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27.

 昨日、レオがセレーナの部屋のすぐ下にある庭で鍛錬をしていたのを見た時は、彼の好意に甘えてすぐ近くで見学させてもらったけれど、やはり邪魔になるのでは……とセレーナは心配になった。

 なので、次の日からはバルコニーからそっと眺めることにしたセレーナであったが、彼女がそこから顔を出すと、素振りをしていたレオがふっと顔を上げる。

 邪魔にならないように、気が散ってしまわないようにと細心の注意を払って静かに移動しているので足音は鳴っていないはずなのだが、それでも彼はセレーナに気付く。

 そしてセレーナに気付くとふっと表情を和らげて声を掛けるのだ。


「おはようございます、皇女様」

「おはようございます」


 柔らかく笑う彼に、セレーナも顔を綻ばせる。


「なんですか、この付き合いたてのカップルのような甘い空気は……」


 セレーナのすぐ側で温かい紅茶を淹れていたマリーがじと目でぼそりと呟く。

 レオが側に控えていたマリーに気付き、軽く頭を下げたのを見てマリーも会釈する。

 早朝鍛錬を見学したあの日、セレーナがネグリジェ姿で出歩いていたのを見たマリーは着替えを手伝いながら、淑女たるもの気品が云々と噛んで含めるように言い聞かせた。

 そして翌日からは、監視という名目でセレーナの早起きに付き合ってマリーも早朝から給仕に勤しんでいるのである。

 実際は、誰かに見られると外聞が悪いというのは建前で、体が冷えて体調を崩さないか心配というのが本音なのだろう。

 だからこそ、バルコニーから見学しているセレーナの肩には彼女が用意したストールが掛かっているし膝には保温性の高そうなボアの膝掛けが掛かっている。そして、今だって淹れ立ての紅茶からはほかほかと湯気が立っていた。


「さあ、姫様。お体が冷えてしまいますので、こちらをお飲みください」

「ありがとう、マリー」


 お礼を言って淹れ立ての紅茶を一口飲んだあと、いつも飲んでいる馴染んだ味ではない紅茶に首を傾げてマリーを見た。


「これ、いつもと違う……よね?」

「ハニージンジャーティーです。生姜が入っているので体の内側からぽかぽかしてくるはずです」

「……ありがとう、おいしい」


 セレーナが幸せを噛み締めるような笑顔を浮かべると、マリーも顔を綻ばせて軽く頭を下げる。

 紅茶のカップを両手で包み湯たんぽ代わりにすると、今は腕立て伏せをしているレオに視線を戻す。

 真剣な表情で鍛錬に取り組むレオを見ながら、セレーナはふと思う。

 最近周りの人の笑顔が多くなった気がする、と。

 それは、セレーナ自身の笑顔が増えて明るくなったことに他ならないのだが、本人は気付いていない。

 数ヶ月前までは、マリーを始め使用人達も皆笑ったところなんて見たことが無かった。

 ただ黙々と日々の業務をこなしているだけだった……と思う。

 引き籠もっていたセレーナは部屋の中に居ても、城の冷たさを感じていた。

 沢山の人が働いているはずなのに、ほとんど人の声なんて聞こえてくることはなかった。

 笑い声なんて聞いた記憶が無いほどに。

 それが最近では、たまに庭掃除をしているメイドの笑い声が聞こえてくることがあるし、厨房だって見学し始めた頃は殺伐とした空気だったように感じたが、最近は相変わらず忙しそうではあるが和気藹々としているように思う。

 廊下でメイドや執事とすれ違うと、時々内緒ですよと言ってお菓子を渡されたりもしている。そして、マリーに見つかって怒られると、大の大人達がしゅんとしているのが可笑しくて皆で笑ったりすることもある。

 冷たくて硬質だと思っていた城だったが、今では温かくて優しい色をした城だと思う。

 まだまだ人見知りもするし、セレーナの日常生活で良く会う使用人としか話したりも出来ていないけれど、セレーナを見かけると笑顔で挨拶してくれる使用人もできた。

 少しずつだが、良い方向に進んでいるのではないだろうかと期待が膨らむ。

 このままいけば、予知夢を阻止出来るかもしれない。

 もうほとんど思い出せなくなっているけれど、あの夢の男の人が、今庭で鍛錬に打ち込む彼だったらいいのになと思う。

 カップの縁を親指で撫でながら考えに沈んでいたセレーナだったが、ふと庭に植えられている木に立てかけられた木刀が目に留まる。


「そうだ。試験本番はほんものそっくりのけんを使うのよね?」

「はい。そう聞いております」

「じゃあ、あの木のけんじゃなくて試験で使うようなけんの方がいいってことよね?」

「おそらくは。ですがレオ卿の場合、木刀で練習していても問題ないように思いますが……普通はそちらの方が良いかもしれませんね」


 マリーに聞いてみたけれど、彼女も詳しくはないようだった。しかし、わからないと言わなかったということは、彼女は推測や憶測でいい加減なことを言うはずがないため、アックス辺りに聞いたことがあったのかもしれない。

 カップをラウンドテーブルの上に置いてあるソーサーに戻すと、やっと何か出来る!と言わんばかりの笑顔でマリーに指示を出す。


「そうよね! じゃあ、午後から早速使えるようにもぞうとうを用意しておいてくれる?」

「かしこまりました」


 レオを護衛騎士にしたいと言ってから数日、何も出来ることがなかったセレーナは内心もどかしかったのだ。

 彼の為に何かしたいのに、鍛錬しているのを眺めるしかなくて役に立てない自分に自己嫌悪もしたが、漸く役に立てそうなことが出来てテンションが上がる。

 セレーナの喜ぶ姿にマリーは目尻を下げて微笑むと、楽しそうな声が聞こえたのか、腕立て伏せを終えたらしいレオが立ち上がりバルコニーに視線を向けた。

 ぱちりと目が合うと、レオも優しい表情で笑っていてセレーナははしゃぎすぎたと顔を赤くして小さくなる。

 その様子にふっと吹き出すと、腕で口元を押さえながらくすくすと笑い続けるレオに、両手で口元を隠し、はにかんだような笑顔を浮かべるセレーナ。

 幸せそうな空気を壊さないよう、マリーは一礼すると模造刀の準備をしに静かに退室する。

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