38.
いつもお読みいただきありがとうございます。
励みになっております。
今回はレオくんサイドからのお届けとなります。
また、暴力・流血表現がありますので苦手な方はご注意くださいね…!
レオが剣をぎゅっと握ったのを合図と取ったのか、一人の騎士が走り込んでくる。
攻撃する姿勢を解くと、自身も走ってくる騎士に向かって駆け出した。
まさか剣も構えず向かって来るとは思っていなかったらしい騎士は驚いた表情で、慌てて急ブレーキをかけて大きく足を広げると踏ん張った。
そのタイミングを狙っていたのか、レオが騎士の足の間から滑り込み、相手の後ろを取るとその背中を思い切り蹴り飛ばす。
バランスが不安定だった騎士はそのままフィールドの外に落ちて失格となった。
続いて、別の騎士がレオの元に走り込み大きく剣を振り下ろしたのを避けると、彼は別の騎士の元へと走って行く。
レオの体力のことを心配してくれているのか、困惑した表情を浮かべる二人の騎士。
(このまま動揺してくれていれば楽なんだがな……!)
突然レオが向かって来た騎士は、レオの動きを読もうと剣を振りかぶって構えた。
今かと剣を振り下ろそうとした瞬間、レオが目の前から消えたことに驚いて動きが止まる。
「おいっ! 下……っ!」
先にレオの相手をしに行った騎士が叫ぶと、剣を振りかぶったままだった騎士が視線を下げた。
しゃがんだレオを捉えたと同時に、騎士の体が床に落ちた。
足を払って倒しただけなのだが、子どもが大の大人をいとも簡単に転倒させたことで、仲間が地面に崩れ落ちたことに意識が向いてしまっているその一瞬の隙に、先程の騎士に向かって走り出すと、思い切り地面を蹴って飛び上がる。
動揺でまだ戦闘態勢に入れていなかった騎士は、大きく目を見開いてレオを凝視するしか出来ず、そんな相手を見下ろして相手の顎を勢い良く蹴り上げる。
騎士はそのまま後ろに倒れ、その拍子に思い切り頭をぶつけると気絶した。
着地したレオは、剣を小脇に挟むと立ち上がって手を払う。
残るは、ドバー・ツヴァイトただ一人。
もっと疲弊していると思っていたのか、ドバーは顔を引き攣らせている。
(大した実力も無いのに、最後の見せ場だけ持って行こうとしているだけの人間だ)
対角線上にいる相手をじろりと見て冷静に分析するレオに、強気の姿勢は崩さないドバーは剣を構える。
若干腰が引けているのは無意識か。
本来、弱い者を痛めつけることは好きではないレオであったが、先程この男は自国の皇女を貶したのだ。レオが誰よりも敬愛する尊きお方を。
(優しいあの方を、汚らわしいその口で罵倒したことを後悔させてやる)
だから、手加減など必要ない。
顔が醜く腫れ上がろうと、骨が折れようと、どんなに泣き叫ぼうとも自ら謝罪の言葉を口にするまで、手を止める気は無い。
その覚悟をもって、ドバーと向き合った。
「おいおい、たかが入団試験にその顔は怖すぎるだろぉ~?」
気を紛らわせようとしているのか、隙を作ろうとしているのかドバーはレオに話しかけてくる。
騎士団長であるグラディウスが険しい表情を浮かべたが、今のドバーには周りを見る余裕すら無いようで気付いていない。
「あのさ、もうちょっと穏やかにいこうよ~。な?」
「貴様に気を許す気は……ないっ!」
「うおっ!?」
返答と同時に剣を横に振り抜いたレオに、ドバーは間一髪のところで避ける。
ブンッと空を切る音だけがしてチッと舌打ちをしたレオに、笑みを引き攣らせながらドバーはなおも話しかけてきた。
「あっぶねー……。ほ、ほら、入団したら俺のが先輩じゃん? 先輩に貴様って呼び方はないでしょ~」
「まだ貴様は先輩でも何でも無い。もし騎士団に入団しても、俺は貴様のことを先輩などとは思わない」
流石にこのレオの言葉にはカチンと来たのか、ドバーから笑みが消えた。
そして剣を構え直すとレオをギロリと睨んだ。
「今のは流石に、カチンと来ちゃったな~。その言葉後悔させてやるよ」
「そうか。同意見だ。俺も、さっき皇女様を侮辱したことを後悔させてやる」
「出来るもんならやってみろっ!!!」
言い切る前に、ドバーがレオに斬りかかった。
怒りに染まった顔で剣を右から左からと打ち込んでくるドバー。
それを躱しながら、冷静な頭で思う。
(なんでこんなやつが騎士団に入れたんだ……?)
