3.
「……そう、かしら……? だめ、だった……?」
セレーナは少し俯き、ストールを握る手に力がこもる。
良くなかったのだろうか。
人とあまり会話をしてこなかったせいで、良いか悪いかの判断がつかない。
そもそも侍女が何故笑っているのかもわからないのだ。
ヘンテコな所でお礼を述べるものだから我慢出来ずに笑ってしまったのだろうか。
わからず、侍女の顔を恐る恐る見上げてみると、何故かとても優しい瞳をして笑っていた、ように見えた。
そうして、驚いて固まっているセレーナの目線の高さに合わせて侍女が屈むと、優しくセレーナに言った。
「いいえ、いいえ姫様。姫様のお声を沢山聞けて幸せです。私のような者にも感謝の言葉を伝えてくださった事も嬉しいです。姫様を心配している気持ちが伝わったような気がして……」
「し、んぱい……? わたしを……?」
「はい。私はいつでも姫様を心配していますし、姫様の幸せを願っています。姫様が毎日笑顔で過ごされる日々が来る事をいつも願っています」
侍女は諭すように、言い聞かせるように優しく優しく語りかける。
誰にも関心を持たれていると思っていなかったセレーナは驚きを隠せない。
その様子に、侍女は少し困ったように眉をハの字に下げて苦笑しながらも続ける。
「私だけではありませんよ。皇子殿下も、皇帝陛下もです」
「ぇ……?」
驚きのあまり吐息に辛うじて声が混ざったくらいの微かな音しか出なかった。
「その証拠に、こちら皇子殿下からはメッセージカードを。皇帝陛下からは昨夜渡せなかった7歳のお祝いのプレゼントを預かっています。本当は直接お渡しになりたかったそうですよ」
侍女はストールを握りしめたままのセレーナの手を優しく外すと、皇帝陛下と皇子殿下からの贈り物をポケットから出すなんて不敬ですよね……。なんて言いながら、お仕着せのポケットから二つに折り畳まれたメッセージカードとピンクのリボンが巻かれた小さい箱を取り出して、セレーナの手のひらに乗せる。
一先ず父からのプレゼントはラウンドテーブルの上に置いて、兄からだというメッセージカードから見てみることにした。
メッセージカードを開いて見ると、そこには短いけれど兄の優しさが詰まっていて、セレーナは目頭が熱くなる。
『セレーナ
具合が良くないと聞いたけれど、大丈夫かい?
元気になったら、庭園に散歩に行こう。
スフィーダ』
今まで兄から手紙を貰ったことのなかったセレーナは、すんっと鼻を啜ると大事そうにそっとラウンドテーブルの上に置いて、次は現皇帝陛下である父からの贈り物を見てみる。
質の良いサテン地の可愛いピンクのリボンを解いて蓋を開けると、中には雫型の綺麗なガラス細工のネックレスが入っていた。
取り出して朝陽に透かしてみると小ぶりだけれど眩しいくらいキラキラと輝いて、まるで宝石かの様に綺麗だった。
朝焼けのようなオレンジと透明のグラデーションになっていて、何時間でも見ていられそうだ。
侍女も見惚れていたようでハッと我に返ると、冷めてしまいましたね。紅茶と朝食、新しい物をお持ちします!と言って急いで部屋を出て行った。
「……いいのに」
そう呟いても、もう侍女の姿はなかったけれど。
昨日までの自分は、極力人と関わらないようにして生きていきたいと思っていて。
彼女には負担をかけるけれど、侍女も今世話をしてくれている彼女一人だけにしてもらっている。
そんな私の事を、父も兄も本当は煩わしく思っているのではないかと考えていた。
だけど、丁寧な文字で綴られたメッセージから、セレーナを心配してくれているのが伝わってきた。
父からの贈り物も、セレーナの事を考えて用意してくれたんだとわかった。
随分前に好きなものを聞かれて、硝子細工が好きだと答えたことがある。
きっとその時の言葉を覚えていてくれたのだろう。
セレーナは、胸がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
少なくとも私は、家族と侍女に心配をしてもらえるくらいには関心を持たれているのだ。
好きではないかもしれないけれど、嫌われてもいないし、疎まれてもいない。
そう思うと、これからの毎日を少しだけ頑張ってみようかと思う事が出来た。
まずは、今紅茶と朝食を持って来てくれる彼女に、今まで名前を覚えていなくてごめんなさいと謝って、名前を教えてもらおう。
そして、これから自分がどうしていくのかをきちんと考えよう。
セレーナはメッセージカードとネックレスを両手で大事に包んで胸元に当て、さっきより少しだけ位置が高くなった朝陽に照らされた庭を眺めた。
もう少しテンポ良く進めたいのですが、力不足ですみません……><