22.
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は、おまけのような回です。
その日、カースは小さな肩掛け鞄一つだけ下げて夜遅くに戻って来た。
戻って来た彼を再び応接室に通す。
もう後二時間程で日付が変わろうとしているというのに、セレーナはカースを出迎えた。
まだ起きているとは思っていなかったのか、カースは驚いたように目を見開く。
「おつかれさまでした。公子様のことですから、きっとお食事もとらずに急いでもどってきてくださると思いまして、こんな場所でもうしわけないのですがお食事をご用意させていただきました」
「そんな、気を遣わないでください」
「こちらがむりを言っているのですもの。さあ、あたたかい内におめしあがりください」
お昼に座っていたソファに案内され、カースが座ってからマリーがお茶を注ぐと、彼は二人にぺこりと軽く頭を下げて、ありがとうございます。いただきますと言ってから食事を始める。
きっと彼のことだ。食事を始める前に話しかけてしまうと、手を付けずに話すだろうと思ったセレーナは、食事を始めたのを見てから話しかけた。
「きっとわたしがおちこんでいたから受け入れてくださったのですよね」
セレーナは苦笑しながら話しているが、内心では申し訳なさでいっぱいだった。
昼間は彼に会えた嬉しさで舞い上がっていた。
彼が城を去ってから暫くは、嬉しさでいっぱいだったが夕食の時間になり父にカースのことを話して滞在許可をもらった時に言われたのだ。
『彼が望んでいないのなら無理強いしてはいけないよ』と。
最初、何を言っているのかよくわからなかった。
別に無理強いした記憶はない。
だが、よく思い返してみると、あの時自分は落ち込んでいて……落ち込んでいると、彼が承諾してくれた声が聞こえて顔を上げたのだ。
すると、彼は困ったような笑みを浮かべていたではないか。
どういうわけか、彼はセレーナに甘い。
それはなんとなくだがセレーナ自身も感じていたのに。
彼の甘さに付け込んだ。これが無理強いでなくてなんなのか。
(ほら、何も言わないのが答えだわ……)
きちんと話して、彼の意見を尊重しよう。
皇族に言われたら普通は逆らえない。そんなことにも考えが及ばず、自分の意見を押しつけてしまったセレーナは、悲しげに笑った。
「わたしのことは気にせず、公子様のお気持ちをお聞かせいただけませんか?」
「何に悲しまれているのですか? すみません、考えてみたんですけどわからなくて」
セレーナは目をぱちくりと瞬いた。
黙っていたのは、答えなかったのではなく考えていたから……?
セレーナが目を丸くしていると、カースがナイフとフォークを置き、頭を下げた。
「すみません」
「そんな……! 公子様があやまられることではありません! かおを上げてくださいっ」
セレーナは慌てた。
謝るのは自分の方なのに。
それなのに彼に謝らせてしまい、自分はどこまでダメなのかと泣きたくなった。
「どうして、そのように泣きそうなお顔をされているのですか?」
「それは……公子様があやまられるからです……。あやまるのはわたしの方なのに……」
「皇女様が謝られることは何もありませんよ」
セレーナがドレスをぎゅっと握り俯くと、カースは席を立ちセレーナの前に跪くとゆっくりと手を取った。
「何に対してご自分を責めていらっしゃるのかはわかりませんが、俺のことでご自分を責めることはありませんよ。俺が自分で決めてここにいるのですから」
「だけど……わたしがむりに公子様をここに引きとめてしまいました……っ」
「そのようなことはありません」
「だって……っ! 公子様、あの時こまったおかおをされてたじゃないですかっ」
「それは……」
「やっぱり。わたしのせいじゃないですか……。ごめんなさい。もっときちんと公子様の意見を聞くべきだったのに……浮かれて……」
涙が溢れてぎゅっと目を瞑った。
すると、すぐ側で顔を上げてくださいと穏やかな声が聞こえて、涙に濡れた顔を上げると彼は微笑んでいた。
「あれは、自分の意思は弱いなぁと、自分自身に苦笑いしていたのです」
「なぜ……?」
「皇女様をお守りする騎士になれるチャンスを頂けて、まだ騎士でもないのに皇女様のお近くにいられる提案を受けて……、断らないといけないとわかっていたのに、いざ皇女様に寂しそうなお顔をされると決意が揺らいでしまいました」
全然ダメダメですね、そう言ってあははと笑ったカースにセレーナはぽろぽろと涙を溢した。
「どうしたら笑っていただけますか?」
優しいオッドアイの瞳に見つめられてセレーナははたと我に返り顔を赤らめた。
ドレスの袖でぐしぐしと目を擦ると、そっとハンカチを差し出される。
「赤くなってしまいます」
「す、すみません。お見苦しいところを……」
ハンカチを受け取り、綺麗に折り畳まれたそれで赤くなった顔を隠す。
しかし、耳までは隠しきれるわけもなく指摘されてしまう。
「耳まで真っ赤ですね」
少しからかうような声音で、前に垂れた髪をそっと耳に掛けられ、もうっとセレーナが顔を上げると思っていたよりも近い距離でカースと目が合った。
その瞬間、カースは顔を真っ赤に染めてがばっと勢いよく立ち上がり、すぐ後ろにあったテーブルに思い切り足を打ち付けた。
あまりの痛みに悶絶しながらもよろよろと自分の席へと戻り手で口元を隠すと、すみません、やりすぎましたと小声で謝った。
その様子に、セレーナはぷはっと吹き出すとくすくすと笑い、それを見たカースもまた顔を綻ばせたのだった。




