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37.

 試合の開始と同時に騎士達がレオに向かって一斉に走り出すと、フィールドの端と端に居た彼らの距離はあっという間に縮まる。

 剣を振りかぶりそのまま突撃する者や飛びかかる者。

 この大人数相手では流石に避けられないだろうと思ったセレーナは、見るのが怖くなりぎゅっと目を瞑った。


「すごい……」


 視界を遮断した彼女の耳に兄の呆けたような声が届き、恐る恐る片目だけを開けると、そこには華麗に避けるレオの姿があった。

 大人数相手だというのに彼は一人、また一人と的確に、確実に数を減らしていく。

 なんという剣技だろう。

 真似をしようと思っても出来るものではない。

 並外れた運動神経と動体視力、そして視野の広さと瞬時に判断して行動に移す決断力。

 この全てが備わっていなければ成し得ない動きだ。

 剣を顔の前で構えたまま突進してくる騎士を、軽い身のこなしで避けるとそのままの体勢で、足を後ろに押し出して相手のお尻を蹴って場外に落とす。 

 すると、間髪入れずに飛びかかってくる別の騎士が思い切りレオの頭目掛けて勢いよく振り下ろしてくるがその剣をさっと受け軽く流すと、すぐさま下から剣を上に振り上げて相手の剣を弾き飛ばした。

 そうして次々と倒していくレオに、セレーナは感動で胸が熱くなる。

 ちらりと横を見ると、兄も感動しているのか瞳をキラキラと輝かせてその様子を見ていた。

 しかし、半分ほどの騎士を倒した頃から徐々にレオの動きが鈍ってくる。

 それも仕方の無いこと。

 どんなに剣技に優れていても、大人びて見えても所詮彼はまだ十一歳の少年なのだ。

 子どもの体ではまだまだ未熟で、体力も持久力も無くて当然だ。

 そこは大人の騎士に敵わなくて当然である。

 ここまでほぼ無傷であった彼に、少しずつ傷が出来始めた。

 相手の剣を避けた時に頬を掠めた時の傷や、勢いよく振り下ろされた剣を見誤り腕で受けてしまって出来た内出血。

 みるみるうちに、ボロボロになっていくレオに、セレーナは涙を流して顔を覆う。

 けれど、兄スフィーダがその手をそっと外して真剣な声で語りかけた。


「辛いだろうけど、最後までちゃんと見なきゃ。彼はセレーナの為に戦っているんだよ」

「はい……っ」


 兄の言葉にはっとした彼女は、ドレスの袖で涙を拭うとしっかりと返事をして前を見据えた。

 そんな話をしている間にも、レオの傷は一つ二つと増えていく。

 それでも増える傷の分だけ着実に相手を倒し、とうとう残り五人にまで数を減らした。

 五人の内の一人が正面突破と言わんばかりに、勢いよくレオの元に突っ込んでくる。

 彼の元に辿り着く直前に渾身の力を込めた騎士が大きな雄叫びを上げて、レオに斬りかかった。

 レオはその剣を受け止めきることが出来ず、体勢を崩す。

 瞬時に体を捻って横に転がり避けると、すぐさま向かって来ようとする相手より先にレオが突っ込んで、右から左からとものすごいスピードで剣を打ち込み、騎士は防戦するしかなくレオがどんどんと押していく。

 騎士が場外に落ちるまで手を緩めること無く押し出した。

 今までの戦い方とは違い力で押し始めたレオは、流石に疲れが限界に近いのだろう。

 それにプラスして先程転がり避けて起き上がった拍子に、一瞬顔を顰めた彼の表情をセレーナは見逃さなかった。


(もしかして……足をひねったんじゃ……)


 セレーナの推測は的中しており、右足を庇っているのか、少し動きがぎこちない。

 残る騎士は後四人。

 あと少し。けれど、このまま試合を続行させれば大怪我に繋がるかもしれないと考え、中止にするようグラディウスに伝えに行こうと走りだそうとしたセレーナを、兄が肩を掴んで制止させる。


