24.
「さて、それでは彼の名前も決まったところで試験の話をしたいと思います」
「よろしくお願いします」
グラディウスが咳払いをすると、説明が始まった。
「試験は一週間後、この城のすぐ側にある訓練場で行わせて頂きます。試験内容は単純明快、皇室騎士団相手に勝ってください。一対一で勝負をして頂きます。五戦中、一回でも勝てたら騎士見習いとして認めましょう」
「……わかりました」
「まってください!」
レオがこくりと頷くと、セレーナは咄嗟に待ったをかけた。
グラディウスはにこやかに笑ってはいるが、異論は認めないという空気をビシビシと感じる。
セレーナはこういう威圧的な空気を出す貴族を見たことがあった。
笑顔を浮かべていても、それは楽しくて笑っているわけでは無い。笑顔を貼り付けて相手を威圧しているのだ。そして、相手が怯んでいるのを見下ろし自分の意見を通そうとしたり、時には相手を利用し、操作しようとしていることもある。
それが怖くて、嫌で、そういうものからも逃げて部屋に閉じこもったのだ。
だが今日は引き下がれないと、震えそうになる自分を叱咤して、ビクビクとしながらも声を上げる。
「こ、公子様は、わ……わた、わたしが護衛騎士にと……」
「それは出来ません」
グラディウスは怯えるセレーナを一瞥するも、きっぱりと告げる。
ばっさりと切り捨てられたセレーナは両手を胸の前で握り、震えながらも言い募ろうとした。
すると、レオがさっと二人の間に入ると、自分の背にセレーナを隠したのだ。
レオの背中からちらりとグラディウスの様子を窺い見ると、彼は表情を変えることなく、むしろ貴殿もなにか?とでも言いたげな無言の圧力が強まったように感じる。
セレーナはビリビリと肌に電流が走るような感覚を受けて、思わず顔を背けてしまった。
そんな彼の圧力を正面から受け止めているはずのレオは、怯んだ様子も無く、構わず進言する。
「そのオーラ、やめていただけませんか? 皇女様が怯えています」
「ほう?」
グラディウスの威圧的な空気が少し弱まったところで、くるりと振り向くとセレーナの両手を取り跪いた。
「すみません、皇女様。折角護衛騎士にと声を掛けてくださったのに。絶対に試験に合格して、出来るだけ早く護衛騎士になれるように頑張ります」
そこで一度言葉を切ると、セレーナと目を合わせて微笑んだ。
「だから、それまで待っていていただけませんか?」
「……はい」
レオの言葉に、不安げに瞳を揺らしていたセレーナもこくんと頷くと、グラディウスは威圧していた空気を解き、ふっと表情を和らげた。
そして、威圧する前のような優しい声で謝罪をした。
「殿下、怯えさせてしまい誠に申し訳ございません」
「……いいえ。わたしがわがままを言いました」
グラディウスは騎士団のトップだ。
そんな地位にいる人が、個人的な感情で決めることはないだろう。
騎士団のトップとして決定したのだ。
アックスも言っていた、騎士でもないレオが突然護衛騎士になると周りからの反発も起こり得ると。
きっとそういう諸々の事情を考慮して下した決定なのだろう。
例外はあるとはいえ、まだ入団試験も受けられない年齢の彼が、こんなにあっさり試験を受けられるようになったこと自体が奇跡みたいなものなのだ。
なにせ、グラディウスやアックスが直々にスカウトしてきたわけではなく、騎士のことなど何も知らないセレーナが勝手に護衛騎士にしたいと連れてきたのだから。
いくらアックスがグラディウスに多少良いように話してくれたのだとしても、会ったこともない少年に入団試験の資格を与えるのだ。
もっと慎重に、いや、そもそも取り合ってもらえず一蹴されて終わりでもおかしくはなかったのに、騎士見習いとはいえ入団するチャンスを与えてくれたのだ。
これはグラディウスなりの優しさだったのかもしれない。
それに異を唱えるというのは、してはいけなかったとセレーナは反省した。
(もっとしっかりしなくちゃ。大人になるのよセレーナ)
「わたし、もっとべんきょうもがんばります!」
突然脈絡無くふんっと意気込んで言うセレーナに、一同頭に疑問符が飛んでいるような表情を浮かべたが、レオの手を離して両手をぐっと握り込み、気合いを入れているセレーナを見るとほっこりと和んだ空気が流れた。
しかし、これでは話が進まないと思ったのか、マリーがこそっとセレーナに耳打ちをする。
「姫様、話の腰を折ってはなりませんよ」
途端にぴゃっと驚いた表情を浮かべて、ど、どうぞ!と慌てて続きを促す。
「元気があってよろしいかと存じます」
グラディウスは穏やかな声で言うと、こほんと咳払いを一つして本題に戻した。
話を戻したりする時に咳払いをするのは彼の癖らしい。
「えー、そういうことなので一週間後の試験に備えておいて欲しい」
「わかりました」
先程の、威圧したにもかかわらず、怯むこと無くセレーナを守ろうと進言したレオの姿を見て少しは認めたのか、グラディウスの口調が少し砕けた。
しかし彼の口調が砕けても、レオの表情はぴくりとも変わることはなかった。
「ただ……言いにくいのだが、まだ騎士ではない貴殿に訓練場の使用許可を出せなくてね……。申し訳無い」
「問題ありません。日々の鍛錬はどこでも出来ますので」
申し訳なさそうに謝るグラディウスに、特に気にした風もなくレオが返す。
すると、セレーナが嬉しそうに提案をする。
「では、わたしの部屋のすぐ下にある庭をおつかいください」
「いえ、自分は森にでも……」
「せめて、これくらいはさせてください。あ、でもご迷惑でしたら無理にとは……」
レオは辞退しようとするも、セレーナのしょんぼりとした表情を見ると言葉を詰まらせた。
それを、困っていると捉えたセレーナは悲しそうに目を伏せる。
その瞬間、レオは反射的に口を開いた。
「いいえ!」
勢いがつきすぎてしまい少し声が大きくなったらしく、彼自身吃驚しているようで右手で口元を押さえている。
しかしすぐに気を取り直すと、真剣な表情でセレーナを見つめて言った。
「皇女様にされてご迷惑なことなどありましょうか。では、有り難く使わせていただきます」
「はいっ!」
苦笑を零したレオが申し出を受け入れると、セレーナの顔に笑みがこぼれた。
「ではレオ卿、申し訳ないが一周間殿下の庭で試験の準備をしておいてくれ。当日、また呼びに来よう」
「はい。よろしくお願いします」
それまでずっと黙っていたアックスが言うと、レオは二人に礼を言って頭を下げた。
こうしてレオの入団試験の話が纏まった。




