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28.

「公子様っ」

「どうかされましたか?」


午後。食堂で昼食を終えた後、セレーナは鍛錬を再開しようと庭に向かおうとしていたレオを呼び止めた。

すぐ後ろに控えていたマリーが模造刀を差し出すと、レオはぱちぱちと差し出されている剣とセレーナを交互に見比べる。

きょとんとしている顔がなんだか可愛く見えたセレーナはくすりと笑った。


「木刀より、本番に近いものでれんしゅうされた方がよいかと思い用意してみたのですが……」

「いえ、俺は……」


恐縮したように断ろうとしたレオだったが、咄嗟にマリーが何かを耳打ちをすると、ありがとうございますと顔を綻ばせた。

なにを言ったの?とセレーナが首を傾げるが、マリーは微笑んだだけで何も言わない。

レオの方を見てみるが、こちらもにこっと笑うだけで答えるつもりは無いようだ。


(受け取ってもらえたし、いいかな)


二人とも笑っているのだし、悪いことを言ったわけではなさそうならいいかとセレーナは気にしないことにした。

用事も済んだことだし午後の鍛錬の時間を奪ってはいけないと、それではと挨拶をして立ち去ろうと踵を返したところで、今度はレオに呼び止められる。


「皇女様」

「はい?」


くるりと顔だけで振り返ると、レオは先程の笑顔を引っ込め何やら言い淀んでいるようだった。

何か言いにくいことなのだろうかと、体ごとレオの方に向きを変え静かに待つ。

すると、決心がついたのか少し緊張した面持ちで口を開いた。


「あの……午後は何かご予定はおありでしょうか?」

「このあと、かていきょうしの先生がいらしてくださる予定ですが……」

「そうでしたか、失礼しました。それでは……」


ばつが悪そうな顔をすると、慌てて頭を下げて足早に立ち去ろうとする。

それをセレーナが、ごめんなさい、マリーと呟いて素早く走り寄って止めた。

マリーはしょうが無いですねという表情で嘆息する。

レオはと言えば立ち去ることも出来ず、驚いた顔で動けないでいた。


「待ってください。何か用事があったのではないですか?」

「いえ、用事というほどのことでは……。それより、お勉強の準備をされた方がよろしいのではないですか?」

「それはもう出来ているのでご心配には及びません。時間もまだ大丈夫です」

「そ、そうですか……」


彼女のとても真剣な表情にレオはたじろいだ。

セレーナとしては、彼の話ならどんな些細なものであったとしても全て聞きたいと思っているが故の行動なのだが、レオはなんだか居心地が悪そうに瞳を泳がせている。


「それで、公子様のお話は……あ、もしやここだとお話しにくいことでしょうか? それでしたら、すぐにおうせつしつにごあんない……」

「いえっ! 大した話では無いのでっ!」


いつも目を見て話す彼らしくない様子に、もしや!とセレーナはばっとマリーを振り返る。すると、彼女もまたこくりと頷き、応接室の準備へと動き出そうとしたところをレオが慌てて止めた。

