25.
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今回は、アックスとグラディウス団長の雑談回です。
アックスとグラディウスは応接室を出ると、赤い絨毯が敷き詰められた長い廊下を歩きながら話していた。
二人はこれから訓練をするため騎士団の訓練場に向かっているのだが、その道中で応接室であった出来事を話しているのだ。
グラディウスは先程のセレーナの様子を思い出しているのだろう。優しい表情をしている。
「殿下は随分と明るくなられたようだな」
「だから言ったじゃないっすかー。明るくなりましたよって」
アックスが軽い口調で答えると、グラディウスの顔からはみるみる優しい表情が消え、代わりに眉間に深い皺を刻むと苦言を呈した。
「そうだな。というか、前々から言っているが、お前のその話し方はなんとかならんのか」
「すんません。でも、二人ん時だけですから大目に見てください」
両手を合わせて、ね?ね?と可愛い子ぶった表情で言うアックスに嘆息する。
他の人間が居る前ではここまで軽口を叩くことはないのだが、長年の付き合いである二人の間ではいつものことだ。もう今年で十二年目になる。
アックスがまだアカデミーに通っていた頃、特別講義としてその当時から団長をしていたグラディウスが講師として招かれたことがあった。
そこで剣術の授業をしたところ、アックスの筋の良さに目を留めたグラディウスは、卒業後は騎士団に入らないか?とスカウトしたのだ。
そしてアックスはといえば、男爵家の次男で特に跡を継ぐことも無かったため、騎士になれば将来安泰かと気楽に考え、卒業後騎士団への入団を決めたのだった。
入団すると、ここまでするのかと思うくらいグラディウス直々にしごかれた。
それまで、大して体を動かすことのなかったアックスにとっては、地獄の始まりだった。毎日体が酷い筋肉痛で起きるのも辛く、訓練後はベッドにダイブすると、夢を見ることもなく一瞬で深い眠りに落ちて朝を迎える日々だった。それでも辞めたいと思ったことはなかったし、今でもそれは変わらない。
そんな厳しいグラディウスだったが、一から教えてくれたアックスにとっては、師匠のようなものなのだ。
懐かしい思い出に耽っていると、グラディウスの声が聞こえて現実に引き戻された。
「やはり子どもは子どもらしいのが一番だ」
遠くを見つめ、そう言うグラディウスの声はとても優しかった。
アックスにとっては鬼のように厳しい師匠でも、グラディウスは五人の孫を持つ、所謂おじいちゃんだ。
そんな彼にとっては、セレーナも孫みたいなものなのだろう。
「今日は俺達が居たからちょい控えめな感じしましたけど、昨日レオ卿と侍女しか居なかった時はもっと子どもらしかったですよ。レオ卿とは助けてもらった時が初対面だって聞いてたんすけど、どうなんすかね」
「さあな」
「でも、レオ卿も話で聞いてた感じとは随分違うっぽかったですよね。こないだ殿下の護衛についていた見習い騎士からは、すごく怖くて冷たかったって聞いてたのに」
「どうだろうな」
「えー、なんすかその意味深な返事はー」
グラディウスはぶーぶーと口を尖らせているアックスを無視する。
この二人の間ではアックスの軽口と同様に、これもまたいつものことなのだ。
特に気にしていないアックスは、でもまあと、さっきよりも少し真剣味を帯びた声で呟く。
「殿下とレオ卿から見えない絆? みたいなのは感じたなぁ」
「なんだそれは」
「なんでしょう?」
へらりと笑ったアックスに、グラディウスははあ、やれやれと言わんばかりの溜め息を吐きゆるゆると首を振った。
アックスは昨日のやり取りを思い出しているのか、視線を天井に向けながら手を顎に添えながら話す。
「俺にもよくわかんないんすけど、殿下もレオ卿に側に居て欲しいみたいだったし、レオ卿も殿下の護衛騎士になりたいっつってましたしね」
「殿下は先日の花まつりに参加されるまで、街に下りたことは一度もないぞ」
「そうなんすよねぇ。だからなんで殿下とそんな親しげなのかがわかんないんすよー」
親しげっつうか、懐いてる?とアックスは腕を組み、首どころか体ごと傾けて頭に疑問符を浮かべている。
しかし、疑問が解決することはないと思ったのか早々に考えるのを放棄したらしい彼は、今度はらんらんと瞳を輝かせながら尋ねた。
好奇心でいっぱいだというのを隠そうともしない瞳を見て、グラディウスは呆れる。
「レオ卿の目、見ました?」
「オッドアイのことか?」
「違いますよー。いや、それも珍しいんすけど」
そう言い置くと、瞳をキラキラと輝かせて胸の前で手を組んで祈るようなポーズを取り、夢見る乙女のような表情をつくると、殿下を見る目がめっちゃ優しくなかったっすか!と言い出した。
なにを言い出したかと思えば……とグラディウスは呆れたように本日何度目かの嘆息をすると冷たくあしらう。
「知らん」
「えー、冷たくないですー?」
殿下のこと好きなんすかねぇ!と嬉しそうに……いや、新しい玩具を見つけたような愉しそうな声で言う。
「何故私がおまえと恋愛について話さねばならんのだ」
「いいじゃないっすか! おっさん同士でも恋バナくらいしましょうよー」
「やかましい! おまえと一緒にするな! こっちは今年六十一になるんだぞ!」
「全然いけますって! こう……全体的に若々しいし?」
「適当なことを言うな!!」
怒声と共にアックスの頭に勢いよく拳を振り下ろすと、ゴンッという鈍い音とほぼ同時にアックスが蹲る。
ふんっと鼻を鳴らしてスタスタと歩き去って行くグラディウスの後ろ姿を、ぶたれた頭をさすりながら慌てて追いかけていく。
「そんな怒んなくてもー。もう、怒りっぽいんだからなー」
そんなに距離があったわけではなかったのですぐに追いつくと、まだジンジンと痛む頭をさすさすと撫でながら文句を垂れた瞬間、グラディウスの瞳がギラリと光った。
「もう一発いっとくか?」
「すんませんでしたっ!」
今しがた殴られた拳をちらつかせるグラディウスに、アックスは調子に乗りすぎたと慌てて謝る。
「ああ、アックス」
「……はい?」
そんなアックスに、先程までの怒りが消えたような凪いだ声で名前を呼ぶグラディウスに嫌な予感がした。
冷や汗をかきながら、頬を引き攣らせて返事をする。
若干声が上擦っている。
「おまえ、訓練場着いたら城の周りの警備を兼ねて五十周な」
「嘘でしょ!? いやいやいや、どんだけ広いと思ってるんすか!? しかも俺、夜勤明け……」
「百がいいと」
今日は天気が良いなとでもいうような、何でもないことのようにさらりと告げた上官の言葉に思わず叫んでしまい、慌てて口を押さえる。
しかし、話しながら歩いている内に城の外に出ていたため、アックスの声が響き渡ることは無く、ほっと胸を撫で下ろす。
城の中で叫んでいたら、それこそ大目玉を食っていた。
城外を百周なんてものでは済まされなかったことだろう。
「いえっ! 五十周喜んで走らせてもらいます!!」
「よろしい」
アックスは内心絶叫しながらも、これ以上上官の機嫌を損ねないようにとビシリと敬礼した。
その様子に満足げに頷くと、二人は訓練場の中へと入って行ったのだった。




