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35.

「アインス・プリモ! フィールドへ!」


 グラディウスが名前を呼ぶと、アインス・プリモと呼ばれた青年が緊張した面持ちでフィールドへと上がった。


「なんだかずいぶんきんちょうしているようですけど、だいじょうぶなのでしょうか……」

「彼はまだ入って一年だからね。こういう場にもまだ慣れていないのだろう」

「お兄様、ご存じなんですか?」


 てっきり勉強と公務ばかりだと思っていたセレーナは、まさか兄が知っているとは思っておらず驚いた。


「時々騎士団と一緒に鍛錬しているからね。それに、国に仕えてくれている騎士なんだ。例えまだ雑用ばかりで剣すら振れない騎士見習いであったとしても把握しておくのは当然だよ」


 優しげに微笑んでいるけれど、その言葉には重みがあった。

 父はこの国のトップである皇帝で、このままいけば兄が次期皇帝だろう。

 それでも、セレーナとは二つしか違わない、まだ九歳だというのに覚悟や責任感があまりにも違い過ぎて、セレーナは居たたまれなくなった。

 漸く脱引き籠もりをしたばかりなのだから、覚悟も責任も兄に到底及ばないことは分かっていたけれど、それでも自分の甘さが浮き彫りになったようで恥ずかしくなる。

 セレーナとは違い、兄は小さい頃から真面目に勉強をして父の背中を見て育ってきた。

 そんな兄に追いつけるとは思っていないけれど、少しでも追いつけるように頑張らなければと意気込む。

 静かにやる気を漲らせているセレーナに兄が、始まるよと声を掛けたことでガラスの向こうでこれから始まる試合に意識を戻した。


「では、第一試合! 始めっ!」


 グラディウスの掛け声で第一試合が始まる。

 レオの対戦相手であるアインス・プリモという青年は切れないよう加工してある剣を力一杯握り込み、じりじりとレオに近づいていく。

 一方、レオはというと微動だにすること無く、ただ静かにアインスを見据えている。

 会場にいる騎士達も試合の様子をただ静かに見守っており、試合中とは思えない静寂が会場を包み込む。

 その静寂がより緊張感を与えるのか、観覧席からでもアインスが気圧されているのが分かった。

 セレーナ達も静かに見守る中、レオの様子を窺っていたアインスが勢いよく剣を振り被ると突撃していった。

 勢いよく向かって来るそれをさらりと避けたレオは、素早く彼の後ろに回り込み剣の先で軽く押す。

 押された彼は、何も出来ることが無いままそのままの勢いで場外へと落ちていった。

 あっさりと勝ってしまったレオにセレーナは興奮して声をあげる。


「見ましたか!? なんというかれいな身のこなしでしょう!」

「中々やりそうだとは聞いていたが、あの年でここまでとは……」

「すごいですね……」


 嬉々として話すセレーナに、父も兄も驚きでいっぱいだった。

 それがなんだか嬉しくて、そうでしょうそうでしょう!とセレーナは満面の笑みを浮かべる。


「そうなんですっ! 公子様はすごい方なのです!」

「どうしてセレーナがそんなに嬉しそうなの?」


 興奮してキャッキャッとはしゃぐ彼女に、兄は笑いながら尋ねた。

 少し逡巡して、それから柔らかく笑って答える。

 見たこともない妹の笑顔に、兄は目を見張った。

 セレーナ自身その笑顔は無意識のものであったのだけれど。


「だって公子様、今まで沢山傷つけられて来たのですもの。もちろん、少しの時間しか過ごしていないわたしが知っていることなんて、ほとんどないのですけれど……。それでも、公子様と接していると時々その傷が見える時があるんです」


 父も兄も黙ってセレーナの話を聞いている。

 何を思っているのかは分からないが、優しい父と兄のことだ、きっとマイナスなことではないだろう。

 そう思い、セレーナはそのまま言葉を続けた。


「傷をいやすことは出来なくても、公子様が少しでも認められて公子様自身が少しずつでもご自分のことを好きになっていただけたらな……と思うのです」


 だから、公子様のことをすごいと言って頂けて……お父様とお兄様に少しでも認めて頂けたようで嬉しいのですとセレーナは微笑んだ。

 するとセレーナの頭に、兄の手がふわりと乗った。

 そのままやさしく撫でる兄を見上げると、そっかと言って顔を綻ばせている。


「セレーナは、レオ卿のことが大好きなんだね」

「はいっ! とってもお優しくてお強い公子様をそんけいしております!」

「そっかぁー……。なんか妬けちゃうなー……」


 兄の言葉に淀み無く、迷い無く答えるセレーナに、兄は頭を撫でながら少し複雑そうに笑った。

 その言葉に不思議そうに首を傾げる。


「あら? わたし、お兄様のことも大好きですよ?」

「っ! 僕もだよセレーナ……っ!」


 感極まったようにがばりっとセレーナを抱き締める兄スフィーダに、くすくす笑って抱き締め返す。

 兄の肩越しに父を見ると、父は何やら目頭を押さえていた。


「お父様? 目が痛いのですか?」


 心配になり声を掛けると、辛そうとも取れる感情を必死に押し殺した声が返ってくる。


「気にするな……っ」

「お兄様っ! お父様が……」


 二人で父の側へ行くと眩しそうに目を細められた。

 顔を見合わせる兄妹に父はまた、ぐ……っと呻き声のようなものをあげる。


「私の息子も娘も可愛すぎるだけだから気にしなくて良い……」

「父上……」


 ちょっと残念なものを見るような目で兄が父を見ているが、部屋で護衛の任についている騎士達は皆、貴方もですよ……と言いたげな表情をしていたけれど、それに三人が気付くことはなかった。

 三人が家族で楽しい時間を過ごしている内に、第二試合の準備が整ったようで、室内に再びグラディウスの声が響いた。


「これより、第二試合を始める! ドバー・ツヴァイト、フィールドへ!」

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