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36.

 ドバー・ツヴァイトと呼ばれた青年がフィールドへと上がった。

 レオと同じように軽い身のこなしで上がったけれど、彼に張り合ったのか格好付けているように見える。

 父や兄よりも暗めの金の髪を後ろに撫で付けているつり目の男性。

 ニヤリと口角の上がった表情からは、レオを見下している様子が窺えた。


(なんですかっ! 見るからに公子様をバカにしたような表情をして!)


 セレーナが内心毒づいて頬をこれでもかと膨らませていると、兄が後ろから抱きしめてその頬をつんつんと突きながら話す。


「あー、彼は血統と能力で人を見るからね……。腕はそこそこ立つ人なんだけど、はっきり言って性格は良くないね。騎士団でも問題児の部類に入ってるよ。だから、グラディウス団長の言うことは聞くけど、男爵位のアックスの言うことは聞かないんだ」

「それは……ずいぶん困った人ですね……」

「そうだねー……」


 セレーナも同意を示すと、彼女の頬をぷにぷにしながら心底困ったような表情を浮かべる兄スフィーダ。

 何も言わない父が気になり横を見ると、ドバー・ツヴァイトを見定めているのか真剣な顔で凝視している。

 二人も父の視線の先にあるフィールドに視線を戻すと、丁度これから始まるようだった。

 第二試合を始めようというその時、訓練場の出入り口から一人の騎士が走って来ると、グラディウスに何かを報告している。

 耳打ちしているので何を話しているのかは聞こえなかったけれど、グラディウスがすぐ戻るから暫く待っておくようにと言い残して、走ってやって来た騎士と出入り口の方へと消えて行った。

