40.
いつもお読みいただきありがとうございます。
つい最近レオくんサイドからお届けしたばかりですが、セレーナが去ってしまったので、レオくんサイドからお届けいたします。
「余計なことを言ってしまったね」
「いえ……」
セレーナが去った後、彼女の兄に話し掛けられたレオは言葉少なに返事をする。
彼女の兄も少し落ち込んでいるように見えたが、スフィーダを気にしている余裕などあるわけも無く、既にセレーナのことで頭がいっぱいだった。
今からでも追いかけようかと出口に向かおうと踵を返したところで、グラディウスに声を掛けられてしまう。
「レオ・ヘルツォーク、何をしている。皇帝陛下の前であるぞ」
「……すみません」
「よろしい」
すっと姿勢を正してセレーナの父でもある皇帝陛下に頭を下げるレオを見て、グラディウスは満足そうに頷き、自身も片膝を着き右手を胸元に当てて頭を垂れた。
周りの騎士達もグラディウスに倣い同じ礼をとる。
「よい。面を上げよ」
皇帝の言葉で身を起こしたレオやグラディウスを始めとする、セレーナの兄以外のその場にいた全員が体を起こす。
「まずはレオ卿、勝利したようでなによりだ。おめでとう」
「ありがとうございます」
謝意を述べると、つつつっとアックスが寄ってきて肘でレオを小突く。
怪訝な顔をして横目でアックスを見ると、こっそりと耳打ちしてくる。
「おいっ、皇帝陛下にそれだけか? 幸栄ですとか、身に余るお言葉ですとか……なんかあるだろっ」
少し焦ったような表情をした彼の言葉に、レオは小首を傾げるだけだった。
実際、レオにはありがとうございます以外の言葉は思いつかなかったからだ。
敬愛しているセレーナに言われれば、ありがとうなんて言葉だけでは言い尽くせないほどの気持ちになったのだろうが、相手はセレーナではない。
皇帝のことはすごい人だと思っているし、賢帝だとも思う。
だからといって、レオの中で何が変わるわけでも無かったが。
その考えを見透かしているのか、皇帝はふっと口元を緩めて笑う。
失礼どころか、皇族侮辱罪になってもおかしくはない言いようだ。
口にしていないから、罪に問われることはないのだけれど。
とはいえ、気分を害する内容であることは明白なのだが、皇帝は気にする素振りも無く口を開く。
「アックス聞こえておるぞ。レオ卿は、娘に忠誠を誓っているようだな」
「はい」
皇帝にからかわれて乾いた笑いをするアックスの横で、レオは淀みなくハッキリと答える。
その言葉にぎょっとしたのはアックスだけでは無かった。
グラディウスも驚きで目を見開いているし、周りの騎士達もレオの返答には大変驚いたようで場がざわつく。
「静かに!」
ハッとしてすぐに気を取り直したグラディウスは騎士達を諫めると、静まるのを待ってから再び皇帝が話し始める。
「あれは優しすぎるところがあるからな」
「存じております」
「そうか。あの子は君のことを随分と気に入っているようでな。君が、あの子の為ならば簡単に命を差し出すことがショックだったんだろう」
レオは黙って耳を傾けるしかなかった。
勿論、セレーナが望む以外では簡単にやられるつもりは無いが、それでももし彼女の身に危険が及んだとして、それが自分の命一つで彼女を救えるのならば喜んで死を選ぶ。
けれど、セレーナはそれを望まない。それは彼女が一番嫌いな手段だろう。
彼女は優し過ぎるのだ。
自分が助かるのなら臣下の命など気にも留めなくて良いものを、彼女は自分の尊い命と同じ天秤にかける。そして、自分の命より臣下の命を優先してしまう。
セレーナ・ウィンクルム・インペーリオとは、そういう少女なのだ。
だからこそ、自分が側で守らなければと強く思うのだが、そんなレオもまたセレーナの為ならば簡単に命を投げ出すことを自覚していない。
皇帝は短く息を吐くと、まっすぐにレオを見つめる。
「皇女の為に、自身の主と定めた人間を守るのに命を差し出せる忠誠心は素晴らしいと思う。セレーナも、君にそこまで想われて幸せだろう。だが、あの子が望むのは君の居ない未来では無い。だから、セレーナの為に命を差し出すよりも、共に生きる未来を考えて欲しい、と私は思う。もし命の危機が迫った時は、二人で生きる可能性があるなら敵とは戦わず逃げたって構わない。セレーナを独りにしないと誓えるか? 誓えなければ護衛騎士の話は……」
「誓います」
セレーナを守るために自分が最優先しなければならないことは、彼女の命だと思っていた。その次に彼女の名誉だと。
けれど、もしかしたら、自分が一番守らなければならないものは彼女の心なのかもしれないと、そこで漸く気付く。
そのことに気付いた瞬間、レオは皇帝の問いに即答していた。
アックスは皇帝がまだ話している最中に遮るとは何事かと慌てているし、グラディウスは黙っているがその額には青筋が浮かんでいる。
しかし、レオにはそんなことはどうでも良く、話が終わったのなら今すぐセレーナを追いかけたい気持ちでいっぱいだった。
追いかけて、きちんと謝って、そしてまたあの優しい笑顔で笑って欲しい。
そんなことを考えているレオの些細な視線の動きで、瞬時に理解したらしい皇帝はふっと口元を緩めると、話を纏めに入った。
「では、レオ・ヘルツォーク! 貴殿をセレーナ付きの護衛騎士に任命する!」
「はっ! 謹んでお受け致します」
レオはそこで初めて先程グラディウス達がしていたものと同じ、片膝を着き右手を胸に当てて頭を垂れた。
皇帝はうむと頷くと、もう行っていいぞとレオに声を掛ける。
グラディウスが苦言を呈そうとしたけれど、皇帝はそれを手で制すと優しい父親の顔でレオに言った。
「よいよい。……レオ卿、うちの娘を頼んだよ」
「はい。この命に替えても必ずや皇女様をお守りして……っ」
そこまで言ったところで、あっ!と気付いたレオは口を噤むと、どう答えるべきかと考えあぐねる。
良い回答が思い浮かばず眉間に皺を寄せて考えていると、皇帝が笑った。
「自覚が出来ただけでも成長だ。期待している」
「ありがとうございます。必ず皇女様を幸せに致します! 失礼します」
皇帝の言葉に、これだ!と自分の今の精一杯の誠意を込めて答えたレオは、一礼するとセレーナが出て行った出口に向かって走り去って行った。
残されたアックスは口元を押さえてはいるが、肩を震わせ目尻に涙を浮かべながら大笑いしており、他の騎士達は呆気にとられたような表情でぽかんとしていた。
セレーナの兄であるスフィーダは苦笑いしている。
そんな中、皇帝はグラディウスにだけ聞こえる声でぼそりと呟く。
「グラディウス……」
「なんでしょう陛下」
「なんだか今の彼の言葉……、セレーナがお嫁にいっちゃうみたいじゃない……?」
「……彼には学ぶべきことが山程ありそうですな」
しょんぼりとした表情を浮かべる主に、はあと溜め息を零したグラディウスだったが、その表情は優しかった。
しかしこの後すぐ、十一歳の少年に全員倒されてしまった騎士達に鬼の形相をしたグラディウスの雷が落ちるのだけれど。




