20.
「あの、試験日はいつ頃決まりそうですか?」
「んー、明日には決まると思うが」
カースの質問にアックスは間延びした声で答える。
今は話しかけるべきではないなと判断したセレーナは、紅茶を飲みながら二人を観察することにしたのだが、こうして二人を見ているとカースがしっかりはっきり話すタイプでアックスはどことなくやる気が感じられないような話し方だなとセレーナは思う。
「そうですか。では、明日また伺います」
「いや、確定したわけじゃねぇから、決まったら文を届けよう」
「いえ、ご迷惑になるなら城の正門でも構いません」
「どうしてそこまで頑なに来たがるんだ? 大変だろう」
エルドラド公爵家といえば、貴族の中でも一、二を争う貴族だ。
そんな一大貴族なのだから、ここ皇帝陛下である父やセレーナ達が暮らすアフトクラトル城からもそんなに離れてはいない。
徒歩でも通えないわけではないが時間がかかる。大人でさえ馬車を使うのに、子どもの足では大変だろうとセレーナも思う。
それでも頑として譲らない様子を見て、もしかしたらと思った。
アックスが来る前言っていた、一人だけ離れで暮らしていると。
普段は様子を見に来ないと言っていた両親だが、文が届くとなるとカースに会いに行くだろう。
疎ましいと思っている子ならば、プライバシーなど無視してきっと手紙だって勝手に開けて読んでしまう。
そうなれば、彼が城に来たことも、騎士になろうとしていることもバレてしまう。
きっとカースを世間から隠したいと思っているはずだ。
名前を付けていないのがいい例だ。
セレーナの心に仄暗い気持ちが芽生える。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
「その……両親に知られると外に出してもらえなくなるかもしれないので……」
カースは言葉を濁して話しているが、もしかしたらもっと酷いことをされるのかもしれない。
そう考えると、モヤモヤとした灰色の煙のような感情が塊になって、実体化していくような気がした。
セレーナは意識を切り替えてそうだ!と、さも名案が思いついたかのように右手を挙げて発言する。
「でしたら、ここに泊まっていただくのはどうでしょう?」
「え」
「そのまましけんまで居ていただいて、しけん後はすぐ住めるようにおへやを用意しましょう!」
そうすれば、そのままここに住んでいただけますものと、両手を胸の前で合わせて笑っている。
これに慌てたのはマリーだ。カースは戸惑っているのか何か言おうとしているようだが言葉が出ないようで、アックスは愉しそうに肩を揺らして笑っている。
「姫様、それは実質今日からこちらに住んで頂くということでしょうか」
「ええ。そうすればごりょうしんの目を気にすることもないでしょう?」
えっへんとどことなく誇らしげな表情を浮かべるセレーナだが、周りの反応はイマイチだ。
マリーはセレーナの前に屈むと、両手を取り諭すように語りかけた。
「ですが、何も言わずに親元から離すというのは後で問題になりかねません。それに、ご両親とは距離があるかもしれませんが、公子様を心配している方がいらっしゃるかもしれませんよ。私が姫様を大切に想っているように」
「そう……ですね……。すみません」
マリーに言われて気付く。
自分のように、心配して気に掛けてくれている人がいるかもしれないのに。
勝手に想像して、勝手に決めつけた。
私こそなんて自分勝手なんだろうと恥ずかしくなったセレーナは、しゅんと肩を落とし、目を伏せた。
「今から帰って弟と妹に挨拶だけしてきます。暫くお待ちいただけますか?」
「えっ! だいじょうぶなのですか?」
「とりあえず、試験までの間ご厄介になります。よろしくお願い致します」
「もちろんですっ!」
セレーナに笑顔が戻るとカースも安心したように微笑んだ。
マリーもカースが決めたのならそれ以上止めるつもりもないようで、すっと立ち上がるとセレーナの側に控える。
アックスは関心があるのかないのか、ただ事の成り行きを見守っているだけだったが反対ではないらしい。
そうして、話も一区切りついたところで、カースは一度家に帰って行った。