 その背中が見えなくなると、ドバーはにやにやした表情のままレオに馴れ馴れしい口を利き始めた。


「キミ、棄権しなくて大丈夫?」

「ドバー・ツヴァイト、お前は今レオ卿にとっては試験官も同然だ! 立場を弁えろ!」


 開口一番にレオに対して失礼な口を利いたドバーにアックスがすかさず注意をするが、一瞬心底嫌そうな顔をしただけで、レオになおも話しかける。

 父の魔法のおかげで、彼の失礼な発言達はセレーナ達にも筒抜けである。

 しかし、そんなことを知る由も無いドバーはその後も放言を繰り返す。

 忌み子が高潔な皇室騎士団に入りたいなんて身の程を弁えたら?とか、周りからどんな風に思われてるか気付いてないの?など言いたい放題だ。

 レオはさして気にしていないようで自身の手にある剣を見たまま無言を貫いているが、レオへの暴言を聞いているセレーナは内心腸が煮えくりかえっていた。

 そんなセレーナを兄はまあまあと宥めていたが、次の発言にはにこやかだった兄の表情が強張った。


「あんな皇女の護衛騎士になりたいんだって? 類は友を呼ぶ的な?」

「……今、何と言った?」


 仮にも自国の皇女のことをなんてもの言いをするのかと思わないでもないが、実際セレーナが変わって来ていることを知っているのはまだまだほんの一部だ。

 こればっかりは仕方がないなと気にしていないセレーナであったが、兄に抱きしめられたままの腕の力が強くなったことに驚いて声を掛けた。


「お兄様……? ちょっと苦しいです……」

「あっ、ごめんねセレーナ! 痛いところはない?」


 慌てて謝るとぱっと腕を解いた兄は、あわあわと申し訳なさそうにセレーナの体をチェックし始めた。

 忙しなく、痛いところは?とチェックする兄に、くすくすと笑って大丈夫ですと答えると、本当にごめんね……としゅんと肩を落とす。

 しかし、再び聞こえてきた声に、怒られた子犬のようだった兄の表情が一転して、怒りを露わにした。


「ダメな皇女に、呪い子の君。嫌われている者同士お似合いなんじゃない?」

「こらっ! 私語は慎むように……っ!?」


 アックスが再び注意をしようと声を上げた瞬間、目にも止まらぬ早さでレオがドバーに斬りかかったのだった。

 あまりの速さにアックスも驚いたようで言葉が詰まったようだ。

 寸でのところで避けたドバーに、レオはすぐに体勢を整えると再び斬りかかろうとする。

 驚いていたアックスだったが、すぐに反応して彼の腕を掴んで止めに入る。

 突然斬りかかられたドバーは驚いたのか恐怖か、避けた先で腰を抜かして座り込んでいた。


「おいっ!? 今本気で斬りかかろうとしただろ……っ!」

「だったら何です? この剣じゃどうせ切れませんよ」

「そんなもんで本気で殴ったら怪我じゃ済まん。落ち着けって」

「皇女様を馬鹿にされて黙っていられません」

「少年の気持ちもわからんでもないが……」

「わかって頂かなくて結構です。この手を放してください」

「ダメだ。放したらまた斬りかかろうとするだろ」

「…………っわかりました」


 冷静な言葉とは裏腹に言葉の端々に憤怒の色が窺える。

 それでも己を律していくらか冷静になった彼にほっとしたアックスが手を放すと、レオはセレーナ達がいる観覧席を向いて大声を上げた。

 落ち着いたと思っていた彼の突然の行動に、驚いているアックスだったが一先ず様子を見ると判断したのか口を挟むことはしなかった。


「皇帝陛下っ!!」


 まさか父が見ていたことに気づいているとは思わなかったセレーナは、口元を押さえて驚く。

 父は先程と同じように指をついっと動かすと、室内に響いていた声を消した。

 そして、今度は右側の壁に向かって指を動かすと、何も無かった壁に突如扉が現れる。

 ちらりとフィールドを見てみれば、ほとんどの騎士が気づいていなかったようで場が騒めいている。

 父と共にセレーナ達も、魔法で作った扉から重要人物専用観覧席という名の部屋から出ると、一般の人たちが使用する屋根も無い観覧席に出た。

 父が出て来るのを待ってから、レオは話し掛ける。


「突然申し上げる無礼を重々承知でお願いがあります! 今、褒賞の希望を申し上げてもよろしいでしょうか!」

「申してみよ」


 父の威厳のある声に、場はしんと静まりかえる。

 そんな中、父とレオの声だけが場内に響き渡った。

 セレーナも兄もアックスも、ただ事の成り行きを見守るだけだ。


「この試合に勝てましたら、私を皇女様の護衛騎士にしては頂けないでしょうか! そして、皇女様の名誉をお守りする権利を頂きたいのです!」

「よかろう」

「ありがとうございます!!」


 考える素振りもなく即答した父に、レオは一瞬驚いたように目を見開いたがすぐに表情を引き締めると礼儀正しく腰を折った。

 落ち着いているレオとは対照的に、いつの間にか戻って来ていたグラディウス達が慌てる。

 しかし、皇帝陛下の決定に異を唱えることも出来ず、グラディウスは苦い顔をしながらも、その決定を渋々といった様子で受け入れた。


「……と、いうことになった。では、騎士団の中でも特に優秀なアックスに勝つことが出来れば……」

「いえ、それは必要ありません。ここにいる皆さんでかかってきてください」


 せめて騎士団で二番目に強いアックスと対戦させて勝つことが出来たら……と続けようとしたグラディウスの声を、レオの声が遮る。


「……なに?」


 グラディウスの地の底を這うような低い声が聞こえた。

 以前応接室に入団試験の説明をしに来た時と同じ……、いや、それ以上の威圧感を出して威嚇している。

 あまりの迫力にセレーナはビクリと肩を揺らして怯える。

 ビクビクと涙目で怯える彼女に、兄は肩を擦って大丈夫だよと声を掛け、父も無言で頭を撫でてくれた。

 遠くから見ていてもその迫力は凄まじいのに、対峙しているレオは大丈夫だろうかとセレーナの瞳は心配そうに揺れている。

 その彼はというと、少し緊張した表情ではあるが特に怯んだ様子は見受けられない。

 グラディウスは怒気を含んだ瞳でレオを見据えると、静かに問うた。


「本気で言っているのか?」

「はい」

「あまり私たちを舐めないでもらおうか」


 その様子は、怒り狂った獅子が今にもレオに噛みつかんとしているように見える。

 グラディウスの怒りぶりに怯む様子を見せないどころか、レオは望むところだと言わんばかりに目をギラリと光らせた。


「貴方方こそ、俺を舐めないでください。俺は皇女様のためなら、負けません」

「……いいだろう。では、私は審判として残るとしてアックスお前も……」


 目をギラつかせる彼の表情を見たグラディウスは、ふぅーっと大きく息を吐くと、つい今しがたまでの威圧的な空気を消して冷静に答えた。

 審判以外は全員で戦うぞと声を掛けようとしたが、アックスが一歩早く声を上げる。


「俺、少年がどんな風に戦うか見たいんでパスで!」


 アックスにしては珍しい溌剌とした声でビシッと手を真っ直ぐ上にあげて言うと、折角落ち着いたグラディウスの眉間にこれでもかと皺が寄る。

 ギンッとアックスを睨み付けるも、あはは~……パスで……と引き攣り笑いをしながらも主張は曲げなかった。


「こいつ……っ。では! 私とアックス以外の者全員でレオ卿にかかれ!」


 こんなことをしていてはいつまで経っても試合を始められないと判断したらしい彼は、アックスを無視すると残りの騎士団に声を掛けた。

 この場に居る騎士だけでもざっと五十人くらいはいるだろうか。

 五十対一、人数で言えば……いや、体格で言っても圧倒的にレオが不利だ。

 セレーナは胸の前で手を組んで祈る。


(公子様が怪我をしませんように……っ! 神様……!!)


「剣を手放したり尻をついたら失格! 場外に出ても失格とする! レオ卿が失格になるか、またはその逆か。勝敗が決まるまで時間無制限とする! 子どもだからと手を抜くなよ! 全力でかかれっ! では、はじめっ!」


 グラディウスの合図で、急遽決まった本日最後の試験が開始した。

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