「ダメだよ。ここで止めてしまったら彼の努力が水の泡になってしまう。セレーナはそれでいいの?」

「でも……っ」

「彼はセレーナの護衛騎士になりたいんでしょう? このチャンスを逃せば、次はきっと五年後になるだろう。……それでもいいの?」

「……仕方がありません。これ以上彼が傷つくのは……」

「本当に? 彼の夢を遮ることになるんだよ。それで本当に良いと思っているの? 後悔しない?」

「だ、だって……っ! このままじゃ公子様が……っ!」


 兄の鋭い問いに、とうとうセレーナは泣き出してしまった。

 このまま終わらせしまっていいの?なんて、良いわけない。良くないことなんてセレーナだって分かっている。

 本心では、誰より一番、彼に勝って欲しいと思っているのだから。

 けれど、足は若干引きずっており、剣を受けた右腕は紫色に腫れ上がっている。

 体のあちこちに擦り傷や切り傷が数え切れない程ついてしまっている。

 そんな満身創痍の状態の彼に、戦って欲しいなんて……ましてや勝って欲しいなんて願えるわけが無かった。

 騎士達が命までは奪わないと分かっているけれど、このままでは骨の一本や二本は折ってしまいそうだ。

 いや、もしかしたらもう折れているところがあってもおかしくはなさそうだった。


(やっぱり、早く止めなくちゃ……!)


 これ以上の大怪我をする前に止めなければ。

 護衛騎士にと望んでくれて、セレーナの名誉を守る権利が欲しいと言ってくれた彼には申し訳無いけれど、心身の健康が一番だ。

 止めてきます、そう口にしようとしたセレーナであったが、兄の真剣な声に遮られる。


「あれ見て」


 兄の視線の先を辿ると、肩で息をして流れる汗を乱暴に拭うレオの姿。

 僅かに苦しそうな表情を浮かべてはいるものの、その瞳は諦めるなんて知らないかのようにギラついていてまるで獰猛な獣のようだった。

 早々にやられた下っ端の騎士達は場外からその瞳を見て、怯んでいるような表情を浮かべている者もいたが、その獰猛なギラついたレオを見たセレーナは、そんな彼にも見惚れていた。

 あんな表情を浮かべられては、止めることなんて出来なくなってしまう。

 だって、彼は諦めていないのだ。闘争心を剥き出しにして戦っている。

 そんな彼を自分の勝手な気持ちで中断してはいけないのだと気付く。

 セレーナは姿勢を正すと胸の前で手を組んで見つめた。

 その様子から、この試合を見届けることにしたんだと悟った兄は肩に置いていた手を静かに下ろすと、またフィールドに目を向けた。

 セレーナ達に見つめられているレオは、足に力を入れて踏ん張り、持っている剣をぎゅっと握り込む。

 余裕の無い表情からは、限界が近いことが窺える。

 いや、限界なんてとうに超えてしまっているのかもしれない。

 彼が自分で言い出したこととはいえ、沢山の騎士達を一人で相手にして、しかもそのほとんどが無傷なのだ。

 極力相手を傷つけない戦い方をしながらここまで来たのだからレオにはとても負担が大きかったことだろう。

 流石にもう最初のような戦い方をする余裕はないらしく、先程からは剣で打ち合ったり防御をしたりする戦い方をしている。

 残っている騎士四人は、騎士としてのプライドがあるのか何なのかは分からないけれど、何人もで一気に攻めたりせず一人ずつ対峙している。

 レオのことを心配しているような表情を浮かべる者もいるようだ。

 その中に混じって、先程セレーナとレオを貶める発言をしたドバーが居る。


(恐らく、最後に良い見せ場を持っていきたいとでもいうところだろう……程度が知れる)


 残っている騎士の中でも、一番後ろからニヤニヤと様子を窺っている。

 大方、レオが徐々に弱っていくところを見て楽しんでいるのだろう。


(後四人……いけるか……? いや、やるしかない)


 一度剣を左手に持ち替えると、右手を握ったり開いたりしながら考える。

 ドバー以外の残りの三人は騎士としての誇りがあるのか優しい人柄か、レオが戦う姿勢に戻るまで静かに待ってくれている。

 とはいえ、これから倒さねばならない相手。

 余計な感情は必要ないと、再び両手で剣をしっかりと握り込むと最後の力を振り絞ってレオは戦いに挑む。

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