23.
一夜明けて、家族やカースと朝食を終えるとそのまま彼を再び応接室へと招く。
昨日と同じソファに腰掛けて、マリーが淹れてくれた食後の紅茶を飲みながら、昨夜はよく眠れたか、朝食は口に合ったかなどと談笑をしていると、コンコンとノックの音が響いた。
はいとマリーが返事をすると、ガチャリと扉が開き二人の男性が入って来る。
先に入って来たのは、大柄で白髪の六十代くらいの男性で、二人目はその直ぐ後ろに居たアックスだ。
今日は無精髭はなく、綺麗に剃られているところを見ると、昨日は夜勤明けで休みだったのかもしれない。
「おはようございます。皇女殿下」
先に入って来た白髪の男性が低く渋い声で挨拶をすると、男性とアックスは右の拳を胸の前に当てると腰を折り、一礼をする。
「おはようございます。アックス卿からお話は伺っています」
今朝起きた時にマリーから、朝食後カースの試験について話があると報せを受けていた。
「では、彼の試験について早速お話させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
六十代くらいの男性は、カースの方に向き直ると一礼をして自己紹介をした。
「初めまして。私は皇室騎士団団長のグラディウス・オールディンです」
「初めまして。カー……」
「それは名前ではないのでしょう」
グラディウスが名乗った後、続いてカースも名乗ろうとしたが制止された。
彼は僅かに怪訝な表情を浮かべたカースを一瞥してから、セレーナの方を見るとにこやかに告げる。
「試験の話をする前に、まずは皇女殿下に名前を付けて頂くのはどうでしょうか。勿論、貴方に拒否権はあります。自分でお決めになっても構いませんよ」
「わたしになまえなんて……」
「お願いします」
セレーナがたじろぎ両手を左右にぶんぶんと振って断ろうとするも、言い切る前にカースの凛とした声が室内に響いた。
驚いてカースの方を見ると、彼は真剣な眼差しでセレーナを見つめている。
一瞬息を詰めたセレーナだったが、すぐに申し訳無く思いながらもおずおずと窺うように説得を試みた。
「わたしに名前をつけられるんですよ……?」
「はい、お願いします」
「名前をつけたら一生その名前でよばれてしまうんですよ……?」
「幸栄です」
「へんてこな名前しか出てこないかもしれませんし……」
「構いません」
「本当にわたしでいいんですか……?」
「お願いします」
「あ、あとでイヤだったはなしですからね……」
「勿論です」
最後までもごもごと抵抗をしてみたけれど、どの言葉にも間髪入れずに返ってきて、最終的にカースの熱量に負けたセレーナは名前を決めることに承諾した。
(一生……名前…………)
変な名前は付けられないと、周りに人が居ることも忘れ、目を瞑ってうーんうーんと唸って名前を考えた。
セレーナ以外の四人はただ静かにその様子を黙って見つめる。
暫くすると、あ!と良い名前が閃いたようで、目を開くとぱあっと明るい表情を浮かべたのも一瞬、四人に見られていたことに気付いたセレーナは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
それを見ていたグラディウスがにこやかに声を掛ける。
「良い名前が決まったようですね」
「え、ええ……まあ」
「では、彼に名前を」
グラディウスに促されてセレーナは深呼吸すると、気に入ってもらえるといいのだけど……と一言言い置いてから口を開いた。
「レオ。今日から公子様のお名前はレオ・ヘルツォークでどうでしょうか」
「……なぜその名をお決めになったのかお聞きしてもよろしいですか」
覚悟を決めて名前を告げたというのに、彼は喜ぶでもなく不満そうでもない、どう捉えていいのかわからない表情だった。
(気に入らなかったのかしら……)
先程までは名付けて欲しそうだったから、喜んでくれるかと少し期待してしまった。
セレーナは先程までの緊張や高揚が一気に萎んでいくのを感じた。
それでも、表に出さないように努めて冷静に答える。
「ゆうかんでつよく美しい人と言う意味と、これから先は、たのしい人生をあゆめますようにという願いを込めてレオと名付けようと思ったのですが、やはり気に入りませんでしたか……? ならほかの……」
「いえ……いいえ。ありがとうございます。一生大事にします。この名に恥じぬ生き方をすることを誓います」
カースは幸せを噛み締めるように、屈託無く笑った。
彼の笑顔を見た一同は、軽く目を見張る。
彼がこんな風に笑う人だったなんて、誰も思いもしなかったのだろう。
初めて彼の心からの笑みを見たセレーナも、胸の中に温かいものが広がりにっこりと笑った。
こうしてセレーナに名前を付けてもらった彼は、この日からカース改め……レオ・ヘルツォークとなった。




