13.(1)
時間は少し巻き戻る。
セレーナが連れ去られて一時間程経った頃。
「ん……」
硬くて冷たい感触を頬に感じ、セレーナはうっすらと目を開ける。
どうやら床の上に転がされているらしい。
薄暗くて湿気があるらしいカビ臭い場所だ。
すぐに何者かに捕まったことを思い出し、体の毛穴という毛穴が開いたようなぞわりとした寒気と共に嫌な汗が噴き出る。
先程目を覚ました時に、若干声が漏れてしまったことに思い至り体を強張らせるが、どうやら今この空間に人は居ないらしい。
心臓の音がバクバクと頭にまで鳴り響いて五月蠅い。
心臓が早鐘を打つと上手く息が吸えず、連動して荒くなる呼吸を必死に落ち着け耳に神経を集中させると、この部屋のすぐ側から何者かの声が聞こえてきた。
男性の低い声が三人くらいで、今後の相談でもしているのかぼそぼそと話しているが、何を言っているのかまではわからなかった。
話を聞こうとしていた間に徐々に暗さに目が慣れてくる。
視界の確保が出来ると少しだけ落ち着くことが出来た。この部屋には見張りも居なさそうだが、念のため極力顔を動かさないように細心の注意を払いながらゆっくりと辺りを見回す。
(ここは……倉庫……?)
空き家の可能性もあるが、どちらにせよ使われなくなって随分経っているはずだ。
建物は木造で出来ているようで、壁のあちこちに隙間が出来ておりそこから僅かに光が入ってきている。
弱々しい太陽の光なので、恐らくもうじき陽は沈むのだろう。
セレーナは先程まで、この国は比較的治安の良い国だから何か起こるなんてことはないだろうと考えていたし、騎士見習いの二人が緊張でガチガチに固まっているのも、初任務で緊張しているのかな?くらいにしか捉えていなかった。
もしかしたら、こういうことに警戒していたのかもしれない。とはいえ、今更気付いたところでどうしようもないのだが。
ずっと右半身が床につく形で転がされていたので、そちら側だけ痺れてきた。
体勢を変えようとして、はたと気付く。
腕は後ろ手に、両足もしっかりと縛られていた。
これでは体勢を変えるどころか動くことすらままならない。
恐怖で体が震えそうになるのを全身に力を入れて必死に抑え込み、もう一度寝ているふりをしながら捕まった時のことを思い出してみる。
(確か、花乙女のこんやくしゃがプロポーズするタイミングですごく大きいかんせいが上がって……わたしやマリーもステージに目を向けたしゅんかんだったはず……。いきなり口を布みたいなものでおさえられて……。それで、すごい力で引っ張られて…………だめだ。そこからもうきおくがないや……。どれくらいの時間がたったかわからないけど、マリーたち気付いてくれてるよね……?)
さっきまであんなに楽しかった気持ちがどんどんと萎んでいく。
代わりに、寒さと恐怖でカタカタと小さく震え始めた。
必死に感情を押し殺そうとしても、一度表に出てくると再び押し込めるのは至難の業だ。
まだ幼いセレーナには難しかった。
(これからどうなるんだろう……)
不安でいっぱいで目頭が熱くなったが、それで現状は変わらない。
少しでも何かないかと考えを巡らせる。
ただ貴族の娘だと思ったから攫ったのか、それとも皇女と知って攫ったのか……。
(それとも……だれかにたのまれたとか……?)
そこで兄スフィーダの顔が浮かんだが、あまり動かせない首をぎこちなく振る。
(今ゆめのことを思い出してどうするの……。あれはゆめ。げんじつはお兄様にうらまれてはいないはずだもの……)
悪夢で目を覚ました翌日の兄とのやりとりを思い出して、セレーナは心が痛んだ。
(ダメなわたしにやさしくしてくださって、はじめてちゃんと兄妹になれたみたいって言ってくださった……。いっしゅんでもうたがうなんて……さいていだわ……。ごめんなさいお兄様…………)
あの朝の優しい兄の笑顔を思い出して、涙が流れた。
これ以上感情を出してはダメだと我に返ったセレーナは、先程光が入ってきていたところに目を向ける。しかし、そこにはもう光は無かった。
外も随分と暗くなっているみたいだ。
きっとセレーナを攫った犯人達は、暗闇に乗じて行動を始めるつもりなのだろう。
そろそろ人が来るかもしれないと思った時だった。
ゴツゴツと無骨な足音が耳に届き身を固くする。いつの間にか話し声も止んでいた。
足音は扉があるだろう場所のすぐ側で止まり、立て付けが悪いのかガタガタと大きな音を立てた後、乱暴に扉を開ける音が聞こえ何者かが入ってきた。
ちょっと長くなってしまったので二回にわけます><




