1.
「っ!」
セレーナはがばっと起き上がり、ぜぇはぁと肩を動かし荒い呼吸を繰り返す。
(ここは……どこ……? 私は死んだはず……いや、夢……? だけど、とてもリアルだったような…………)
まだ夜が明けきっていないのか薄暗い室内をぐるりと見回すと見慣れた景色に、ここが自分の部屋でベッドの上に居るのだと理解する。
少し落ち着いてきたセレーナは兄スフィーダに刺された胸元に手を当ててみるけれど血は疎か、傷など1つもない。
(あの騎士さんは……)
誰だったのか。
目が覚めるまでははっきりと顔を覚えていた気がするのだが、今はもう顔がぼんやりとしている。
(これじゃ探しようもないわね……)
夢の中で自分の血で染まっていた手を見てみるけれど、当然赤く染まっている訳もなくただの日焼けもしていない真っ白い手。
それに夢の中の自分よりも随分小さい手だ。
やはり、さっきのあれはただの夢なのだ。悪夢を見たのだ。
そう考えたが、だとしたら随分長い間眠っていたような、不思議な感覚にセレーナは首を傾げた。
とはいえ、誰かに確かめる事も出来ない。
何せ夢の中では、セレーナを助けようとしてくれた騎士以外に側に居てくれる人が居なかった。
現実も、夜明け前だから人が居ないという物理的な事ではなく、今の彼女の側にも信頼出来る人間は誰も居ない。
夢の中では心を許していたはずの騎士も、今のセレーナには居ないのだ。
セレーナは極度の緊張しいだ。
他人が自分を見ていると思うと、途端に顔や体が強張り、笑う事すら出来なくなる。
辛うじて受け答えは出来るものの、平静を装う事に精一杯で話を振る事も広げる事も出来ない。
そのせいで、周りからはいつしか『無愛想な皇女』と言われるようになってしまった。
勿論、いくら周りに疎まれていたとしても現皇帝陛下の娘であり、この国の皇女であるから面と向かって呼ばれるわけではないけれども。
たとえ陰で貶されていようと、今まではそれでも構わないと思っていた。
笑えなくても会話が続かなくても、必要最低限他人と意思疎通が出来ているのだから、と。
(だけど、もしあの夢が予知夢だったら……?)
そう考えた瞬間、ぞわっと背筋に悪寒が走った。
(怖い……)
何故こんなに恐怖を感じるのか、あれがただの夢だったと割り切れないのか。
誰にも助けを求められないセレーナは、言い知れぬ恐怖に身を震わせながら自分自身を抱き締める様に布団に包まり早く朝が来る事を願った。