待ってください!と言わんばかりの焦った様子に、二人は一旦留まる。

それを見て、ふぅと安心したように息を吐き出すと、覚悟を決めたのか少し頬を赤らめながら話し出した。


「その……もしこの後ご予定が無いのでしたら、見学されませんかとお誘いしようと思っただけなんです……」


言いながらどんどん顔を赤く染めていき、言葉も段々と小さくなり最後は両手で顔を隠してもごもごと話しているので最早何を言っているのか聞こえない。

穴があったら入りたい……と真っ赤な顔で呟く声が聞こえた瞬間、セレーナもマリーも吹き出した。

淑女たるもの声を出して笑うなんてマナー違反だとわかってはいるけれど、我慢出来なかった。

いつもは咎めるマリーも今回はそんな余裕も無いようで、俯いて肩を揺らして笑っている。

声を出して笑わないところは、流石マリーとしか言い様がない。


「ごめっ、ごめんなさい……! 笑うなんてしつれいですよね……っ。でも、なにかあったのかと思ったから……っ」

「いえ……。いっそ笑って頂けて良かったです……」


笑いすぎで涙を拭うセレーナに、レオは居たたまれなさそうに返事をする。

やっと笑いが治まってきたマリーが、レオ卿は意外とお茶目なところがおありなのですねと言うと、まだ赤みの引かない顔でやめてくださいと小さくなった。

その様子にまた二人が笑うと、レオも相好を崩す。

食堂に三人の楽しそうな笑い声が響くと、彼の後ろからセレーナの父でありこの国の皇帝でもあるヴァルールが部屋に入って来て、声を掛けた。


「なにやら楽しそうな声が聞こえるね」


にこやかに突然登場した皇帝にレオは、ビクゥッと肩を跳ねさせると慌てて振り向き挨拶をしようとしたが、軽く手で制止される。


「正式な場でもないのだから、楽にしてくれ。それにしても、折角の楽しい時間に水を差してしまったかな」

「いえ……」

「大丈夫です、お父様。公子様とはいつでも仲良しですもの」

「そうか」


午前の公務を終えたらしい父が、昼食を摂りに来たようだった。

申し訳なさそうに笑っているが、嬉しそうなその顔は優しい父親の顔をしている。

レオが緊張した面持ちで返事をすると、セレーナがレオを庇うように父に答えた。

彼女の言葉に驚いた様で、レオは目を見開く。

 しかし、父はといえば特に気にした風もなく嬉しそうに微笑むだけだった。


「そうだ。セレーナを助けてくれたそうだね。礼を言うのが遅くなってすまない。本当にありがとう」

「……いえ、当然のことをしたまでです」

「何か褒美を与えよう。何か欲しいものはあるかい?」

「お気持ちだけで十分にございます」


 父がレオに問いかけるけれど、彼は顔色を変えること無く辞退する。

 父は困ったように笑んで優しく声を掛けた。

 その間、セレーナもマリーも口を挟むことなく、静かに二人のやり取りを見守ることにしたが……。


「そう恐縮しないでくれ。ほんの感謝の気持ちだ。何を贈ってもセレーナを救ってくれたことに比べると足りはしないのだが……」

「本当に大丈夫です」

「んー、では金貨千枚でどうだろう?」

「私にお金は必要ありません」

「では、家でも建てようか?」

「いいえ、そのお金は国民の為にお使いください」


 命の危機を救ってくれたことは今でも感謝しているが、褒賞にしてはやり過ぎではないだろうかとセレーナは思う。

 それは決してレオの行いを軽く見ているとかでは断じて無く、むしろ一人で悪漢達を倒した彼には十分その褒美を受け取る資格はあると思っているのだが、自分にそこまでの価値があるとは到底思えないのだ。

 金貨千枚というと、一番栄えている帝都でも小さい庭が付いた家ならば一軒建てられるくらいだ。

 田舎ならば二軒は余裕で建てられるだろう。

 もしくは田舎に一軒家を建て、贅沢をしなければ一生働かなくても生活出来るくらいの金額だ。

 普通の人間ならば驚きつつも喜んで飛びつくだろう提案でも、レオはただ静かに頭を下げて固辞するだけだった。

 父は参ったなというように溜め息を吐く。


「困ったね……流石に娘の命を救ってくれた恩人に何もしないのはこの子の父親として、そしてこの国の長として認めることは出来ないよ。では、何か欲しいものを考えておいてくれ」

「……わかりました」


 眉をぴくりとも動かさず、ただただ静かに答える。

 先程まであんなにころころと表情を変えていたのが嘘みたいだ、とセレーナはレオの横顔を見つめながら思う。

 それは父も感じていたのか、苦笑を零すと明るい声で話を変えた。


「そうそう。セレーナに名前をもらったんだって?」

「はい。最高の名を頂きました。この名が私の一番の褒美です」

「そうかぁ……。それには敵わないだろうけど、私との約束もよろしくね」


 名前をもらったことが一番の褒美だと言い切ったレオに父は苦笑すると、自分からの褒美もちゃんと考えてねと念を押す。

 ああ、話が戻ってしまったねと眉を下げて笑った姿はセレーナに重なるものがある。

 レオは少しだけ表情を緩めて、いえと頭を下げた。


「それで、さっきレオ卿が言っていたことだけれど」


 何を指しているのかわかっていないらしいレオが沈黙していると、父はぱっと笑顔を浮かべるとうきうきとセレーナを見る。


「鍛錬の見学、させてもらったらどうだい?」

「え」


 セレーナが答えるより早く、レオの素の声が聞こえるとすぐ、んんっと喉の調子を整えるような声が聞こえた。

 誤魔化そうとしているのだろうが、誤魔化し切れていない。

 セレーナもマリーもふっと吹き出しそうになったのを咄嗟に堪える。

 二人とも俯いて肩がふるふると震えているのを見たレオは、頬を染めてこほんっと咳払いをする。

 もう限界だった。セレーナは吹き出した。マリーは辛うじて堪えているようだが、こちらも今にも吹き出しそうだ。


「あはっ、公子様……! おっかし……っ」

「姫様……わら……っては……し、失礼……ですよ……っ」

「マリーさんもです」


 可笑しそうにくすくすと笑い続けるセレーナを咎めるマリーの声も、必死に笑いを堪えているが明らかに声が震えている。

 少し拗ねたような口調で言うレオに、二人はまたくすくすと楽しそうに笑う。

 父は眩しそうにその様子を眺めて笑顔で頷くと、よし!と声を上げた。

 父の存在を忘れてしまっていた三人は、慌てて表情を切り替えて父を見たが、そのままでと優しく言われて三人は少し肩の力を抜く。


「私から家庭教師の先生に言っておくから安心しなさい。今日はバルコニーでレオ卿の鍛錬を見学しながら授業を受けるといい」

「いいんですか!?」

「勿論。レオ卿、セレーナのことをこれからもよろしくね」

「はい」


 セレーナを始めとする三人は一礼をして退室し、各々の目的地へと向かうため一度別れる。

 レオはセレーナから贈られた剣を手に庭へ。

 セレーナとマリーは授業を受ける主室へと。

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