攻撃も単調過ぎて、これなら先程までの騎士達の方が余程強く感じた。
最初こそ威勢の良かったドバーであったが、流石にずっと剣を振っていると体力が尽きてきたのだろう、息が上がってきている。
ずっと同じパターンで右から左からと打ってきているが、これでレオが疲れるとでも思っているのだろうか。
むしろ、ずっと剣を振っているドバーより避けている彼の方が体力消費は少ない。
それとも自分の体力のことは考慮していなかったのだろうか。
そう思った時、つい言葉が口をついて出てしまった。
「阿呆なのか?」
「な……っにぃ……!?」
顔を真っ赤にして、威力もスピードも落ちてきていた剣捌きが元に戻る。
怒りが原動力になっているのだろうが、それも長くは続かない。
あっという間に、威力もスピードも落ちて剣をフィールドに突き立てながら肩で息をしている。
「もう終わりか?」
「は……あ……っ!?」
体力も底をついたのだろう。
言い返す声もほぼ喘鳴音で、ドバーの声はほとんど聞こえない。
「じゃあ、次は俺の番だ」
「あ……? っ!?」
ドバーが怪訝そうな表情を浮かべた瞬間、レオが一瞬でその間合いを詰めると、思い切り剣を振り下ろした。
寸でのところで、剣で受け止めたドバーであったが、上から押している形になっているレオは最大限の力を込めて剣を押し込む。
先程でほとんど力を使い果たしてしまった彼は、痙攣する腕で必死に抗う。
押し返す力もあまり残っていない彼の剣はどんどんと眼前に迫ってくる。
ぎゅっと目を瞑り耐えていると、ふっと腕が軽くなった。
レオが諦めたのだとほっとした表情を浮かべた瞬間、さっと腰に着けていた剣帯に剣を引っかけると加減など無いレオの右拳がドバーの腹に入る。
「ぐっ!?」
「座ることは許さない」
よろけてそのまま地面に尻もちを着こうとしたドバーの胸ぐらを掴むと、自身の顔にぐっと近づけて吐き捨てる。
視界いっぱいにレオのオッドアイの瞳が映ると、その両目は深い怒りを宿していた。
暗く深い怒りに圧倒されているドバーの顔に、レオは容赦なく拳を叩き入れる。
一度や二度ではなく、何度も何度も。
「うっ、ぐっ、も、も……やめ……ぶっ」
殴りつけられる度出る呻き声の合間に、滑舌の悪くなった声で制止をしようとするが、レオはその声を無視して拳を上から下に振り下ろし続ける。
容赦なく打たれたドバーの目や頬は見たことも無いくらい腫れ上がっていて、左目は見えているのかさえ怪しいほどだった。
殴り続けられた頬は赤紫色になっていて、鼻や口元からは血を垂れ流している状態だ。
「も……たの……から……」
弱々しい声で訴えてくるドバーに、漸く殴るのを止めたレオは冷たく言い放つ。
「で?」
「で……って……?」
最早あまり頭も回っていないのだろう。
要領を得ない、焦点の合わない目でレオを見つめる。
「止めて欲しいんだろう。なら、言うことは?」
「おえの……まけ……れす……」
「それじゃない」
「え……?」
他に何を言うことがあるのかと、本気で分からないらしいドバーに、レオは再び拳を振り上げた。
すると、顔を腫れ上がらせたドバーは咄嗟に顔を庇い叫んだ。
「す……すいあせんれしあ……っ!!」
「何に」
「え……」
顔を覆い目を瞑る彼に、レオは冷たく見下ろしながら問う。
「何に謝罪をしているのかと聞いている。分からないなら分かるまで殴るだけだ。そう簡単に解放されると思うなよ」
「ヒ……ッ。ゆるひへ……くらさ……っ」
呂律の回らない口で許しを乞う彼に、まだ怒りは収まっていないが、怯えきった相手にこれ以上暴力を振るうのも気が引けたレオはヒントを出してやることにした。
しかし、胸ぐらを掴んだ手は放さないまま。
「お前は、さっき、誰に、何を言った」
「さっき……だえに……?」
頭の足りないやつでも分かるようにと、レオは一つ一つ区切って聞いてやった。
戦闘の直前に言ったのだがな、と内心呆れながら。
暫く、もごもごと口を動かしながら考えていたドバーだったが、漸く思い至ったようでゆっくりと目を見開いた。
まあ、左目は開いてるんだか閉じているんだか判別がつかないけれど。
「気付いたか? 一体、誰に謝罪をするべきなのか」
「……っ」
こんな奴でもダメな皇女と噂の、しかも女の子に謝罪をするというのは、容赦なく叩きのめされてもなお抵抗があるらしいと冷めた頭で思う。
ならば、そのプライドごと粉々になるまで暴力でもって分からせてやるだけだと拳を握り込む。
レオが拳を握り込んだのを見たドバーは、顔を真っ青にして叫んだ。
「ご、ごえんあさいっっ!! すいあせんえした……っ!!!」
「きちんと言え」
「こ、皇女様にしつえいなことをいいましあ……っ!! もうしあけございあせんえした!!!」
それを聞いたレオは、すっとドバーから手を放すと、支えを失った彼はそのまま後ろに倒れ込んだ。
それとほぼ同時にグラディウスの声が響き渡った。
「これにて試合終了!! レオ・ヘルツォークの勝利!!!」
こうして、騎士団入団試験はレオが勝利を収めたのだった――……。




