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17.

 マリーの手を借りてふらりとソファーに座り、そんなにも嫌だったのかとショックを受けていると、同じくソファーに腰掛けたカースが理由を教えてくれた。


「……すみません。皇女様に名前で呼んで頂けるなんて光栄に思います」

「では……!」

「すみません。カース・ヘルツォークと名乗りましたが本当は違うんです」


 一瞬元気を取り戻したセレーナだったが、再び謝罪の言葉に意気消沈した。

 内心いじけていたけれど、本当は名前が違うとはどういうことだろうかとぱちぱちと目を瞬く。


「では、本当はなんというお名前なのですか?」

「ないんです」

「ナイン様?」


 セレーナがきょとんと頭を傾けると、言い方が悪かったですねと人差し指で頬をかいて、カースは申し訳なさそうに眉を下げた。


「いえ、そうではなく……。私……俺に名前はありません。カースって呪い子って意味なんです。だから皆俺のことをカースで呼んでるだけで」


 理由を聞いて愕然とした。

 そんなことがあるのかと。

 周りから呪い子と言われていても、両親には愛されているだろうと勝手に思っていた。

 でも、そうではなかったのだ。

 名前すらも付けてもらえていないなんて思いもしなかった。

 セレーナが言い辛そうに、おずおずと尋ねる。


「もしかして……そのローブって」


 カースはローブの胸元を軽く持ち上げて苦笑する。


「はい。普段は出来るだけ人目につかないようにこのローブを被って生活しています」

「そんな……」


 セレーナとマリーは沈痛な面持ちで目を伏せた。

 彼が何かしたわけでもないのに、ただ産まれ持った色が黒と赤だっただけで。

 それが珍しいから、不吉とされているから。

 たったそんな理由で、人目を避けてこそこそと生きなければいけないのか。

 彼はセレーナを助けてくれた。心配してくれた。そして、話してわかった。彼は優しい人だと。

 放っておいても良かったはずの見知らぬ他人を助けるために、大人の男達に立ち向かってくれたのだ。下手をすれば自分だってただでは済まなかったかもしれないのに。

 それなのに、たった一人で十歳前後の少年が駆けつけてくれたのだ。

 セレーナが彼に心を許す理由はそれだけで十分だった。

 他人のために危険を顧みず助けてくれた優しい彼が、こんな理不尽な思いをしていると思うと、悲しさと同時にふつふつと怒りも込み上げてくる。

 けれど、こんな時どんな言葉をかければいいんだろうと考えてみるも、適切な言葉が見つからない。

 大した言葉も知らない自分が嫌になる。

 セレーナは膝の上に置いていた手をぎゅっと握った。

 そんな二人を見て苦笑すると、でもいいこともあるんですよと言ったカースの声は悲観しているでもなく穏やかで、その声に顔を上げる。。


「基本的に俺は屋敷ではなく離れで過ごしているんですが、両親も様子を見に来ることはほとんどありませんので、これを被れば俺だってバレずに抜け出せるんです」


 悪戯っ子のような表情をしてあっけらかんと言う彼に、セレーナはそうですかとくすりと笑った。


「では、そのおかげでわたしは助けてもらえたのですね。それは感謝しないと、ですね」


 そう言ってにっこりと笑った。言外に『いずれ』を含めて。

 側に控えているマリーはにっこりと笑顔を浮かべているセレーナに、そうですねと頷いてにこにこと笑っている。

 マリーは気付いていないようだが、にっこりと笑っているのに、どことなく黒い笑みに見えるのは気のせいだろうかとカースはぎこちない笑みを浮かべた。

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