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34.

 今日はレオの騎士団入団試験当日。

 試験前最後の朝の鍛錬を終え、食堂で朝食をとった後は応接室でセレーナとお茶をしていた。

 これから試験とは思えないレオの落ち着きぶりに、流石は公子様だわと尊敬の念を送っていると、コンコンというノックの後にメイドに連れられて入って来たのは、主にセレーナの就寝中の護衛を担当しているアックスだった。

 レオを呼びに来たのだろう。

 案内して来たメイドが一礼して静かに去ると、アックスがセレーナの前で腰を折って挨拶する。


「皇女殿下、おはようございます。本日も……」

「おはようございます、アックス卿。わたしへのあいさつは気にしくてけっこうですよ。レオ卿を呼びに来たのでしょう」


 セレーナが挨拶の口上を述べようとするアックスを軽く手を上げて制すと、本題に入るよう促した。

 紳士的な笑みでお礼を述べると、レオに視線を向けて先程の話し方とは一転、気安い口調で話しかける。


「お気遣いありがとうございます。……久しぶりだな、少年」

「おはようございます。本日はよろしくお願い致します」


 レオはスッと立ち上がって背筋を正すと頭を下げた。

 そんな彼に対して、アックスはへらへらと笑って応える。

 全く騎士らしからぬ様子に、側に控えているマリーが溜め息を吐いて呆れていた。


「まあまあ、そんな固くなりなさんなって。試験相手は俺じゃないんだし……っと、とりあえず訓練場行くか」

「はい」


 アックスが緩い口調のまま話すが、レオの態度は変わることは無い。

 二人が話している間、セレーナは彼が自分に接する時との態度の違いについて考えていた。


「それでは皇女様、失礼致します」

「え、ええ」


 レオの呼びかけで我に返ったセレーナは慌てて返事をした。

 そして、部屋を出ようと背を向けたレオを呼び止める。


「……公子様っ」

「なんでしょう?」

「あの……えっと、が、がんばって……くださいね……っ!」

「はい。必ずや合格してご覧に入れます」


 少し緊張した面持ちで両手に拳を作って声を掛けるセレーナに、レオは優しく微笑むとアックスと共に部屋を後にした。


(公子様はきんちょう……しないのかな……?)


 レオを見送った後、セレーナは父や兄と合流し試験を見学するため訓練場へと向かう。


「おひさしぶりです、お兄様。今日はお時間だいじょうぶなのですか?」

「うん。今日だけ特別に父上にお許しをいただいたんだ」


 道中、兄のスフィーダと久しぶりに会話を交わす。

 『特別に』という言葉に疑問を抱くと、セレーナの疑問に気付いたのかにこにこと笑顔で話を続けた。


「セレーナの護衛騎士候補なんだろう? それに、キミも気を許してるって聞いたよ」

「ええと……それは、なんと言いましょうか……」

「ふふっ、そんな話を聞いたらどんな相手なのか気になるよね。仲良くなれるかなぁ」


 楽しそうに話す兄に、セレーナは曖昧に微笑んだだけだった。

 実際レオは、セレーナ以外ではマリーには警戒心を解き始めているようだったが、それ以外の使用人に対しては警戒心が強い。

 父は皇帝だからだろうけれど、警戒心は感じなかったが、とても距離を感じる話し方だったし、グラディウスとアックスにも警戒心は無かったように見えたが、それ以外の人間には絶対と言って良いほど警戒しているように見える。

