎士になられたのですか!?」

「そうなの」

「お強い方だとは思っておりましたが……入団試験で護衛騎士になられるくらいお強かっただなんて……」

「すごいよね」

「すごいというか……規格外過ぎませんか……?」

「やっぱり、そういう『普通』じゃない人は……気持ち悪いもの……?」


笑顔が戻っていたセレーナであったが、マリーの一言に表情が暗くなる。

マリーはぶんぶんと首を振って否定した。


「確かに、大半の人間は異質なものを忌避する生き物です。それ故、レオ卿の見た目や強さは異質だと、異形だと言われるかもしれません。ですが、セレーナ様が信頼なさっているからというのもありますが、私はレオ卿を規格外だとは思っても、気持ち悪いなどとは思っておりません」

「マリー……」

「それに、セレーナ様のお側にお仕えしているから分かるのです。レオ卿がセレーナ様に向ける眼差しはとてもお優しいものですよ。彼は私の愛するセレーナ様を大切にしてくださる方です」


彼女の温かい言葉を聞いてセレーナは瞳を潤ませた。

なんて優しい侍女をもったのだろうと胸がいっぱいになる。

勢いよくマリーに抱き着くと、彼女はしっかりとセレーナを抱きとめてくれた。


「ありがとう、マリー。大好き」

「私もです、セレーナ様」


マリーの言葉に元気をもらったセレーナは、にっこりと笑う。


「それにですね……」


マリーの意味深な笑みに首を傾げると、彼女は黒い笑みを浮かべて告げた。


「セレーナ様を悲しませる者は、たとえ誰であろうと私が許しません。レオ卿でもこてんぱんにやっつけちゃいますっ」

「ほ、ほどほどにね……?」


全然無い力こぶを見せるように、袖を捲くるような仕草をして自信満々に言う彼女にセレーナは苦笑したのだった。

そんな二人の元へレオが来るまで、あと三秒――……。

いつもお読みいただきありがとうございます。

ここまで二日に一回と定期的に更新してきたのですが、次回から更新が二日に一回から、数日に一回となる日が出てくるかもしれません。

いつもお読みいただいている方々には大変申し訳ないのですが、のんびりとお待ちいただけましたら幸いです。

今後ともよろしくお願い致します。

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