11.
「わぁ……すごい……っ」
「セレーナ様、はぐれないように気をつけてくださいね」
「うん」
色とりどりの花が街を彩っていて、どこを見てもカラフルな景色にセレーナの瞳はキラキラと輝いていた。
煉瓦造りの建物が多いこの街に、色とりどりの大小様々な花が飾られている景色というのは、とても綺麗だった。
まだ朝だというのに、街はもう随分賑わっている。
これが一日中続くのかと思うと、セレーナの心は躍った。
なんと、セレーナは今街に来ている。
マリーから花まつりの話を聞いて、どうしても自分の目で見たくなったのだ。
だから、話を聞いた日の夕食の席で、父に外出の許可をもらった。
最初こそ、まだ危ないと反対していた父であったが、セレーナの自分の目でまちを見てみたい!という言葉に、最後は渋々首を縦に振ってくれた。しかし、心配だからと父の護衛を付けようとするので、それは丁重に断ったのだった。
だったらと皇室騎士団を付けようとしたが、花まつりの日は街がお祭り騒ぎになるため見回りなどで騎士団の仕事も忙しく、殆ど手の空いている騎士は居ない。
空けても大丈夫なのは、入ったばかりの騎士見習いくらいだった。父ヴァルールは苦渋の決断の末、居ないよりはましだろうと、皇室騎士団の代わりに騎士見習い二人を付けた。
皇族とばれないよう本当は平民の格好で行きたかったのだが、平民の服がセレーナのクローゼットにあるわけもなく、もしあったとしても姿勢や仕草から明らかに平民でないことがバレてしまう。髪だってマリーのおかげでつやつやのさらさらだ。
その為、ちょっと身分の高めな貴族令嬢に扮してやって来た。
姫様呼びだとすぐにバレてしまうので、呼び方も名前呼びにしてもらった。
側に付いている騎士見習い二人は緊張した面持ちで祭りの雰囲気にそぐわないが、皇女の護衛とはいえ自分には威厳も何も無く、ただのお守り程度だろうから暫くすると緊張も解けるだろうと思い、気にするのをやめた。
「あれはなにをしているの……?」
「あれは屋台というもので、あそこで食べ物を売っているのです」
「でも、あんなのみたことない……」
「そうですね……。さすがに、セレーナ様のご身分では普段の食事に串焼きは出ませんね……」
セレーナは目についた物を片っ端から質問していく。
それに答えるマリーだが、セレーナの串焼きが食事に出てきたことがないという指摘に苦笑した。
「みぶんによって食べものはちがうの……?」
「多少は異なりますね。まず庶民の暮らしで、食卓に鶏が一羽出てくることはありません」
「そうなんだ……」
まるで言葉を覚えたての子どものように、あれは何?これは何?とマリーに質問攻めをする。
それをにこにこしながら答えていくマリー。
そんな様子を眺めていた騎士見習い二人も徐々に緊張が解けてきたようだった。
街中が笑顔で溢れていて、セレーナもいつの間にか笑顔になっていた。
色々と見て回る内に気付けばお昼になっている。
それに気付いた四人は近くの広場の椅子に腰掛けると、昼食にセレーナが気になっていた串焼きを食べ、花を浮かべただけの水を飲んだ。
たったそれだけのことでも、街に音楽が流れていて街の人達が皆楽しそうで、色とりどりの花に囲まれている中で食べるだけでセレーナは楽しかった。
まるで仲間に入れてもらえたような、そんな感覚だった。
「あ、セレーナ様、あっちに花乙女のステージがありますよ!」
「見たい……!」
昼食を食べた後、再び街を散策しているとその途中で、マリーが広場を指差し花乙女のステージを教えてくれた。
散策は一時中断して、そちらに向かうことにする。
街の中央に位置する大きな広場にやってくると、花まつりのためだけに用意された特設ステージの上で司会の男性が場を盛り上げていた。
どうやら、これから花乙女が決まるらしい。
花乙女候補がステージの上で並んでいる。
セレーナくらいの年齢の小さな子から二十歳くらいの綺麗な女性まで様々だ。
セレーナが一人一人をじっくり観察していると、どこからか太鼓のドコドコドコという音が聞こえ、肩が跳ねる。
何の音だろうときょろきょろと辺りを見回すと、より一層歓声が上がり、結果発表の時に流れる音なのかと気付くとまたステージに視線を戻す。
歓声と共に一人の少女が前に出て来て、花冠とヴェールを被せられてから、平和を祈った。
そして、この場に集まった大半の人が待ちに待っていた告白大会が始まった。
彼女に告白したい男性が次々と手を挙げる。
「あんなに色んな男性に好かれるってどういう気分なんでしょうね~」
「マリーはないの?」
「まさか…! あるわけないじゃないですかっ! いいんです。結婚出来ないならそれはそれで。そうしたらずっとセレーナ様と居られますから」
「マリーはかわいいよ?」
「姫……っセレーナ様……! 私もセレーナ様がこの世で一番可愛いと思っております! セレーナ様がお出になれば優勝間違いなしですよっ!」
ステージも護衛の存在も忘れて二人で告白し合い、護衛二人が微笑ましく見守る。
すると、また大きな歓声が上がり咄嗟に全員がステージを見た。
どうやら、花乙女の婚約者がステージに上がり彼女にプロポーズをしたらしい。
「でもやっぱり好きな男性と結ばれるというのは素敵ですね~! ね、セレーナさ……ま……っ!?」
マリーは驚きに目を見開いた。
咄嗟に護衛の騎士見習い二人を見ると、二人とも信じられないとでも言うように唖然としている。
ステージに気を取られたほんの一瞬の間に、セレーナが居なくなっていた。