 呪い子、忌み子と言われ疎まれて来た彼が周りを警戒するのは、仕方が無いことなのかもしれないとセレーナは思う。

 だから、兄と仲良くなれるかは分からなかったけれど、仲良くなれたら良いなと思った。

 そんなことを考えているとあっという間に訓練場の入口に到着した。

 初めて訓練場に足を踏み入れたセレーナは試験会場までの通路をきょろきょろと見回す。

 それを見た兄は、可笑しそうにくすくす笑っている。


「どうしたのセレーナ? そんなに珍しい?」

「騎士たちはふだんここで訓練をしているのですね……」

「そうだね」

「でも……なんだか冷たいふんいきのする場所なんですね」


 セレーナの発言に、父も兄も目を丸くする。

 まるで今まで考えたこともなかったかのような反応に、セレーナはおかしなことでも口走ってしまったのかと焦った。


「いえ、その……」

「そうか……。そうかもしれんな」


 何か言わなくてはと口籠もっていると、父が静かに頷く。

 え、と顔を上げて父を見てみれば、父は穏やかなようで悲しいような形容しがたい表情をしていた。

 兄を見ると、兄も分からないらしくゆるゆると首を振る。

 何となく口を開くのを躊躇って、残りの数十メートルは沈黙したまま歩いたのだった。

 試験会場である訓練場に到着したセレーナは、その大きさに驚いた。

 セレーナ達がいるのは見学席の中でも重要人物しか利用出来ない、部屋のようになった場所だ。

前面だけがガラス張りになっていて、雨や風の影響を受けず快適に見学する事が出来る。

 早速ガラス越しに場内を眺めると、そこは部屋のように四角い作りでは無く丸くなっており、その中心には石で出来たような正方形のフィールドが設置されている。

 見学席も、この部屋のような見学席以外は特に屋根も付いていなかった。

 六段の階段のようになった見学席を見て、この間グラディウスに教えてもらったことを思い出す。

 年に数回、訓練場を開放する日があるのだと。

 騎士の訓練の様子を見学する催しがあることもあれば、闘技場として使用することもあるのだと教えてくれた。

 腕に自信のある者同士がトーナメント戦をして、目に留まった者を騎士団にスカウトすることもあるのだとか。

 それは見学席が多くて当たり前だと納得した。

 目の前のフィールドに視線を戻し、セレーナから見て左側には沢山の騎士がいて、右側にはアックスとレオがいる。

 その丁度間くらいに、グラディウスが立っていた。

 そろそろ始まるようだ。

 何か言っているようだが、声が全くと言っていい程聞こえない。

 こんなにも離れていて、更には部屋の中に居るのだから当然かと肩をがっくりと落とした。

 すると父は、ああ、忘れていたと言って指をついっと動かした。

 何もない空間に触れるように。

 その瞬間、何も聞こえなかった室内に騎士達の話し声が響いた。

 セレーナは驚いて声をあげる。


「え!? なんですか、今のは!?」

「あれ? セレーナ知らないの? 魔法だよ」

「まほうですか!?」

「うん。あんまり使える人間は居ないけどね」

「そうなのですね……」

「父上は魔法使いの名手なんだそうだよ」


 そんなことは初耳だったセレーナは、それはそれは驚いた。

 魔法なんてものがあったことにも驚いたのに、父が魔法使いの名手だなんて。


(わたしもまほう……使えるのかな? 使えるのなら、人のやくに立てるものがいいな)


 まだまだ知らないことだらけだと猛省しているセレーナの耳にグラディウスの声が届く。


「では、これよりレオ・ヘルツォークの入団試験を開始する。まずはルール説明をさせて頂こう」


 要約すると、今からレオには一人ずつ、合計三人と戦ってもらうそうだ。

 一人目は入団一年の騎士見習い。二人目は入団五年目の騎士。三人目はアックスの次に強い騎士。

 一人目に勝てれば、騎士見習いとして雑用から。二人目に勝てれば騎士見習いとして明日から訓練と、次の昇格試験の資格も得られる。もし三人目に勝つことが出来れば、騎士として登用するということだった。

 そしてこの試験中は、特殊能力の使用は禁止だと最後に言っていた。

 特殊能力とは、魔法のことなんだろうかと疑問に思ったが、そういえば前にレオがグラディウスに対し『オーラ』という言葉を言っていたことを思い出す。

 オーラが何かはわからなかったが、それも特殊能力というものなのかもしれない。

 しかし、今はそれよりレオの試験だと意識を切り替える。

 グラディウスがルール説明をした後、軽い身のこなしで試合のフィールドにレオが立つ。

 その様子を眺めていたセレーナは、ほうっと溜め息を吐く。

 父と兄が、驚いたようにセレーナを見ている。

 視線を感じて、セレーナは二人を見て声を掛けた。


「……どうかしましたか?」

「いや……、セレーナがそんな溜め息を吐くなんて初めてだったから少し驚いて……」

「あ、すみません……っ」


 兄が驚いたまま答えると、完全に無意識の溜め息だったセレーナは恥ずかしくなって、赤くなった顔を両手で隠す。

そ んな二人のやり取りに父は、楽しそうに大声で笑った。


「それ程までに、レオ卿のことを気に入っているようだな!」

「ち、ちが……わなくないですけど……あの軽い身のこなしがすてきだったんですもの……!」

「僕も負けてられないね。セレーナに『お兄様かっこいい』って言ってもらえるように頑張らないと」


 恥ずかしそうに言うセレーナに、兄が決意を新たに意気込んだ。

 その言葉に目をぱちぱちとさせたセレーナが、兄の目を見てキッパリと告げた。


「お兄様はかっこいいですよ。中々お会いすることができなくても、がんばっていらっしゃるのは知っています。わたしはそんなお兄様をそんけいしています」

「セレーナ……。……どうしましょう、父上。僕の妹がとても可愛いです……」

「良かったな。父は二人が仲良くなったようで嬉しいぞ」


 セレーナの言葉に胸を打たれたらしい兄は、心臓のあたりをぎゅっと抑えて滂沱の涙を流している。

 父は嬉しそうににこにこ笑っているし、セレーナは自分の言葉に照れたのか頬を染めていた。

 これから入団試験が開始しようとしている時に、カオスな空間と化した部屋の中で、扉のすぐ側で待機している騎士達は全力で空気に徹していたのだった。

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