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18.

 セレーナは先程の表情からころっと無邪気な笑顔を浮かべると、気を取り直して話を再開する。


「そうだ。ご相談があるのですけど……」

「俺に出来ることであれば」


 さっきの笑みは見間違い……もしくは自分の勘違いかと、今度はカースが目をぽちぱちと瞬かせる番だった。

 彼が出来る範囲であれば聞いてくれるという言葉に、セレーナはぱあっと目を輝かせながら嬉しそうに口を開く。


「ほんとうですかっ! では、あの、これからもわたしのお話相手になってはいただけないでしょうか!」


 そんなに無茶なことは言っていない。

 ただ、これからも(出来れば毎日がいいけれど)話し相手になって欲しいだけだ。

 にこにこしながら返事を待っていると、少しの沈黙の後、それはちょっととやんわりと断られてしまう。

 まさか断られると思っていなかったセレーナは、ぷぅとむくれた。

 その様子を見ていたマリーは、今日の姫様はとても表情豊かだと内心驚く。

 大人びた表情をするかと思えば、今みたいな子どもらしい表情もする。

 それを引き出しているのは紛れもないカースだということに感心した。

 本人は無自覚だろうけれど。

 もしかしたら、彼はセレーナに良い影響を与えてくれるかもしれない。

 なにより、セレーナが攫われた日の顛末は騎士団から報告を受けて聞いている。

 それによると、セレーナを救ったのは彼一人だったというのだ。

 騎士団も周囲の人間も俄に信じがたい話だとざわついていたけれど、セレーナの身辺警護について苦言を呈された時の彼の鋭い眼差しを思い出して、すとんと納得した。

 剣どころか武術だってよくわからないけれど、それでも見られただけで足が竦むような、彼が蛇ならば自分は蛙になってしまったんじゃないかとさえ錯覚するような経験は初めてだった。

 誰に言っても子ども相手になにを大袈裟なと笑われてしまうかもしれないが、マリーは知っている。彼が圧倒的な強者の眼をしていたことを。

 何故、よく知りもしないはずのセレーナのことに、あそこまで怒っていたのかはマリーには見当もつかないけれど。

 しかし、その彼は今、セレーナの頼み事に申し訳なさそうに眉をへの字に下げて困惑しているではないか。

 こうしていると容姿を除いては、面倒見の良い普通の少年にしか見えないのになと思う。

 セレーナもカースも、二人が一緒に居るとお互い素が出るのか、子どもらしい表情が出るようだ。

 お互いにとって、良い影響を与え合えるのではないかと考えたマリーは援護することにした。


「差し出がましいことを申しますが、私にはお二人共がお互いを必要とされているようにお見受けいたします。確かに毎日ともなればご負担になりますでしょうから、週一回からでもお引き受け頂けませんか?」

「……すみません」


 マリーの提案にうんうんと大きく頷いて期待の眼差しを向けていたセレーナだったが、一瞬悩んだ素振りを見せたものの結局断られてしまい、再び落胆した。

 ソファーの上で三角座りをして、今にも泣きそうだ。


「そんなに……わたしに会うのがお嫌なのでしょうか……」

「ま、まさかっ!」


 ずうんと落ち込んでしまったセレーナに、カースが慌てて否定したけれど彼の意思は揺らがないらしい。

 どうにか引き受けてもらうことは出来ないのかと、マリーは理由を問うた。


「理由をお聞かせ頂いても?」

「一刻も早く叶えたい夢があるんです」

「……その夢とは何ですか?」


 はっきりとマリーの目を見て答えたカースに、少しふてくされているセレーナがぽつりと尋ねる。


「皇女様をお守りする騎士になりたいのです」

「え……?」


 まさかの回答に、セレーナもマリーも驚いた。

 カースの真っ直ぐな瞳に目を逸らせず、彼は視線をセレーナに移すと、真っ直ぐに見て告げる。


「まだ11歳なので、入団試験も受けられないのですが……。それでも立派な騎士になって皇女様をお守りできるよう鍛錬して、出来るだけ早く騎士になれる方法を探したいのです」

「そうですか……」


 この国では、貴族は十二歳~十六歳までの四年間はアカデミーに通うことが一般的とされている。

 裕福な平民も通えるが、アカデミーに通える平民のほとんどは自分の意思で通うか通わないかを決めているが、貴族はアカデミーを卒業していることが一つのステータスのようになっている。

 皇族ともなれば、アカデミーよりも優秀な家庭教師をつけて学ぼうと思えば学べるので、必ずしもアカデミーに通う必要はないのだけれど。

 それでも、基本的には社会勉強の一環として皇族も通うことになっている。

 つまり、この国の貴族であればアカデミーに通うのが当たり前というのがイデアル帝国民に刷り込まれた常識だ。

 そして、騎士団の入団試験を受けられるのは十六歳からなので、ほとんどの貴族は卒業してから入団試験を受ける。

 けれど、彼の話し方からして恐らくカースは公爵家令息にも関わらずアカデミーに行かないということなのだろう。

 何故そこまでセレーナの騎士になりたいのかと尋ねようとしたマリーであったが、ただの侍女が踏み込み過ぎだと思い直し、静かに二人を見守ることにした。


「そうですか……」


 騎士になりたいという夢を聞くなり、そっと瞳を閉じて静かに頷いたセレーナに、カースもわかってもらえたのかと安堵の表情を浮かべた。


「ではわたしの護衛騎士になってください! これで解決ですねっ!」

「姫様っ!?」

「皇女様!?」


 しかし、目を開いたセレーナがなーんだ!と言わんばかりの明るい声で護衛騎士に任命したのだ。

 これにはマリーもカースも驚きのあまり、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 確かにこれからも二人を会わせたいと思ったマリーではあったが、流石に騎士団にも入れない年齢の少年を突然護衛騎士にというのは賛同しかねる。

 どうしたものかと頭を巡らせていると、突然ガチャリと扉が開いた。

 反射的にさっと扉の方に視線を向けると、皇族の護衛をしている者だけが着ることを許されている白の布がベースに金の刺繍が施された騎士服に身を包んだ男性が入って来た。

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