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31.

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は、乱暴な表現がありますので苦手な方はお気を付けくださいね。

 オース夫人は涙を流し恐怖に支配された目でレオを見て叫ぶ。

 セレーナは咄嗟にレオの腕にしがみつく。


「公子様……! もう十分ですっ」

「いいえ、まだ足りません」


 セレーナを見ること無く、レオは夫人の首を掴んだままバルコニーの外へと押す。

 首を掴む力を強めているのか、彼の手の甲に薄ら血管が浮き出ており、首を絞められている夫人はヒューヒューとか細い呼吸ながら必死に空気を取り込もうと弱々しくもがいている。


(このままでは本当に落ちてしまう!)


 私のことでそんなに怒らなくていいから。

 私は傷ついていないから。

 だから、その手を放して。

 その思いで、セレーナは産まれて初めて大声を上げた。


「もういいですからっ!!」

「良くありません。この人は皇女様を侮辱なさいました」


 お願いだからその手を放してと目で訴えかけるが、こちらを見てくれないレオには伝わらない。

 冷え切った声で言う彼に、セレーナは必死に訴える。


「わたしは気にしていません!」

「俺がっ!!」


 セレーナの言葉に被せるようにレオが悲痛な声で叫んだ。

 彼のそんな声を聞いたことが無かったセレーナは目を丸くする。

 マリーや衛兵達も驚いている。

 苦しそうに顔を歪める彼に、おずおずと声を掛けた。


「公子様……?」

「俺が……気にするんです……っ」

「……すみません、公子様」


 何故セレーナのことでこんなにレオが苦しい顔をしているのかは理解出来なかったが、きっと自分が至らないせいだと思ったセレーナは、しがみついていたレオの腕をゆっくりと離すと謝った。

 謝ることしか出来ない自分が情けない。

 しかし、今は自分の為にここまで心を痛めてくれている彼に誠心誠意向き合いたいと思う。

 しっかりとレオの目を見つめると、彼の顔が泣きそうに歪む。


「何故皇女様が謝るのですか……!」


 苦しげに言うその声は泣いているようにも聞こえた。

 こんなことまでさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、その気持ちも表情も押し隠してセレーナはレオを落ち着かせるように、優しく語りかける。


「わたしがいたらないばっかりに、公子様にも悔しい思いをさせてしまっていたのですね。もっと頑張りますから」

「なんで……」


 苦しそうに、悔しそうに歪められた表情を浮かべたまま、今もオース夫人の首を掴んだままのレオの手に優しく触れた。

 夫人に傷つけられた手は、あちこち蚯蚓脹(みみずばれ)と切り傷だらけで痛々しい。

 あまりに容赦の無い傷跡に、普段怪我を見ることなどないセレーナは思わず目を背けたくなってしまう。

 けれど、それに目を背けるということは彼の気持ちを無下にすることと同じだ。。

 セレーナは痛くないようにそっと触れると、レオの手がぴくりと動き少しずつ力が抜けていく。


「今すぐはむりですが、いつかダメな皇女だと言われないように、公子様が心を痛めなくてもすむように。ね? だから、もうその手を放してください。わたしは、公子様がわたしのために人をあやめてほしくはありません。公子様がわたしのためにおこってくださったことがうれしいです。それだけで十分なのです」


 セレーナが微笑むと、レオは今度こそ夫人の首から手を放すとそのままだらんと落とす。

 それにより、セレーナの手も自然とレオの手から外れた。

 解放された夫人は床に倒れ込み、一気に空気を吸い込むと苦しそうにむせている。

 もう抵抗も出来ずにただむせ込む彼女に、マリーが駆け寄りその背を擦った。

 夫人への敵意を消したレオはその場に立ち竦んだまま俯き、苦しそうに吐き出す。


「あなたは……っ、優しすぎます……!」


 傷だらけの手で拳を握り込んだその手を、セレーナは再びゆっくりと優しく両手で包み込んだ。

 レオはされるがままに、片手をセレーナに預けている。


「そんなことありません。わたしは、わたしの大切な人たちがきずついたり、きずつけたりするのを見たくないだけなのですから」


 だから自分勝手なんですと言って微笑むと、レオも強張っていた体から力を抜いて弱々しそうに笑った。


「そういうところが優しすぎるというんです……」


 今度は落ち込んでいるような彼の様子が気にはなったが、彼の怒りは治まり、ひとまず安心だと判断したセレーナはマリーに指示を出す。


「マリー。先生をいむしつにつれて行ってさし上げて。手当てが終わりしだい、お帰りいただいて」

「かしこまりました」


 返事をするや、自分の肩に夫人の腕を回すとふんっと持ち上げて立たせた。

 側で見ているだけだった衛兵も慌てて支えるのを手伝う。

 髪が乱れ、もう言葉を発する気力も失ったらしい夫人に、セレーナは声を掛け、思いを口にした。


「先生。わたし、先生のさくひん好きでした。少しだけでしたが、おそわれて良かったです。ありがとうございました」


 きっと、もう会うことはないだろうから。

 馬鹿にされたからと言っても、刺繍を教えに来てこれはいくらなんでも可哀想だ。

 流石に死刑にはならないように父に進言しようとセレーナは心に決める。

 とはいえ、もう家庭教師は続けられないだろうし、二度と城へ足を踏み入れることも許されないだろうが。

 セレーナの言葉を聞いた夫人は、後悔したような表情を浮かべると眉を寄せて俯いた。


「こちらこそ……無礼を申しました……申し訳ございません」

「いえ。お互い様ですわ。お気をつけてお帰りくださいね」

「はい……失礼します……」


 弱々しい声でセレーナと最後の挨拶を済ませると、マリーや衛兵の手を借りて夫人は退室していった。

 扉が閉まるのを見つめながらセレーナは思い、願う。

 悪いだけの人ではなかった。

 少し妄信的すぎたのだ。

 きっと幼い頃から人と違うことはいけないことだと教え込まれてきたのだろう。

 そして、黒髪黒目やオッドアイは忌み子だと、呪い子なのだと教え育てられて生きてきたのだろう。

 それを疑うこともせず今まで妄信してきた結果がこれだ。

 すごい才能を持っているのに、それがきっかけで人生をふいにしてしまうのは勿体ない。

 願わくは彼女のレオへの偏見が少しでも無くなりますように、と。

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